第18話 火焔鳥
「ふぅ……こんなものかな?」
水都、『有翼獅子の巣』。
ベランダで魔法式を浮かべ、最終調整していた僕は息を吐いた。
昼食の後、ずっと作業をしていたせいか、身体が固まっている。
伸びながらグラスに手を伸ばし、一口。
爽やかな柑橘類が入っている水。
食べたことはないかもしれない。南方島嶼国産かな? とりあえず、とても新鮮なのが分かる。
リンスターと争っていても侯国連合の船――特に、南部のそれは――は、今日も、ひっきりなしに眼下の港へ入港し、そして出港していく。
侯国連合は、交易で生きているのだ。
「……戦争は儲からない、って分かっている人も多いだろうになぁ」
「多いでしょうね。同時に、戦争で一発逆転を狙っている連中も少なくないのよ」
僕が作業している間、目の前に座り、ずっとその様子を眺めていたリディヤが口を開いた。こいつ、こういう時は静かになるんだよな。時折、ニヤニヤ笑うけど。何が楽しいんだか。
瞳は『終わったの? かーまーえー』。はいはい。
腐れ縁の膝上には幼狐姿のアトラがすやすや。左手で撫でられ安心仕切っている。
小さい子にはとても優しいのだ。
軽口を叩きつつ予備のグラスに水を注ぎ、手渡す。
「リンスター相手に一発逆転? 賭け事にすらなってないけど?? リサさんとリンジーさんを相手にするくらいなら、僕は即座に寝返って先鋒を務めることを選ぶね」
「私が相手でも?」
「……時と場合に」
「よらないわよね? あんたは私の下僕だものね? ね??」
リディヤがグラスを一気飲みし、お代わりを要求しながら微笑む。
……『血塗れ姫』と『緋天』が相手かぁ。
両手を挙げ、降参。
「……いや、そうなったら二人して謝ろう。勝てないよ、あの御二人には」
「はぁ!? 私とあんたが一緒なら敵はいないわよっ!」
「…………精神的に勝てないと思う。正直、シェリル相手までがギリギリじゃないかなぁ」
「そ・こ・で! あの子の名前を出すなぁぁ! ……あんた、昔からあの子に甘いわよね。私には意地悪するくせにっ」
「普通だと思う。リディヤ」
「なによー」
「手」
「ん」
何の躊躇いもなしに右手を伸ばしてきた。
その手を握り――魔力を繋げる。
リディヤの顔がほころんだ。
「珍しい。あんたの方からこんな風に繋いでくれるなんて」
「魔法式だけ渡してもいいんだけどね。少し危ないだろうし。……こっちに来る間に話したことを」
「覚えてるわ。言ったでしょう? 私、あんたが話したことは忘れないのよ。……シェリルが戯れに着たリンスターのメイド服を見て『とても似合うよ』と言ってたのもねぇぇ」
「似合ってたね。勿論、君もだけど」
「バ、バカ!」
公女殿下は顔を真っ赤にし、そっぽを向いた。
何だかんだ、こいつも楽しんでいたのを覚えているんだけどな。
テーブルの上に魔法式を投映する。
人類史上最高の魔法士の一人、リナリア・エーテルハートが僕へくれた餞別。
リディヤが僕を見た。
「これが、あんたの言ってた本物の炎属性極致魔法『火焔鳥』?」
「うん。と、いっても、受け取った魔法式のままじゃないよ。……あれは精緻過ぎる。一発毎に暴発する危険性の高い最大火力魔法なんて怖くて使えやしない。少し、練習して自信が出てきたら、また、ね。これは僕が弄った、謂わば簡易版」
「ふ~ん。で? 私に教えちゃっていいわけ?」
「教えない、って言ったら怒るだろ?」
「勿論♪」
楽しそうに、それでいてとてもとても嬉しそうに腐れ縁が微笑んだ。
手を強く強く、握ってくる。
「さ、やってみせて」
「了解。少し魔力を借りるね」
「ん♪」
周囲に数十の結界を新たに重ねて張る。
更に、欺瞞用の魔法式を幾つか並べておく。
最後に、逆探の罠を設置。
空いている、右手を振る。
――テーブル上に、小さな小さな『火焔鳥』が顕現。
その姿は最初から四頭八翼。
指を鳴らすと、四体に分裂。
そして、翼の色が意図せず変化。
……あれ?
