第55話 真打ち 下

 ティナの啖呵を聞いた姉様が苛立たしそうに顔を歪め、左右の剣を次々と振り、告げられました。


「……わたしのじゃまをするなら……」


 八羽の『火炎鳥』が次々と顕現、私達を威圧してきます。

 ……でも。

 姉様が叫ばれました。


「ようしゃしないっ!!!!!!」

「はいはい。泣き虫リディヤさんの脅しなんか」「あまり、怖くはないですね」

「!?」


 突如、姉様を囲むように、無数の氷弾が出現。ティナとステラ様の『氷神弾』! 機先を制し一切の容赦なく、数千、数万の氷弾が姉様へ襲いかかります。

 姉様は黒翼で迎撃、回避しつつ、ティナとステラ様へ憤怒の視線を叩きつけてきました。

 ……普段なら、この時点で戦意喪失しています。

 無条件降伏後、私達が共有している家庭教師中の兄様を隠し撮った全映像宝珠を提出。更に継続しての映像搾取……あ、なんか、私もイラッとしてきました。


「…………なまいき」 

「えっと、えっと……ごめんなさいっ!」「隙だらけもいいとこですっ!」

「!!!!」


 氷弾に意識を取られていた姉様へ、エリーの風属性上級魔法『嵐帝竜巻らんていたつまき』が上空から降臨。

 その中には、戦斧『深紫』を持ったカレンさん。既に雷を纏われています。

 動きが鈍い『火焔鳥』の群れを突破し、姉様に戦斧を振り下ろしました。姉様は左の片手剣で迎撃。

 舞い散る、黒血の炎羽と紫電。

   

「っ」「ああああああああ!!!!!!」


 姉様をカレンさんが押し込んでいきます。これも、初めて見る光景です。

 右手の『真朱』が動く前に、氷弾が殺到。氷の蔦となり動きを封じます。

 姉様の表情に驚きが浮かびました。

 リンスターの炎剣『真朱』は本来、あの程度で封じられるような代物じゃありません。なのに、ティナとステラ様の氷魔法で動きを止められた。


 ――今の姉様は、明らかに何時もより数段『弱い』!


 よく観察してみれば、魔力こそ凄まじいですが、構築そのものは雑。

 兄様と並び、精緻の極致である、姉様の魔法式とは思えません。

 剣術もそうです。

 『剣姫』リディヤ・リンスターの剣術は、こんなものじゃないんです! だから……だから、私は今の姉様を否定しますっ!!

 片手剣を腰から抜き放ち、一閃。

 『火焔鳥』を殴りこませます。  

 

「姉様! 目を覚ましてくださいっ!!!!!」

「!?」


 迎撃してきた黒翼を『火焔鳥』は食い破り――遂に


「頭を、冷やせっ!!!!」

「っぐっ!」

 

 カレンさんが姉様を押し切り、水面へと叩き落としました。

 高い水しぶきが上がり、沈んでいかれます。

 ……これで、起きてくれたらいいんですが。

 カレンさんが着地。雷は纏われたままです。

 ティナ達も未だ警戒感を解かず、現在使える自身の最強魔法を紡いでいます。

 少女の淡々とした批評が聞こえてきました。


「ん。悪くはない。でも」


 水面が切り裂かれ、姉様が浮上されてきました。

 八翼を揺らめかせ、私達の前へ。

 苛々した様子で、叫ばれます。


「どうして? どうして、わたしのじゃまをするのっ! わたしはあいつをみつけないといけないのっ!! その邪魔を、っ!」

「……バカなんですか、貴女は?」「今のリディヤさんを見たら」「アレン先生が悲しまれますっ!」


 カレンさん、ステラ様、エリーが姉様との距離を一気に殺し、接近戦へ移行。

 少しずつ……けれど、確実に押していきます。

 あの姉様をです。

 ティナが後ろ髪につけている純白のリボンを取り、長杖へ結びました。高く掲げながら、私へ叫びます。


「リィネ!」

「分かってますっ! 貴女は魔法に集中してくださいっ!!」


 剣を両手で構え魔法を全力で紡ぎます。

 普段より弱い、と言っても、相手は『剣姫』リディヤ・リンスター。

 本来、私達五人がかりでも、どうこう出来るような相手じゃありません。

 ティナの魔法の準備が整うまで、時間を稼がないと。


 ――姉様は、兄様が行方不明になられて以降、殆ど食事も摂られませんでした。 

 最初の数日こそ気丈に振る舞われていましたが……毎晩、御部屋からは押し殺した泣き声が漏れていました。

 けれど……兄様からの伝言が届いた後、姉様は一度も泣かれていません。泣かれていないんです。

 だから、きっと、もう姉様の心は――ステラ様とエリーが弾き飛ばされます。


「くっ!」「きゃっ!」


 カレンさんは姉様とほぼ互角! に渡り合われていましたが、二人がいなくなったことで双剣の圧迫が増加。

 黒翼が槍の雨となり、カレンさんへ降り注ぎます。

 『深紫』で一気に薙ぎ払いますが、同時に振るわれた双剣を躱したことで――私とティナまでの空間が、ぽっかり、と開きました。

 姉様はティナへ向かって突進。


「リィネ!」「ティナ!」


 名前を呼びあい、私も姉様へ突撃。

 ――『真朱』と片手剣の一撃を、真正面から受けとめます。

 違う! 違うっ!! 違うっ!!!

