第23話 十三人委員会

 ニケ・ニッティに連れられ、僕等は大議事堂へ。

 ニコロとトゥーナさんはいない。前を不機嫌そうに歩く実の兄が強い口調で拒否したからだ。


『……愚弟、これ以上、私の手を煩わせるな。屋敷に戻り、沙汰を待て』


 兄弟間にも色々とあるらしい。

 初代の公王と十三人の侯爵の彫像を通り抜け、大議事堂の入り口へ。

 ……この魔力。

 立ち止まり、周囲を見渡す。やっぱりそうだ。

 建物の各所に使われているのは獣人族の魔法式――リディヤが不安そうに覗き込んできた。


「どうしたの? やっぱり行かない? 斬って燃やす?」

「大丈夫。後で教えるよ」

「今がいい! 今!!」

「……貴様ら、自分達の立場が分かっているのか」


 ニケ・ニッティが振り返り、腹立たしそうな様子で僕達を睨みつけてきた。

 大議事堂入口の巨大な扉を守っている警備の兵達は剣の柄に手をかけ、槍や杖を握りしめ直している。

 僕は肩を竦める。


「その言葉、貴方に僕等が言う台詞だと思いますが? 下手な恫喝は無駄です。剣を抜かれたり、魔法を紡がれた瞬間、ここにおられる我が儘御嬢様と、黒猫な使い魔様は容赦されないと思いますので、あしからず。因みにアンコさんは」

「…………かの教授の使い魔であろう? 本当に忌々しい奴等だ!」


 眼鏡奥の瞳は、僕を睨みつけている。

 教授を知り、アンコさんも知っている、と。

 右肩の使い魔様へ視線を向けるも普段と変わらず。今のところ、害意なし。

 リディヤが退屈そうに欠伸をした。


「どうでもいいわ。あんた達が私達の敵なら、斬って、燃やして、斬るだけ。泣いて懇願するなら話を聞いてあげないこともない程度の話だもの」

「なっ!」「こ、小娘が」「リンスターの名さえなければ貴様など」

「静まれ! 『剣姫』殿は本気だぞ。……こっちだ」


 警護兵達が激高しようとするのを押さえ、ニケ・ニッティが扉を開け、中へ。

 僕は溜め息を吐きリディヤの額を指でほんの軽く叩く。


「こーら」

「なによぉ」

「すぐ挑発しない」

「面倒なのよ。私とあんたは休暇中でしょっ!」

「……そうだけど。ああ、一つだけ」


 硬直している警護兵へ視線をやる。

 訝し気に僕を見た直後、ガタガタと震え始めた。


「――リディヤ・リンスターは、には到底収まらない器です。次、この子を侮辱したら、幾ら僕でも怒るので、気を付けてくださいね?」


※※※


 大議事堂の中は重厚かつ壮麗だった。しかも、木材が多用されている。

 確か、建物自体も建てられて数百年は経っている筈だけど、ここまで保つのは特殊な魔法が――左腕を抱きしめる力が強くなった。


「リディヤー、歩きにくいんだけど?」 

「……時折、不意打ちを、するの、ズルい……」   

「本心だしね。アトラもそう思うよね?」

「♪」


 僕の右手を握りしめながら幼女が、ぴょんぴょん、跳ねる。可愛い。

 リディヤは僕の肩へ頭を乗せた。

 そんな僕等をおそらく連合の議員達だろう、礼服を着ている老若男女がじろじろと見ている。

 ニケ・ニッティが叫んだ。


「何をしている! 来い!」


 大分、御怒りのようだ。

 上機嫌な腐れ縁と、アトラを連れ追いつく。すると、即座に歩みを再開した。

 長い廊下を進み、完全武装の警護兵に守られている古い扉の前へ。


「ニケ・ニッティだ。客人をお連れした」

『はっ!』


 警護兵が互いの槍を引き、扉が開かれた。奥には広い廊下が続いている。

 中へ進むと扉が閉められた。直後、百を超す結界が発動。

 なるほど……ここから先が侯国連合の中枢中の中枢か。

 天井からは柔らかい光が降り注いでいる。

 ステンドグラスに使われている硝子も特殊な物。生半可な攻撃や魔法では貫けないし、外からは不可視。随分と手が込んでいる。

 アトラが右手を引いてきた。


「!」

「ん? どうしたんだい?」

「アレン、だっこ」


 指を咥えながら幼女がおねだり。

 右手で抱きかかえると、嬉しそうに歌い始めた。

 ――ステンドグラスから降り注ぐ光が明滅。まるで、踊るかのように僕等の周囲を舞う。

 ニケ・ニッティが僕を睨んだ。


「……貴様、何をした?」

「何も。この子が歌っているだけですよ」

「…………」


 淡々と返答すると、黙り込み先を進んでいく。 

 ――廊下の終わりが見えてきた。

 両開きの大きな扉。

 

 描かれているのは……鰭を持つ巨大な蜥蜴? か??


