第21話 伏竜

「え、えーっと……」

「…………」


 屋敷内の大きな客間に案内された僕等を待っていたのは、床に直接座り、頭をつけている一人の少年だった。

 髪は極薄い青色。肌は白く、魔力も微弱で身体も細い。

 東都の獣人達、中でも旧市街で暮らす人達がよく着ている東方風の服装を着ている。

 戸惑う僕に対し、少年はそのまま声を発した。


「ニッティ家が末子、ニコロ・ニッティと申します。連合評議員の一員である父と兄達は大議事堂へ出向き、不在にしております。名高き『剣姫』様、そして『剣姫の頭脳』様の御不興を買った行いについては存じませんが、この場においては私が責任者。何なりと罰を。その代わり、邸内にいる者達には寛大な御処置をお願いします」

「……顔を上げていただけますか? 何もするつもりはありません。少なくとも僕は」

「……ちょっと、それだとまるで私が何かするみたいじゃない。兵を潜めず、で私達に相対しようとした度胸を少しだけ買ってあげる。奥の子、出てきなさい。出てこないのなら、敵と見なす――連合全体をね」

「……トゥーナ」


 リディヤの宣告を聞き、少年が静かに呼びかけた。

 すると、奥の扉が開き、これまた東方装束を着ている美少女が入ってきた。

 白金髪に翠目で長身。耳は尖っていないけれど、明らかにエルフの血が混じっている。

 顔面を蒼白にさせ、震えながら少年の後方に跪いた。


「お、お許し、お許しくださいっ。ば、罰するのであれば、この端女だけにっ!」


 僕は額に手を置き嘆息。


「…………リディヤ、怖がらせ過ぎだよ」

「交渉事って、そういうものでしょう?」

「リンスターの常識は世界の非常識、って前に教えたよね?」

「あーあー聞こえなーい。……御母様とお義母様に言いつけるからねっ!」

「そ、それは反則だと思うなぁ――ニッティ様、座ってください。さっきも言いましたけど、争いに来たわけじゃありません。聞きたいことがあっただけなんです」

「…………何なりと。敬称は不要に」


 少年は顔を上げようとしない。頑固だなぁ。

 リディヤを見ると、肩を竦め近くの席へ座った。アトラが膝上に飛び込む。

 僕は隣に座りつつ浮遊魔法を発動。


「「!」」


 少年と美少女を浮かせ、風魔法で対面の椅子を動かし降ろす。表情が硬直している。浮遊魔法くらい、使える人はいるだろうに。

 ――少年は幼かった。

 おそらく、まだ十代前半。ティナ達と同年代かな。整った顔立ちだ。


「改めまして――アレンです。こっちはリディヤ・リンスター。膝上にいる子はアトラ。僕の右肩にいるのはアンコさんです。話を聞いたらすぐにお暇します。安心してください」

「……はい」「…………」

「端的に聞きます。どうして、貴方達は」「休暇を邪魔したのかしら?」


 アトラを抱きしめている腐れ縁が声を被せてきた。

 余程、御立腹なようだ。

 少年が返答する。


「……申し訳ありません。私は詳しい話を聞いていない身。ですが、想像するに」


 今日初めて、僕と視線を合わせた。

 瞳の色は綺麗な青。そこにあるのは深い深い知性。


「現状、我が連合とリンスター公爵家との講和は暗礁に乗り上げています。議事堂内では会議が踊るばかり、と。溺れそうになる者は救いを求めます。『剣姫』様を何かしらの手で捕らえることが出来れば状況を一手で打開出来ると考えたのではないかと……幻想ですが」

「幻想ですね」「馬鹿の妄想ね」


 僕等は淡々と評する。

 そんなことをしたら、リンスターは侯国連合を炎の海に沈め、水都を灰塵と帰するまで止まらないだろう。悪手に過ぎる。

 そんなことを考えているとリディヤとアトラ、それにアンコさんまで僕を見てきた。な、何さ。

 ニッティ様が続ける。


「確かに幻想です。父と兄達は、我が家に仕えてくれている者達でも、最も手練れの者による偵察を実行させたので大丈夫、と思ったのでしょう。……を少しでも真面目に調べれば、そんなことを考えもしないでしょうが」