 『剣姫』の一撃はこんな軽くありませんっ!!!!


「姉様っ!!!!」 

「…………」


 瞳に浮かぶのは虚無ではなく、強い苛立ち。


『どうして、私は、この子達を圧倒出来ない?』

  

 当たり前ですっ!

 『剣姫』の隣には、いつも、いつも『剣姫の頭脳』が――兄様がいました。

 でも、今はいません。

 姉様は、悲しみと、焦りと……恐怖に捕らわれているんです。

 そんな、そんな


「弱虫『剣姫』には負けません! 私は、私達は兄様の教え子なんですからっ!!」

「!」


 構築しておいた『火焔鳥』を零距離発動!

 姉様を吹き飛ばし、私はティナの名前を呼びました。


「ティナ!!!!!」

「いい加減にっ、目をっ、覚ませぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!」


 主席様の背に、氷の双翼。キラキラと氷華が舞い踊ります。

 長杖が勢いよく振りおろされました。

 ――雪風と共に、過去最大級の『氷雪狼』が顕現。


 大咆哮し突撃開始。

 体勢を崩されていた姉様は、それでも『真朱』を振るおうとし


「っ!」

「終わりです」


 カレンさんが投擲した『深紫』で弾かれました。

 ――氷嵐が吹き荒れ、視界が白に閉ざされていきます。

 この魔力の感じ。水面まで凍結しているようです。

 ステラ様、エリー、カレンさんが次々と私達の傍へ。

 エリーの風魔法によって、少しずつ視界が回復していきます。

 私は振り返り、主席様を見ました。


「…………ティナ、やり過ぎです」

「し、仕方ないじゃないですか! あ、相手は、リディヤさんなんですよ? 手加減なんか出来ませんっ!! リィネだって、零距離『火焔鳥』なんてっ!」 

「あ、あれは……姉様相手ですから」

「私と同じ理由じゃないですかっ!」

「「っ!」」


 主席様と睨み合います。 

 ――姉様が見えてきました。

 黒翼と『真朱』が消え、地面に倒れられています。

 …………勝った?

 少し呆然としていると、ゆっくりと立ち上がられました。

 漆黒のドレスは汚れ、胸元が大きく裂けています。


「…………」 


 無言で泥をはたかれ――次の瞬間、私は首元を軽く触られました。

 慌てて、首元を抑えます。他の四人も同じです。

 ……え?

 直後、この世のものとは思えない斬撃音。深紅の炎羽が舞います。


「……起きた? 紅い弱虫毛虫?」

「……ちっ! 死ねばいいのにっ」


 私達に反応すらさせず姉様は通り過ぎ、『勇者』アリス・アルヴァーンに一撃を喰らわしていました。

 

 ――少女は、鞘から半ばを抜き、鈍い光を放っています。

 

 距離を取り、お互い納剣。

 姉様は、私達へ傲然と言い放ちました。


「あんた達、まだまだね。……小っちゃいの、誰が誰の『隣』ですって? 万年早いわ」

「! なっ!? なぁぁ!?!! そ、それが、さっきまで『……アレン、いないとぉ』って泣いてた人の言う台詞ですかっ!! このことは先生に――!」


 ティナと姉様が、突然、同じ方向へ鋭い視線を向けられました。

 更に、後方から大勢の声。

 おそらく……叛徒達の残党です。

 姉様が、深紅の四翼を広げ、ティナも蒼の双翼を形成。


「カレン、ステラ、エリー、リィネ、ここは任せるわ! 小っちゃいのっ!」

「分かってますっ! 私達は先生をっ!!」

 

 返答も待たず、姉様とティナが飛翔していきます。

 方向は――北東! 対岸はララノア共和国領の筈です。

 カレンさんが呆れた表情をされ、少女へ尋ねました。


「……まったくっ、あの人はっ! 貴女はどうされるんですか?」

「ん。コップの中の出来事に興味はない。勝手にやって。私は散歩を続ける」

「散歩?」 

「そう」


 少女は、私とカレンさんへ手を振り、ステラ様には複雑そうな表情。最後にエリーを睨みつけてから、歩き出しました。


、私は約束した。全てが終わったら、残った子達を守るって。約束は守る。それが死者との約束なら猶更。私はアリス・アルヴァーン。約束を守る者。……あの人に会えないのは、とても残念だけど」 

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