第17話 激論

 東都、大樹内の会議室。今、ここは戦場と化していた。

 王国北方を統べるワルター・ハワード公爵が獅子吼する。


「先程も述べたことだが――我がハワード家としては此度の戦功をもって、アレンへ公的な立場を、具体的には爵位を与えることを提案したい。それさえ為されれば、彼のことだ。勝手に上へ上へと登っていく。我等の手を借りずともな」

「ワルター、概ね同意するが……無理だ」


 僕の父である、リカルド・リンスター公爵が大きく首を振った。

 剣呑な様子で、ハワード公爵が反問。


「リカルド。アレンは今や『炎麟』『氷鶴』を握っているのだぞ? うちの娘達を含め、次世代の才有る者達にも慕われている。いや、むしろ、彼がこのまま王国を見捨て、亡命するようなことあらば……最悪」

「分かっているっ! ……リィネはともかく、リディヤはこの国を捨てるのを躊躇しまい。あの子にとって彼はそれ程までに重い。何しろ――……命そのものを救われているのだ。父親として彼への恩義を忘れたことはない。忘れるものかよっ!」

「ならば!」

「アレンは受けないでしょう。たとえ、父上の、国王陛下の勅命だとしても。頑固な人ですから。勿論、現段階で王国を見捨てもしませんが」


 涼やかな、けれど、何処か誇らしい声が響いた。

 首座の椅子に座られている、シェリル・ウェインライト王女殿下が、僕を見た。


「リチャード、貴方の意見は?」

「はっ! ――アレンが強い良識を持っていることは、この場における共通認識かと思います。おそらく、彼は自らの一族である狼族、ひいては獣人全体の地位向上が成されないならば、公的な地位を持つことを拒否するでしょう」

「今まで通りに?」

「はい。今まで通りに。……ですが」


 にっこり、と微笑む。

 ――悪いね、アレン。

 僕は君に王宮で気絶させられたこと忘れてなんかいない。

 いや、あの場で戦った全ての近衛騎士が、かな?

 ベルトラン達にも散々、言われてきているからね。


『――アレン様の件、多少、あくどい手を使っても構いませぬ。復仇を!!!』。


 シェリル様、そして、王国、そして、獣人族の取り纏めを見渡し、肩を竦める。


「結果が、此度のザマ、です。この四年で『剣姫』は、三度、王国を救ったと喧伝されてきました。が――……事実は、そうではなかった。『剣姫』と『剣姫の頭脳』によって、です。そして此度で四度目。これで何も動かずいれば、僕等は後世の歴史書にこう書かれるでしょう」


「『愚者の集まり。叛乱を起こされて当然』ですかね?」


 苦笑しながら、真向いに座る長身の青年が口を挟んできた。

 薄い金髪をやや長めに伸ばし、前髪の一部が薄い紫髪。魔法士姿。

 

 ――オルグレン公爵家の四男坊、ギル・オルグレン。

 

 当代オルグレン公は屋敷内で軟禁状態にされていたのを救出されたものの、投じられた毒により、とてもではないが動くことが出来ず、ララノア共和国へ留学していた四男が急遽呼び戻され、公爵代理を務めることになったのだ。なお、庶子らしい。

 僕とは旧知であり、アレンの大学校時代の後輩でもある。

 ギルが両手を挙げた。


「正直、オルグレン公爵家を取り潰していただいて、東方をそっくりそのまま、アレン先輩へ押し付――こほん。お渡しすれば、全て丸く収まるとは思います。先輩と姉御、リディヤ・リンスター公女殿下ならば、どうとでもするでしょう。聖霊騎士団及びララノア相手の対外交渉で圧倒的な成果を王国へもたらす、と確信しています。十年後には、聖霊騎士団領と東方小国家群まで併呑しているかもしれませんよ? 一滴の血も流さずに。父も反対はしないでしょう。――言うまでもなく、統治に関しての厄介事は、我がオルグレンが全て引き受けます」

「だが、爵位は受けぬのだろう? 話を聞く限り、アレンという青年、リカルドの言う通り恐ろしいまでの良識人。仮定の話を幾らしても無駄だ。……我がルブフェーラとしては、彼を一族に受け入れることに問題はない。彼の戦歴と此度の戦役での振る舞い、我が軍の部隊長級には知れ渡っていてな。既に『他公爵家が動かないのならば、西方へ!』との嘆願書まできているのでな。我等が求めるは強者。かの大英雄『流星』の生まれ変わり、とすら感じさせる者ならば拒む理由はない。我が祖母である『翠風』なぞ、攫いかねん勢いだ」