「……とりあえず、僕等は休暇中です。以後は、過度な接触はご勘弁願います」


 軽く手を振り告げる。この話は危険だ。

 隣のリディヤが口を開いた。


「――あんた、今、『私達』って言ったわね? 『私』だけじゃなく」

「はい。……私の数少ない趣味なのです。英雄について知ることが」

「ニッティ様」

「ニコロ、とアレン様」

「…………ニコロ、間違いがあります。『剣姫』は当代の英雄。歴史にも燦然と輝くと確信します。けれど、僕は普通の平民ですよ?」

「いいえ。失礼ながらアレン様こそ間違っておられます」


 少年が断言。

 やっぱりこの子、頑固だな――腐れ縁が瞳を輝かせ手を握りしめた。膝上でアトラも立ち上がり、獣耳をぴこぴこ。


「分かってるじゃないっ! あんた、見所があるわっ!!」

「♪」

「……リディヤ、アトラ」


 たしなめるも、自分だけでなく僕を褒める人は少ないので、腐れ縁は止まらない。


「そうなのよ! 私なんて大したことないわ。凄いのはこいつ、こいつなのよ!! ほんとっ、世界の連中は見る目がなさ過ぎるわっ!!!」

「御二人の御活躍を水都に来る商人や旅人達から聞くのは、私の楽しみでした。黒竜、四翼の悪魔、吸血鬼の真祖――これらと遭遇して生存した者は世界で数える程しかいません。昨今では、アレン商会を立ち上げられたとも聞いております!」

「…………ニコロ、そのへんで。リディヤ」

「えー。私、こいつが気に入ったわ! あんた、遊びに来なさい!」

「ありがとうございます。本当に申し訳ありませんでした。この埋め合わせは必ず」


 僕等は立ち上がり、会釈。

 すると、少年と少女も深々と頭を下げた。

 

 ――この子は間違いない『竜』だ。

 

 魔法は殆ど使えなくても、何れ必ず歴史の表舞台に姿を現すだろう。

 ほんと、世界は広いや。

 出来れば、舞台に上がった際、敵にはなりませんように。


※※※


 生ける英雄二人が部屋を出た後も、ニコロ坊ちゃまは深々と頭を下げられたままでした。身体が震えておられます。

 そっと、手を握ると、強く握り返されました。

 がばっ、と顔を上げられ私を見ました。

 その瞳には、坊ちゃまが生まれて以来、初めて見る興奮。

 そこにいたのは普段の大人びた御姿ではなく、年齢相応の可愛らしい少年。


「トゥーナ!!! 見ましたかっ!? 『剣姫の頭脳』と『剣姫』ですよっ!?!! 膝上にいた御方と黒猫もきっと、使い魔様です!!! わーわーわー。、生きてますよね?? し、心臓が止まるかと思いましたよっ!!!」

「落ち着いてください。あの青年、それ程の?」

「……ええ。多分、全部バレています。僕が、止めようとしなかったこと。そして――それを利用して、あの御方達に接触を図ったことも。当然です。何しろ、あの御方は『剣姫の頭脳』なんですから!!!!!」


 頬を紅潮させた坊ちゃまはお可愛いのですが……少々、嫉妬も感じます。

 なので、意地悪で言ってみます。


「だからといって、あのように頭を下げずとも良かったのではありませんか? 聞いていたよりも、余程、良識ある御方に見受けられましたが」

「……トゥーナ、もし、僕が部屋に入った時、ああしていなかったら」


 坊ちゃまが微笑まれます。

 そこにあるのは確信。


「あの御方は、侯国連合自体を自らの中で『敵』の方向へ下げていたと思いますよ? トゥーナの言う通り、とても良識があって優しい御方でしょう。けれど、あの御方は自らの身内に手出しをした存在をすぐに許してくれはしない。本当に怖いのはね? 『剣姫』様の方じゃない。『剣姫の頭脳』アレン様だ。さ、招待されたことだし、準備をしないと! 喜んでいただければ、今後とも良しなにしていただけるかもしれないからねっ! もしかしたら、こんなから、アレン商会に引き抜いてもらえるかもしれない!!」 

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