第19話 使者

 その日の晩。

 夕食を食べ終えた僕は先にリディヤとアトラをお風呂へ入らせ、魔法式を調整していた。……毎晩『一緒に、入らない、の?』と駄々をこねるのは止めてほしい。アトラの教育に良くないじゃないか。

 餞別に貰った『火焔鳥』の魔法式から、他の魔法へ活かせるものも多い。

 本物は緻密過ぎるので簡易版にしたものを空間に並べていく。

 頭を掻き、考え込む。


「ん~……もう少し、簡単に出来ないかなぁ」


 このままだと、今のティナ達が使うのは厳しいだろう。何せ、あの子達の魔力量は凄まじい。暴発したら大変だ。

 頭が重たくなってきた。根を詰め過ぎたかな?

 椅子から立ち上がり、巨大なベッドへ飛び込む。

 王都へ戻ったら、奮発して同じ物を買おうかなぁ……気持ち良い……。

 目を瞑り、頭の中を整理――唐突に、お腹の上に重み。

 僕とリディヤが張り巡らした百を軽く超える結界や逆探を一切合切無視。まぁ、仕方ないのだけれども。

 手を伸ばし優しく撫でる。


「……そろそろ来られるかな、と思っていましたよ、アンコさん。教授はやり過ぎていませんか?」


 否定の鳴き声。

 どうやら、僕の恩師は北方で好きなようにやっているようだ。グラハムさんも一緒だろうしなぁ……ユースティン帝国も大変だ。あの二人を同時に相手しないといけないなんて。

 

 目を開け、半身を起こすと、そのまま膝上を占拠する黒猫姿の使い魔様。

 

 僕の恩師である教授の使い魔である、アンコさんだ。なお、研究室内の序列としては、リディヤと並ぶか、時と場合によっては上である絶対権力者様でもある。

 『アンコ』という名前は、東方の御菓子から取ったらしい。黒い御菓子? 

 身体をゆっくり撫で、尋ねる。


「アンコさん、教授は何と?」


 一鳴き。地図が空間に浮かび上がり、大陸西方図に。

 ――ふむふむ。

 うわぁ……教授とグラハムさんは白紙講和という毒を喰わせたのか。

 しかも『帝国南方軍、大敗!』という情報を、わざと北方諸民族と接する帝国北方とララノア共和国と接する地区に拡散させてるし……。あの人達、怖い……。

 西方は――……ルブフェーラが動いた、と。

 そして、魔王軍は動かず、か。

 これを機に講和へ突き進めばいいんだけど……。おそらく、国王陛下が西都から動かずにいるのは、それも見越しているのかもしれない。あの御方の師は教授。詰まる所、お腹は真っ黒だろうし。……シェリルは似ませんように。

 東方には三大公爵が駐屯中。

 ギルも帰ってきたのか。変な提案をしてないといいけど……。

 とりあえず、やる気になれば、これを機に東方諸国を蹂躙すら可能、と。

 ただ、兵站は厳しい……というより、神業を持つ兵站担当者でもいない限り不可能。東方に鉄道はないし、空路単独で万単位の軍を支えることは出来やしない。

 

 ――けれど、そんなことを聖霊騎士団も東方諸国も知らないだろうし、だろう。


 典型的な示威行為。王国の上の人達って、怒らすと怖いや。

 で、南方はっと――お風呂場の扉が勢いよく開いた。

 寝間着姿に着替えた幼女姿のアトラが全力疾走。僕へ飛び込み


「?」


 姿が掻き消え、僕の後方の枕の上へ。

 アンコさんは欠伸をされた。

 幼女は四つん這いで近づいてきて背中にくっ付き、覗き込んだ。


「! !! !!!」


 膝上を悠々と占拠しているアンコさんを見つけると、頬を大きく膨らませ抗議。

 対して、アンコさんは一瞥しすぐにまた頭を下ろされた。五月蠅い子は好きじゃないのだ。

 アトラは背中から降り、回り込むと使い魔様の正面へ。


「!」


 アンコさんは目を開け起き上がり、半分だけ場所を開けた。流石、お優しい。

 幼女は目を輝かせ、僕の膝上へ。


「♪」


 鼻歌を歌い始めた。ご機嫌だ。

 まだ髪が少し濡れているので、乾かしてやりながら南方の図を見やる。

 

