第30話 フォス商会へ

 ステラを抱きかかえながら、王都の建物の間を駆ける。

 アトラとリアは「「♪♪♪」」楽しそうにはしゃぎながら、飛翔魔法で飛行中。妖精みたいでとても愛らしい。大学校の後輩のあの子にも、こういう可愛げがあればなぁ……。

 そんなことを思いながら、王都中央部にある大広間へ着地。

 腕の中のステラをゆっくりと降ろす。


「お疲れ様でした。大丈夫でしたか?」

「…………はい」


 俯き、少し恥ずかしそうにしながらも、公女殿下は頷いてくれた。

 僕は口を開こうとし――アトラとリアが幼獣姿で、頭上から落下してきた。


「おっと。おやおや」

「「…………♪」」


 二人は、すやすや、とおねむ中。

 どうやら、はしゃぎ過ぎて魔力切れになってしまったようだ。

 僕はステラと顔を見合わせ、笑い合う。


「フォス商会を尋ねる前に少し寄り道していきましょうか? この子達を入れる、鞄か袋が欲しいです。それに手土産くらいは持って行かないと……眼鏡の番頭さんが怒るでしょうから」

「フェリシアは、アレンさんが自分を気にかけてくださるだけできっと嬉しいと思います。だって……」


 ステラが近づいて来て、そっと僕の左腕に抱き着いた。


「私がそうですから。……男の人にお姫様抱っこされたの、初めてだったんですよ? アレン様はたくさんの女の子にされていると思いますけど」

「誤解がありますね。……僕もそこまで女の子をそうしたことはないですよ。精々」


 記憶を呼び覚ます。

 紅髪の腐れ縁に可愛い妹。王立学校時代にまっくろ王女様の罠に嵌って。

 あとは…………顔を顰める。

 あれは違う。断じて違う。事故だ、事故。

 いきなり、建物の上から『アレンさ~ん、う~け~と~め~て~く~だ~さ~い~』と跳んできたら、誰だってああなる。

 ステラが少しだけ不満そうに頬を膨らませ、前髪で不満を表明。


「……皆さん、ズルいです。本当は私がアレン様に初めてそうされたかったです」

「今日のステラは少しだけ、我が儘御嬢様ですね?」

「……はい。だって、アレン様と二人きり、ですから。ダメ、ですか?」


 公女殿下は、おずおず、と上目遣いで尋ねてきた。

 僕は微笑み、首を振る。

 浮遊魔法でアトラとリアを浮かす。


「まさか。南都でも言いましたけど、今回の騒乱では貴女にも随分と御迷惑をおかけしました。偶には我が儘を言ってください。普段のステラも凛々しくて素敵ですが、我が儘御嬢様のステラも可愛いですしね」

「う~……アレン様ぁ」


 ぽかぽか、とステラが僕の腕を叩く。

 頭を、ぽん、と優しく叩き促す。


「さ、ぶらぶらしながら、行きましょうか。まずは、甘い物でも食べますか?」


※※※


 フェリシアの実家であるフォス商会は、王都東部の商業地区に店を構えている。

 眼鏡な番頭さんは『アレン商会』の仕事をする為、王立学校を辞めた際、エルンスト・フォス会頭から勘当されてしまい、それ以来、実家には帰っていなかった。

 なので――


「もしかしたら、会頭と揉めているのかもしれませんね……。何度か僕が話をしに行こうとしたんですが、都度、フェリシアに止められてしまって、結局、一度も行けてなかったんですよ。あれで、あの子も頑固ですし……」

「でも、フェリシアのそういう所を気に入られたんですよね? ……時々、羨ましいなって、思ってしまいます。私にも商才があれば、アレン様と御仕事出来たのに、って」

「ステラがフェリシアみたいに、ですか?」


 僕は、途中で入手した頑丈で大きな布袋を片手で提げ、東部の大通りを歩きながら想像する。

 眼鏡をかけ、僕へ『アレン様、此方の資料の数字ですが』と淡々と説明するステラ・ハワード公女殿下。ちょっとだけ秘書風。

 ……案外と似合っているかも?

 いやでも、その隣でフェリシアが『……アレンさ~ん? 私の時と反応が違うんですけどぉぉ?』と凄むのも容易に想像出来る。怖い怖い。

 布袋の中から、まだ幼獣姿のアトラとリアが顔を出し、きょろきょろ。僕を見て、寝ぼけてはしゃぐ。

 小さな頭を撫でながら――先程、途中の店で買った真新しい布帽子とワンピース姿のステラへ返答する。


「……ステラはそのままで良いですよ。あ、もし、会頭になりたいのなら」

「私は貴方の――アレン様の隣にいたいだけです。そして、今日みたいに、アレン様に服を選んでもらったり、一緒にお菓子を食べたりしたいんです、その為なら、リディヤ様にだって、カレンにだって、ティナやエリーにも、私は負けません!」

「…………」


 真っすぐな想いをぶつけてくる聖女様。魔力が漏れ、白い雪華が舞う。 

 僕は頬を掻く。


「……あんまり危ないことはしないでくださいね? リディヤは以前よりも更に強くなっています。カレンも同様です」

「大丈夫です。ぜ~ったいに負けませんから。――帽子と服、ありがとうございました。宝物にします♪」


 ステラ・ハワード公女殿下が美しく微笑まれる。

 ……女の子の成長は本当に早いなぁ。

 僕を含め、男はダメダメだ。

 ギルが、コノハさんに散々小言を言われるのが理解出来てしまう。

 けれども、押されっ放しは趣味じゃないので反撃しておく。


「そうですね……次回はステラに僕の服を選んでもらいましょう。勿論ですが――執事服は着ません! 絶対に着ません!! 貴女がメイド服を着てくれるなら話は別ですが……」

「! ア、アレン様。そ、それは、あの、その……う~、意地悪です……」


 ぽかぽか、とステラが腕を叩いてくる。

 辛うじて一矢は報いたか……。諸刃だけれど。

 視界の中に、やや古い建物が見えてきた。フォス商会だ。

 未だ混乱の残る王都だけれど、ここまでの通りにあった多くの商店は既に営業を再開していた。

 けれど……


「おかしいですね。人の出入りがない……?」

「アレン様。まずは」


 ステラが僕の左腕を取り、促してくる。

 僕は頷き、歩を進める。

 

 ――フェリシア、暴れてないといいけれど。

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