第24話 思惑

 アトラス、ベイゼルの両侯爵が机を叩いた。


「『剣姫』の相方だと?」

「そんな存在がいる、と風の噂で聞いてはいたが……ここを何処だと思っている! 我等が交渉の仲介を頼むは『剣姫』――殿だ。下僕は下がっていろ!」


「…………下僕ですって?」


『!?!!』


 隣のリディヤが微笑を浮かべ、円卓を睥睨した。

 凄まじい、を通り越す魔力の奔流。

 後方に控える委員達の護衛が一気に緊張の度合いを強め、それぞれの武器に手をかけた。

 唯一、ニケ・ニッティだけは僕へ鋭い眼光を飛ばしている。

 腕の中で幼女があどけない表情を浮かべ僕を見つめ「アレン、アトラもてつだう?」と聞いてきた。

 

 瞬間――全委員、そして護衛達の首筋へ不可視の『雷』の短剣。

 

 気づいているのは僕とリディヤ、そしてアンコさん。一部の護衛者と委員。

 先程、アトラス、ベイゼルの両侯爵を嘲っていたロンドイロ侯とその護衛者である女性魔法士は気づいているようだ。笑いながらも顔を引き攣らせている。

 

 現状、アトラは本来の力を殆ど使えない。

 

 が、『ほんの一部』を使えただけで、一流の剣士、魔法士を圧倒し得る。この子は大魔法『雷狐』なのだ。

 それにしても……何処かの我が儘御嬢様の悪影響を受けたかな? 

 幼女の頭を優しく撫で「ありがとう、大丈夫だよ」腐れ縁を手で制す。


「リディヤ」

「こいつら、斬って燃やした方がいいわ。……あんたのことを『下僕』と呼んでいいのは、世界で私だけ。そんな簡単な原理原則すら理解出来ない阿呆と話すことなんかない。どうせ、講和条件で自分達だけ領土を削られるのが嫌だから、ごねているだけなんでしょう?」

「なっ!」「き、貴様っ!! 我等を愚弄」


「……馬鹿ね」


 何の溜めもなく『火焔鳥』が顕現。

 護衛達は一斉に魔法を紡ごうとし――次々と武器を下ろした。


 リディヤの右腕に舞い降りた死の凶鳥は、四頭八翼。


 極致魔法以下で対抗出来る水準を超えている。相変わらず、習得が早い。

 今、ここで腐れ縁がこれを放てば……半数は死ぬだろう。

 顔面を蒼白にさせ、今にも気絶しそうなアトラス、ベイゼル両侯爵へリディヤが絶対零度の声色で淡々と告げた。


「愚弄、っていうのは、現状を把握している相手を笑う時にするものよ。この後に及んで、自分達の立場を理解していない阿呆以下へ優しくお話をしてあげたら、逆上。で、私達の休暇を無駄にした。とりあえず万回、むぐっ」

「そこまで」


 アトラを浮遊魔法で浮かし、腐れ縁の口を右手で押さえる。

 指を鳴らして『火焔鳥』と『雷』の剣を消す。

 動揺している委員達へ微笑む。


『!?!!!』

「申し訳ない。この子は昔から口が悪くて。話をしてもよろしいでしょうか? ニッティ統領代行殿?」 

「……あ、ああ。構わない。お願いする」


 滝のような汗を流されている統領代行は、震えながらも頷かれた。

 額の汗を拭ったロンドイロ侯が口を開いた。


「なるほど。リンスターはまだ、こんな隠し玉を持っていたのかい。こりゃ、一本取られたねぇ」

「ありがとうございます。貴女様の演技も中々でした」

「……演技、だって?」

「はい。むしろ」


 右側に座っている六名を見る。

 男女が半々。共通しているのは皆、老齢であること。


「――連合南部六侯国の皆様方、と言った方がよろしいでしょうか?」

『!?!!』


 はっきり、動揺が走った。

 浮かんでいたアトラが抱き着いて来た。

 背中を撫でながら、続ける。


「此度の戦役、僕は詳細を知りません。王国の混乱に乗じて、連合が喪われた二侯国を奪還しようとしたことは知っているくらいです。……が、これはおかしい」


 リディヤの肩からアンコさんが跳躍。僕の右肩へ。

 腐れ縁は僕の方へ一歩近づいた。


「南方戦役でリンスターの『紅備え』、その馬鹿馬鹿しい精鋭さと、『緋天』リンジー・リンスター、『血塗れ姫』リサ・リンスターと相対した方々ならば、容易に理解出来る筈です。『本気で二侯国を奪還するならば死力を尽くす必要がある。勝ったとしても……連合の根幹が揺らぐ程の膨大な人的損失は免れまいが』と」