 ――ベイゼル、アトラス侯国との国境線に双方共、軍が集結している。

 

 ただし、侯国軍は寄せ集め。

 リンスターも主力ではなく分家が主。ただし、最前線に出張っているのは、顔が引き攣る。


「…………リンジー様直率って」

「当然でしょう? 御祖母様は、あんたのことを気に入っているし、愛国者でもあられるわ。あと、火遊びを嫌われるの。……怒らせたら、御母様よりも怖いわよ?」


 リディヤが頭にタオルを被ったまま出てきた。

 近くの椅子に座り


「ん」


 膝上の使い魔様と幼女をベッドの上に転がす。

 もう仲良くなったらしく、アトラはアンコさんを抱きしめ「♪」歌い続けている。

 使い魔様は僕をちらり。すいません。

 ベッドから降り、腐れ縁の後ろへ。

 髪を乾かしつつ話を続ける。


「リディヤ」

「嫌」

「……まだ、何も言ってないよ?」

「どーせ『休暇を切り上げよう』でしょう? ダーメ。あんたと私は働き過ぎなの。少しは他の連中も苦労すればいいんだわ。教授とか学校長とか教授とか! ……第一、こんな時にアンコが来る。つまり、そういうことじゃない」

「まぁ、それには賛同するけどさ……」


 教授の人望の無さに少しだけ同情。

 けれども――わざとらしく、王都を中心とした中央部の情報だけぽっかり抜けているのは、そういうことなのだろう。


『中央には極力関わるな』


 ……本気で大掃除をする気、か。

 リディヤが振り向いた。


「誕生日まではダメ。絶対、絶対、ダメ。ダメったらダメ」

「…………了解。最小限にするよ」

「かわいくないぃぃ」


 我が儘御嬢様は、手足をバタバタ。

 こんな姿、ティナ達には見せられない。

 苦笑しつつ、少し離れた場所に置いてあるブラシを取ろうとし――次の瞬間、空間からブラシが出現。

 御礼を言う。


「ありがとうございます、アンコさん」


 気にしないでいい、の鳴き声。

 自然に笑顔が浮かんでくる。

 こういう使い魔様だからこそ、研究室内で絶大な人気があるのだ。

 リディヤがジト目。


「……あんたって、アンコに甘いわよね」

「勿論。だって、アンコさんだしね!」

「その甘さ、もっと向ける相手がいるんじゃないの?」

「? ……ああ! そうだね。アトラにもっと」

「バカ! 意地悪っ! 幼女趣味っ!! もう、メイド服とか着てあげないんだからねっ!!!」


 拗ね始めた公女殿下。黒炎の羽が飛び散る。

 指を鳴らし消しつつ、ブラシで髪を梳く。


「それは困るなぁ。でも、これ以上、甘くは難しいんじゃない?」

「たーりーなーいーのー」

「う~ん……とりあえず、こういうのでどう?」

「! あ、ち、ち、ちょっと!?」


 短い後ろ髪に触れ、そっとキスをする。

 ……うわ、これ、恥ずかしいな。

 当の公女殿下は沈黙。

 後、足をバタバタ。振り向き僕を殴ってきた。


「~~~~~~っっっっ!!!!!」

「いたっ! リ、リディヤ、お、落ち着いて」

「お・ち・つ・け・る、わけないでしょぉぉ」


 手を取り微笑む。

 すると、リディヤは息をのみ、恥ずかしそうに俯いた。

 早口。


「ま、まぁ……いいわ……え、鋭意努力すること!」

「はいはい」

「……バーカ。えへへ♪」


 腐れ縁は上機嫌に鼻歌を歌い始めた。

 ベッドの上のアトラが、アンコさんを抱えながらそれに唱和。

 心が穏やかになってくる。

 うん、当分は静かに過ごして――先程、放った魔法生物の小鳥が飛び込んできた。

 アンコさんの目が妖しく光る。狙おうとしないでください。

 肩に小鳥が止まった。

 

 ……ゆっくりしたいんだけどなぁ。

 どうやら、そうもいかないみたいだ。

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