小首を傾げ、公女殿下を見る。
「リディヤ」
「な、何よ」
「……君、本気で僕の後を追うつもりだったろ?」
「…………当たり前でしょう? あんたがいない世界で私に歩く術があると思う? なのにあんたったら、あんな伝言を残すんだものっ! ほんとっ、意地悪! だから、これはしょうがないの。でしょう?」
――『火焔鳥』の翼は、漆黒に染まっていた。
すなわち、強い『闇』属性を示す色。
かつてのリディヤが忌み嫌った自分自身の炎。
魔法が使えるようになってからは、殆ど出ることはなくなっていたんだけど。
『火焔鳥』を消し、強気に出つつも、不安気な様子の腐れ縁の頭を撫でる。
「バカだなぁ。どうせ自分自身を責めたんだろ? 『私がいれば!』って」
「……だって……」
瞳には大粒の涙。
指で拭い、微笑む。
「昔も言ったけど僕はこの炎嫌いじゃないよ」
「……あんたの隣にいるなら、カッコいい方がいいじゃない」
「バカな子だなぁ」
「二回も言うなぁ」
乱暴に頭を撫で回す。
リディヤはなされるがまま。
「君は、最初に会った時からカッコよかったよ」
「……それを聞いて、嬉しがる女はいないわよ」
「本当に?」
「ほ、本当」
「そっか」
「……あ」
手を頭から離すと、リディヤは一転、おろおろ。僕を上目遣いに見てきた。
……思ったよりも重症かもしれない。
再度、頭に手を置くと、ぱぁぁ、と表情を明るくさせた。
「とりあえず、今は四頭八翼からだね。最終的には」
「八頭十六翼。同時八体の顕現ね♪ すぐよ、すーぐ。あんたがいてくれればね」
「誕生日までは、ここにいるんだろ? 約束は守るよ」
「よろしい。……えへへ。ねー」
「うんー?」
「……隣に行きたい。浮かして?」
「はいはい」
「はい、は一回でしょー」
上機嫌な我が儘御嬢様へ浮遊魔法を発動。
椅子ごと浮かし、僕の傍へ。
すると
「あ! こ、こらぁ」「おや?」
「♪」
目を覚ましたアトラが、僕の膝上へ移動。
幼女の姿へ戻り、グラスへ手を伸ばした。
「あー!!!」
リディヤの悲鳴。
そのまま、こくこく、と飲んでいく。可愛い。
幼女の頭を撫でていると――……張り巡らした結界に引っかかった魔力あり。
腐れ縁へ目配せ。
『焼く? 捕捉したわよ』
『焼かないよ。後はつけさせておく』
『……ケチ!』
水都も一枚岩ではないのだろう。
でも、リディヤに手を出すのは悪手に過ぎる。
大方、人質外交でもしたいのだろうけど……『剣姫』が戦争中であるにも関わらず、平然と水都へ来れたことを考えてほしい。
この美しい千年都市を炎の海に沈めるつもりなんだろうか。
そんな悪手に縋りたくなる程、追い詰められている、か……。
リディヤが頬杖をつき、ニヤニヤ。
「な、何だよ?」
「んーべっつにぃ。ほら、続けて考えなさいよ。アトラはこっちに来なさい!」
「! !!」
「ダメ! そこは私の場所なの! 貴女、昨日の夜だって抱きかかえられていたでしょう? 物事には、順序ってものが――」
腐れ縁は幼女に懇々と道理を説いていく。
……道理から一番遠いのになぁ。
魔法生物の小鳥を生み出し、空へ放つ。
すぐさま、空に隠れ姿も気配もなくなった。
さて、何が出てくるのやら。
出来れば、穏便に――リディヤが、不敵に笑った。
「本物の『火焔鳥』が今から楽しみね」
「う、薄くしか繋いでないのに、考えていることを読むなよっ!」
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