 右側の侯爵達はしきりに汗を拭い、水が入っているグラスをあおっている。

 今度は左側へ座る、侯爵達へ微笑む。ベイゼル、アトラスの両侯爵は三十代前半。

 残りの侯爵達は同年代が二人に、長い髭面の侯爵が一人。


「かつての南方戦役が、連合でどう伝わっているかは寡聞にして知りませんが、南部の方々がこれ程までに気をかけておいでだったのです、国境がより近い北部五侯国でも、それは同じな筈。無論、水都において歴史を知る人達も。ニッティ統領代行殿」

「な、何だろうか」


 円卓を見渡す。

 理解が進んでおらず戸惑っているのはベイゼル、アトラス両侯爵。北部の若い侯爵二人は状況に思い至ったらしく震えている。髭面の侯爵は素知らぬ顔。

 南部の六侯爵や水都の有力者達は、強硬派四名の力を削ぐ為に限定的な戦争を欲していた、というところなのだろう。全面戦争にはしない、という点だけは、リンスターとも結んでおいて。

 いや……下手すると、南部の侯国全てとは密約でもあったのかもしれない。仮に北部五侯国が総動員体制になった場合、南部が水都を……あの家ならそれくらいは平然とやる。怖い怖い。

 けれども……肩を竦める。


「こと、ここに及んでは、譲歩無し、では済まないと思います。何処まで、妥協出来るのかを示していただかなければ、これ以上は何も話せません」

「……それは」

「無論、白紙だ!」「戦役前の現状に復帰するのみ!」


 空気を読まず、ベイゼル、アトラス両侯爵が立ち上がり叫ぶ。室内が白ける。

 統領代行が、後方のニケ・ニッティへ視線をやった。

 眼鏡を光らせ僕を睨み、懐から封筒を取り出した。


「――ピルロ・ピサーニ統領からは万が一の時の為、白紙委任状を預かっている。統領は最悪、死を覚悟し交渉へ出向かれた。つまり、事態はそれ程までに切迫している、ということだ。『リンスターは、交渉が決裂すれば北部併合すらも念頭に置いている』とも昨晩、伝えて来られている。……リンスター側にも強硬派は存在するのですよ? 水都における、貴方様方の動きも先方が態度を硬化させた要因のようです」

『!?!!!!』


 北部の四侯爵達が目を見開き、身体をガタガタと震わせ始めた。

 他の侯爵達は天を仰いでいる。

 ニケ・ニッティが封筒を僕へ投げ渡し、噛みつくかのような口調。


「この戦況では、とてもではないが白紙講和は不可能。統領が提示した講和案でも厳しい。そんなことは分かっている。……貴様ならば、ここからどうする? 『剣姫』リディヤ・リンスターと『光天』シェリル・ウェインライトに、唯一人、匹敵……いや、凌駕した『剣姫の頭脳』アレン・アルヴァーン?」


 この人、僕やリディヤだけじゃなく、シェリルを知っている?

 しかも、アルヴァーン……僕がしたサインからか? いや、可能性が高いのはアリスを見たことがある方か。

 腐れ縁を見やる。どうしようか?

 ……あ、駄目だ。

 リディヤは僕を見てとても嬉しそうに笑っている。こいつ、話を聞かず見てただけだな。頭を掻く。僕がお渡しした初期講和案でまとまらない、か。

 アトラを抱え直し、アンコさんを見る。使い魔様は大欠伸。退屈されたようだ。

 円卓を見渡し、最後にニケ・ニッティと視線を合わす。


「この場での……即答は出来かねます。一晩、時間をください」


※※※


 忌々しい『剣姫の頭脳』達が部屋を出ると、侯爵達と護衛達は一斉に大きな息を吐いた。北部の四侯爵達は顔を土気色にしている。当然だ。新たな講和案がどうなるか分からないが、少なくとも最も大きな打撃を被るのは四侯国となるだろう。

 父上が、疲れ切った様子で私へ話しかけられた。


「……ニケよ、煙草をくれぬか?」

「はい」


 懐から煙草を取り出そうとし、数本を落とす。

 ……指が震えている。

 自分を叱咤しようとし、止める。

 相手は、紛れもなく怪物中の怪物達。

 人の身で相対すれば、こうなるのも必然。

 だが、少なくとも……父上へ煙草を渡し、火をつける。

 私も一本、咥え、紫煙を吸い込む。


「――……これで、舞台の外にい続けることは出来まい。どのような結果になろうとも、『剣姫』の影へと隠れることなどさせぬっ。愚者には愚者のやり方があることを、見せてくれる」

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