第20話 お出かけ

 翌朝、僕達はお出かけの準備をしていた。

 と、いっても……こういう時に時間がかかるのは、女の子と古から決まっているわけで。僕自身はとっくのとうに支度を終え、廊下で待機中。

 右肩に乗っているアンコさんを撫でながら、部屋の中へ声かけ。


「リディヤ、まだかい?」

「待つのは男の仕事よ?」

「……了解」


 苦笑しつつ、壁に背中を預ける。

 ――昨晩はアンコさんが持ってきてくれた情報を夜中まで考察していた。

 俯瞰すると、僕等が水都でゆっくりしている間に、世界はきな臭くなりつつあるようだった。

 帝国では老帝による、今回の敗戦責任を取らせる建前で静かな粛清が開始。

 おそらく、教授やグラハムさんも間接的に介入されているのだろう。当分、北は身動きが取れない。

 ……いや、あの二人なら、『ほどほど』に弱体化させることまでやる。

 『当分』は、数十年単位になるだろう。人材の引き抜きもやっているに違いない。

 背骨を一度叩き折って、きっとこう笑うのだ。


『綺麗に折った方が治りも早い。私達の優しさだ』


 ……敵には容赦ない人達だしなぁ。

 王国は王国で、此度のオルグレンの叛乱――でも日和見を貫いた中央部に巣食う守旧派の貴族達がジョン王子殿下を担ぎ、世の流れに抗う構え。

 これまた、陛下他の罠だろう。学校長の気配がする。

 一網打尽にし過ぎると、禍根が残りそうだけど……そこまで計算済み、か。汚れは自分達の代、でと。

 次の王国を統べるのは――……きっと僕や腐れ縁の友達になる。

 いきなりは、ないだろうけど。あの子も大変だ。

 西でもきっと動きがあるだろう。

 冷静に考えれば、魔王戦争以降、魔族とは全面的に干戈を交えたことがない。つまり、人族よりも余程、『平和』というものの価値を理解している。講和を結ぶには良い頃合いだと思う。

 

 問題は東。

 

 聖霊騎士団とララノア共和国が、オルグレンの叛乱に関与したことは間違いない。

 が、前者はまともに交渉するのが難しいことで、大陸中に名を轟かせる宗教国家。

 幾ら、王国が容疑者の処罰を要求しても、言を左右にして応じようとしないだろう。彼等を従わせるのは純粋な拳骨だけ。

 故にルブフェーラ、ハワード、リンスターの三大公爵は各家の軍主力及び、幕下の貴族達でも最精鋭の武闘派を東都へ集結させている。最悪、聖霊教の総本山である教皇庁をも脅す気だろう。『いざとなれば、東方全域併呑も辞さず』。

 まぁ、兵站的に困難でも相手には分からない。分かる相手がいたら……怪物だ。

 ララノアは交渉出来るだろうけど


「政変、か……」


 ぽつり、と言葉を漏らす。

 ――幾ら何でも早過ぎる。

 かの共和国は『貴族制打破!』を掲げ、帝国との血みどろな独立戦争を乗り越え生まれた。

 結果、民心に左右され易いのは間違いないけれど……そんなころころと、政権が倒れていたら、巨大な帝国と対峙なんて出来やしない。あくまでも、程度問題だった筈。

 なのに、こんな時に政権が揺れる?


「アンコさん、教授はなんと?」


 一鳴き。……不明、と。

 奇妙な違和感。黒猫な使い魔様を撫でる。

 とにかく内乱が終わったばかりなのに……偉い人達は少し元気過ぎる。南だけでも、とっとと落ち着いてほしい。

 扉が開いた。


「♪」

「おっと。アトラ、可愛い帽子と服だね。似合ってるよ」

「! ♪ ☆」


 幼女は褒めると、嬉しそうにその場で一回転。

 麦藁帽子に薄い空色の服。この前、買っていたやつだ。

 遅れてリディヤが出てきた。

 白い私服姿で手には日傘。腰には片手剣。


「アトラ、あまりはしゃがないの。貴女も淑女なんだから。……あんたも何時もの恰好じゃなくて、礼服着ればいいのに」

「暑いのは嫌だよ。君も似合ってる――行こうか」

「ん」


 左手を伸ばすと抱き着いてきた。日傘を受け取る。

 アトラは右肩のアンコさんとリディヤを眺め、少し悩んだ後、腐れ縁の手を繋ぐ。嬉しそうに獣耳と尻尾が揺れている。

 ――さて、何が出るかな?


