第22話 客人
翌日、朝食を食べ終えた僕は、ベランダの椅子で新聞を読んでいた。
膝上には幼狐姿のアトラ。テーブルの上にはアンコさん。丸くなって寝ている。
今日も良い天気だ。
『リンスターとの講和案、決裂か!?』
『大議事堂での審議、紛糾』
『アトラス、ベイゼル両代表、徹底抗戦を主張』
『リンスター側、強硬路線を崩さず』
『ピサーニ統領、本日、帰国予定』
カップを手に取り、お茶を飲む。
……勝ち過ぎている、というのも大変だ。
きっとリンスター内部でも、色々あるのだろう。
まぁ、あっちの家は極端な話、リサ様やリンジー様が剣を納めれば済む話だから、侯国連合側よりは簡単――後方から頭を抱きしめられた。
「ねー、もう読み終わったでしょう? あんたには、そんなことよりも私に尽くすっていう、大事な役目があるんだけど?」
「確かにそうだね。今日はどうする?」
振り返りつつ、腐れ縁へ尋ねる。
動きやすそうな私服姿。前髪につけた白のリボンが揺れている。
「そうねぇ……とりあえず」
「とりあえず?」
「何もせず、のんびりと過ごす! で、あんたと一緒にお昼寝する!」
「それ、王都の休暇の時と変わらないじゃないか」
「い・い・の! そ、それとも……お、泳ぎに行く?」
「却下」
「何でよっ! 私の水着姿が見たくないっていうの!?」
「まさか」
肩を竦める。見れるなら見たい。僕だって男なのだ。
それでも、猜疑の視線を向けて来る我が儘御嬢様。
仕方ないか……早口で説明。
「観光客こそ少ないけど、それなりに人はいるしね」
「はぁ? それが理由に――……ふぅ~ん♪」
「はい! この話はこれでお仕舞い。――リディヤ」
「そうね。また後で聞くわ。ベッドの上で」
僕が立ち上がると、腐れ縁は即座に左腕を捕獲。
アンコさんも右肩へ。遅れてアトラも目を開け、幼女姿になり僕の身体に飛びついて来た。
直後、ノックの音。
「どうぞ」
「失礼致します」
扉が開き、入って来たのは支配人のパオロさん。
そして、その後方には、変装だろうか、帽子と眼鏡をかけた小柄な少年と、メイド服を着ている女性。
パオロさんが、少しだけ困惑した様子で僕へ告げてきた。
「アルヴァーン様の御客様、ということでしたのでお連れしたのですが……」
「ええ、確かにそうです。ニコロ、昨日ぶりですね」
「は、はいっ!」
少年は直立不動。頬を上気させ、とても嬉しそうだ。
こうして見ると幼い。ティナ達よりも幾分か年下かな?
状況に追いついていないパオロさんへ助け船を出す。
「心配しないでください。政治的な動きじゃありません。ですが、時期が時期ですから、ニッティ家直系の子が動き回るのが公になると面倒です。御内密に」
「――承りました。では、紅茶等の準備を」
「ありがとうございます」
深々と腰を曲げ、パオロさんは下がっていった。
緊張した面持ちで、僕からの言葉を待っている少年をたしなめる。
「ニコロ、賢い君ならば今の会話で理解したと思います。御自身の立場を考えましょう。誰かに見られたりは」
「大丈夫です! トゥーナに魔法を使ってもらいましたから」
後方のメイドさんへ視線を向ける。
すると、人差し指を動かし、認識阻害魔法を発動。
二人の存在がとても薄くなり、魔力反応も微小に。
リディヤへ目配せ。片目を瞑ってきた。リンスター家のメイドとしても、十分にやれる水準だ。
僕は、指を鳴らしその魔法をかけなおし。
「「!?」」
「御見事です。これならば、早々バレることはないでしょう。家の方は大丈夫なのですか?」
「あ、は、はい。屋敷の者達は、僕のことを――あ……」
「普段の言葉遣いで大丈夫ですよ。さ、座ってください」
くすり、と笑い、ベランダの席へ座るよう促す。
少年は恥ずかしそうに頬を赤らめながら、素直に着席。トゥーナさんはその後方に。この人が身辺警護も兼ねているのだろう。
僕等も座る。リディヤは、わざわざ席を近づけ僕の左腕を掴んだまま。アトラとアンコさんも、僕から離れようとしない。
少年が興味深そうに質問してきた。
「水都の新聞を読まれていたのですか?」
「ええ。世界は動いているようです」
「……読んでも?」
「どうぞ」
「ありがとうございますっ!」
ニコロは嬉しそうに新聞を読み始めた。薄青の前髪が立ちあがり、左右に揺れている。僕は、トゥーナさんへ目配せで質問。