 とても精緻な彫刻だ。

 ニケ・ニッティが手をかざすと、魔法式が浮かび上がり扉に青の光が走った。

 巨大な扉が開く。

 ――円卓が見える。


「ニッティ家が長子、ニケ・ニッティ。『剣姫の頭脳』殿と『剣姫』殿をお連れしました」

「……御苦労。議論も深まっていたところだ。ニケよ、御二方を御通しせよ」

「はっ! 父上」


 眼鏡の奥の瞳に怜悧さを浮かべつつ、ニケ・ニッティが首をしゃくった。

 リディヤが僕の左腕から手を放し先に中へ。僕も追う。

 後方の扉が自動でしまり、ニケ・ニッティは円卓首座脇に座る男性の後方へ移動。

 円卓に座る壮年から老年の男女達、合計人がざわつき、その後方に一人ずつ立っている護衛達は臨戦態勢へ。円卓の首座に人はいない。

 腐れ縁はそれを一瞥し、つまらなそうに言い放った。


「招いておいてそんな態度なの? 言っておくけれど、今の私はあんた達が剣抜いたり魔法を紡ぐよりも数段速く、あんた達全員を斬れるわ。用件をとっとと言いなさい。私達は休暇なのよ」

『っ!?』


 更にざわつきが酷くなり視線がリディヤだけに集中。

 アンコさんが僕の右肩から、ふわり、と浮かばれて腐れ縁の左肩へ。

 僕はアトラを抱きかかえ様子を見守る。

 円卓に座る人々は、僕とアトラは眼中にないようだ。

 入って右側の席へ座っていた老年の禿げ頭の男性が立ち上がった。


「恥も外聞もないが……リディヤ・リンスター殿、どうか、どうか我が連合と貴家との講和を仲裁していただきたい」


 その真向いにいる茶髪の男が顔を真っ赤にし立ち上がった。

 円卓を思いっきり叩く。


「馬鹿な! まだ、まだ、負けたわけではない!!」

「そうだ! 我等にはまだ多くの精兵がいるっ!!」


 その隣にいた髭面の男が同調した。

 左側に座る、五名も頷く。

 ……ふむ。

 右側奥の太った白髪の老女が冷笑。


「……負けていない、ではなく、生かしてもらっている、だけじゃないか。リンスターはてんで、本気なぞ出してやいないよ。奴等が本気ならば今頃は水都で決戦をしている。そうだろう? リンスターの姫?」

「なっ!?」「ロンドイロ侯は、連合の敗北を受けいれるのかっ!!」

「はんっ! 何を言うかと思えば……アトラス、ベイゼルの餓鬼共、今回の馬鹿騒ぎはあんたらが、オルグレンの青二才共の戯言に飛びついたんじゃないか。まだ、やりたいって言うなら北部だけでやんなっ! 南部はごめんだよ。あんな、戦争狂なのに、経済、謀略他、何でもござれの連中とやりあうなんてね!」

「ななななな」「聞き捨てなりませぬっ!」


 なるほど。北部と南部では意見の相違が大きい、と。

 腐れ縁は腕組みをし、指で腕を叩いている。

 首座脇に座り、見るからに疲れ切っている薄青髪よりも白髪が目立っている眼鏡をかけた男が口を開いた。


「そこまで! 我等は既に決を取った筈。統領殿のお戻りが遅れている以上、統領代行である私、ニエト・ニッティが話をしよう。『剣姫』殿、先にサバラ侯が述べた通りだ。どうか、貴家との講和案の仲介をお願いしたい。我等はこれ以上の戦乱を望んでいないのだ」

「……あんた達も結局、一緒ね。見る目が無さすぎる」


 リディヤが、ぽつり、と呟いた。

 まずい。結構、怒っている。

 こいつは僕が無視されるのをとにかく嫌うのだ。

 ……王立学校の入学式から、ずっと。似たようなことがあったなぁ。

 室内に良く通る声が響いた。


「――『剣姫の頭脳』殿はどうお考えか。是非、浅学な我等にご教授願いたい!」


 挑みかかるかのようにニケ・ニッティが僕を睨みつけていた。他の委員達が呆気に取られている。

 後方にいる人達は護衛役。こんな風に問いを投げかけることはないのだろう。

 それにしても……この人、これが狙いだったのか。

 僕は苦笑し、我が儘御嬢様の隣へ。


「リディヤ、落ち着いて」

「……私は、落ち着いているわよ」


 そう言いながらも、そっぽを向き、頬を膨らませた。

 円卓に座る連合を率いる御偉方を見渡す。ロンドイロ侯と呼ばれた老女と、右側の数名は興味深そうな表情。


「お初に御目にかかります。『剣姫』が相方、アレンと言います。ニケ・ニッティ殿の御期待に応えられるかは分かりませんが、少し御時間をいただいてもよろしいでしょうか?」

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