※※※


 侯国連合とは、その名の通り侯国――侯爵が治めている国家の連合体だ。

 その歴史は古く、どの国も千年近い歴史を持っている。

 古い話なので信憑性は薄いものの、かつて、この大陸には現在の魔王領から東方諸国までを有する大連邦国家が存在し、連合の侯国はその際、封じられた……とされている。

 

 そして、水都には『公王』がいた。

 

 血筋は途絶えて久しいものの、墓所は実在している。

 ――中央議会議事堂の地下に。

 水都中央にある。初代の公王との侯爵の彫像が入口で睥睨している議事堂を眺めながら呟く。


「立派な建物だね」

「何を今更。水都が金貨を貯めこんでいるのは有名な話じゃない。……国家予算の半分とか、いいわね」

「それで終われば苦労しないんじゃないかなぁ。君がリンジー様を説得」

「しないわ。だって御祖母様は怖いもの」

「! !!」


 アトラが僕とリディヤを覗き込み、ぶるぶる、と震える。

 右肩から重みがなくなり、アンコさんがアトラの下へ。気遣いが出来るアンコさん、とても素敵です。

 日傘をさしながら議事堂前を通り過ぎる。今日の目的地はここではないのだ。

 天気は快晴。時折、吹く海風が気持ち良い。

 本来ならば多いだろう観光客の姿は今日も疎らだ。

 王国と同じで水都も議事堂周辺に、上流階級の住居が立ち並んでいる。

 異なるのは平民階級である大商人のそれも多いこと。

 連合が交易国家なのは、これだけでもよく分かる。

 まぁ、政治形態としては結構特殊な――リディヤが指を伸ばした。


「あれじゃない?」


 見えてきたのは、金属製の高い柵に囲まれた邸宅だった。

 海上に築かれた関係でどうしても土地が限られる水都において、庭持ち。

 門には完全武装の番兵達。随分と物々しい。

 僕は頷く。


「そうだね。リディヤ、どうする? 待っててくれても」

「……本気で言ってるのなら、今夜は一緒にお風呂へ入」

「よーし、みんなで行こう。アンコさんもよろしいですか?」


 腐れ縁の言葉を遮り、アトラに抱きしめられている使い魔様へ確認。

 欠伸で返された。ありがとうございます。

 僕の左腕を軋ませているリディヤが唸る。


「……グルル。はくじょーものー」

「唸らない唸らない。折角、綺麗なんだから」

「とってつけたよーに言うなぁぁ」


 そう言いながらも、頭を左肩にこてん。

 手で撫でながら番兵達へ近づいて行く。


「すいません」

「ん? ……なんだ、お前達は。ここは観光客に公開などしていないぞ」

「いえ。う~ん……そうですね。なんと言ったらいいのか」


「――『剣姫』と『剣姫の頭脳』がわざわざ出向いた、とあんた達の主に伝えなさい。いないのなら話はここまで。何処の輩が知らないけれど……次は容赦しない。敵と見なすわ」


『!?!!』

「…………リディヤ」


 僕の左肩に頭を置いたまま、腐れ縁は勧告した。

 ……何度も邪魔されたのを思った以上に気にしていたみたいだ。本気で斬って燃やしかねない。『火焔鳥』の練習代わりに。

 可愛そうなくらい動揺している番兵達へ再度、通告する。


「と、いうわけです。お早く、お伝えを。――この子、本気ですよ?」

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