『普段は読んでいないのですか?』
『……禁止されております。時折、密かにお渡しを』
この子も色々あるようだ。
――ニッティ家といえば、水都でも指折りの名家として諸外国にもその名を轟かせている。
それは、時に商家としてであり、時に傭兵としてであり、時に――魔法士の家系としてだ。
この子の薄青髪が象徴しているのは『水』。
ニッティ家は大陸に八家しか存在しない、極致魔法を有する家なのだ。歴代の当主達は連合の統領を務めることも多かった、と読んだ記憶がある。
……王国と同じで魔法の衰退には抗し難く、ここ最近は途切れているとも。
腐れ縁が口を開いた。
「ニコロ、と言ったわね。単刀直入に聞くわ。あんた、どうしたいの?」
「……え?」
一心不乱に新聞を読んでいた少年が顔を上げた。
その青い瞳は澄んでいる。
「即答!」
「出来れば、アレン様の商会に入れていただきたいです!!」
「そう。――で? どうするの?」
「……リディヤ、これ、僕が決められる範疇を超えているよ?」
「はいはい。なら、私の権限をあげるわ」
「……そうやって、時折、いじめっ子になるのは良くないと思う。そうだよね? アトラ?」
「? リディヤ、やさしい♪」
「うぐっ……」
「ほーら」
腐れ縁が勝ち誇った表情で僕を見る。アトラは嬉しそうに「♪」歌い始めた。
……困った子達だ。
頭を掻き――いきなり、リディヤが僕を守るように立ち上がり抜剣。
アンコさんが一鳴きし、数十の闇魔法を展開。
ニコロを守るように抱きかかえ、後退したトゥーナさんの片手には片刃の短剣。
僕はアトラを抱えて立ち上がり、部屋の扉へ向かって呼びかける。
「武器を持って入ってくるのならば、僕等は連合を敵と見なします。……そんなつもりはないのでしょう?」
「――……無論だ。我等は平和を希求している。戦争なぞ、儲からんからな」
低い声がした。この声、王立学校時代に聞いたような。
扉が開き、一人の男が入って来た。
年齢は僕やリディヤよりも上。二十代前半だろう。やや長い薄青髪。眼鏡をかけていてその奥の目は鋭く僕を睨んでいる。礼服姿だが、余程急いでいたのか、頬には汗。僕よりも背が随分と高い。
少年が息を飲む。「……どうして?」。
僕は微笑みかける。
「この状況から鑑みて――ニコロの兄君と御見受けします」
「…………ニケ・ニッティだ。『剣姫の頭脳』と『剣姫』だな? 愚弟と接触し、連合内部の情報を得ようとしたことは明白。私と一緒に議事堂へ来てもらおうか」
「ほぉ」
リディヤへ目配せ。『最初の接触から、ニコロ君まで、全部ひっくるめて『餌』だったみたいだね。ここは乗ろうか?』
腐れ縁は『面倒。斬って燃やした方が早い……でも、あんたに任すわ』。
少年が身体を震わせながら叫ぶ。
「あ、兄上! わ、私は、何も、何も企んでなどいませんっ!!」
「黙れ、ニコロ。貴様の意見など聞いてなどいない。屋敷へ戻り、大人しくしていればいいのだ。トゥーナ、貴様の監督責任だぞ」
「ト、トゥーナは悪くありません! 元はと言えば、父上と兄上がアレン様達を監視したのが」
「そのへんで。分かりました。お付き合いしましょう」
「アレン様!?」
少年が悲鳴。
僕はニケ・ニッティと視線を合わせる。
深い深い青の瞳。……この人。
「分かっていると思いますが、何か出来る、と考えない方がいいですよ? 今の水都に『剣姫』を止められる剣士や魔法士はいないでしょうし。千年の都と謳われたこの地が、炎の海に沈むのは見たくありません」
「無論だ。貴様等のような化け物をどうこう出来るとは考えたこともない。……私に付いてくればいいのだ。ただ、付いてくれば、な」
僕は再度、リディヤを見る。
腐れ縁は惚れ惚れする仕草で納剣。アンコさんも魔法を消された。
リディヤが傲岸不遜に言い放った。
「ま、いいわ。何を企んでいるのかしらないけれど、手出しをされたら斬って、燃やして、斬るだけ――ちょっと、どうして、アトラの耳を押さえているのよ?」
「教育上、とっっても悪いからね。僕は、二度と、君の時みたいな過ちは犯さない!」
「……後で話があるわ」
「はいはい――では、案内を。ニコロ、トゥーナさん、心配しないでいいですよ。幸か不幸か、僕等はこういうことに慣れていますから」
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