「レオ!」

「やめろ。我が妻とて、アレンを実の息子同然に愛している。しかも、その母親とも親しいのだ。本気で戦になりかねん。……『血塗れ姫』と『翠風』だぞ?」


 レオ・ルブフェーラ公爵が口を挟み、父とハワード公爵が止めた。

 思わず苦笑してしまう。

 王国三大公爵とその代理が他の重要事項を放り出して、論議する青年。

 アレン、残念だけど君の名は今後、大陸中に轟く一方だと思うな。

 僕は沈黙している獣人族の取り纏め役である、狼族のオウギに尋ねた。


「オウギ殿、貴殿の意見は? これは狼族の一員たる、アレンの問題です」

「……我等からアレンに何かを言うことは出来ません。あいつは、あの歳で、誰もが成し得ないことを成し遂げた。狼族、獣人族という枠には到底収まりきらぬ男です。それこそ――その名の通り『流星』のような」

「では、仮にアレンが貴殿以上――子爵位以上を得ても」

「誰も反対はしませぬよ。むしろ、誇りに思うでしょう」

「……後は、あの人の意思次第、ね。ああ、あと、リディヤや他の子達の」


 王女殿下が呟いた。

 そう、そうなのだ。

 結局のところ、最早この件は、アレンと僕の妹、そして、彼の教え子さん達の手に委ねられてしまっている。

 ――だからこそ


「シェリル王女殿下」

「なにかしら?」


「――提案がございます」


 温めておいた案を口にする。

 部屋にいる全員が考え込む。

 一人、シェリル王女殿下だけが「……へっ? え、ええ?? で、でも、あの、そその…………」頬を紅潮させて、身体を揺らされている。

 ――確かに、アレンは爵位を持つことには躊躇するだろう。

 が、だ。

 彼は基本的に優しく、身内にはとことん甘い。

 そして、此度の戦役で誰も否定出来ない武功を挙げた。

 ならば――見渡し、ニヤリ、と笑い、再度繰り返す。


「特例として、アレンを王女護衛官付きの従者――僕の妹であるリディヤ・リンスター付きとすることを提案致します。彼のことです。今、面倒を見ている教え子達を理由に、難色を示す筈。ですが、授業ならば王宮内で行えばいい。将来的には、彼女達も護衛官となる進路も提示しましょう。商会の件は、映像及び通信宝珠で結んでしまえばいい。彼が王宮にいれば、大概のことに対応出来ますし、有事の際、妹と彼を戦略予備としても運用可能です。狼族出身者で、従者とはいえ王族直属護衛隊所属になった者はいませんし、一族としての誉れとなるのでは?」


 オウギへ視線を向けると、深く頷いた。

 次いで父を見やると、片目を瞑られた。リンスター公爵としては異論無し、と。

 ハワード公とルブフェーラ公は渋々。

 ギルは「……アレン・オルグレン、いいと思うんすけどねぇ」とぶつぶつ。それ、君の願望だろう?

 僕は笑う。


「何よりですね――……こうすると、んですよ。少なくとも、味方の中では。リディヤは文句を言うかもしれませんが、折れます。必ず。無論、シェリル王女殿下が否と言われるのでしたら」

「一先ずその案でいきましょう。そうしましょう――では、次の議題に。ハワード公、帝国との講和案については、先日の御報告通りに?」

「はい。白紙講和としたこと、平に」

「問題ありません。見事でした」


 王女殿下は一見、淡々と賞賛を口にされた。

 表情は「……ふふ。ふふふ♪」見るからに上機嫌。年頃の女の子にしか見えない。

 ギルが見てきた。『いや、ほら、アレン先輩は、天性の年下殺しなんすよ』。

 ……僕は、選択を間違えたかな?


「リンスター公、侯国連合との講和はどうなりましたか?」

「はっ! ……少々、揉めております。何しろ、勝ち過ぎました故に」

「私が必要ならば、何時でも」

「ありがたく」

「オルグレン公」

「――………あ、はい!」

「貴家の処遇は、追って我が父から沙汰があるでしょう。厳しきものを覚悟しておいてください」

「……此度の叛乱、咎は我がオルグレンのみに。父が病に伏している以上、私が全てを」


 ギルが真っすぐに王女殿下を見た。そこにいるのは、オルグレンが果たすべき義務を知りし者。

 この子もまた、アレンの影響を受けた者、か。

 ルブフェーラ公が口を開いた。


「東方の問題はどう対処を? 聖霊騎士団とララノア共和国もまた、此度の一件に関与していたは明白。いっそ、このまま兵を」


「失礼いたします♪ 火急の報せでございます」


 音も、気配もなく、リンスター家がメイド長、アンナが父上の後方に立った。

 耳打ち。

 顔色が変わる。


「父上?」

「我等が思うよりも早く、情勢が動いたようだ。しかし――早過ぎる」 


 父は背筋を伸ばし、告げた。



「ララノア共和国で政変が起こりつつある。王国への秘密介入が一斉に国民間で拡散、現体制批判となって噴出したようだ。我等が動く前に……倒れるやもしれぬ」

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