第36話 決断

「納得出来ませんっ! 再考を強く、強く、強くっ、求めますっ!!」


 早朝の天幕内にティナの声が轟いた。

 前髪は立ち上がり、僕に対しての強い憤りを示している。ティナの隣に座っているエリーも、珍しく不満気だ。フェリシアは瞳に理解の色を見せつつも、納得はしていない。


「……ティナ、落ち着いてください」

「落ち着いてなんかいられませんっ! アーサーさんに先生が手をお貸しするのは理解出来ます。聖霊教を野放しには出来ません。でも……どうして、私達が此処に残留なんですかっ!!!!!」


 昨晩、アーサーの歴史語りが終わった後、僕が出した結論は――


『魔工都市に向かうのは、僕とギルとゾイ。ティナ達は陣に待機し後方支援』


 だったのだ。

 天地党の実戦部隊や聖霊教異端審問官だけならいざ知らず、吸血鬼化したアーティとイゾルデ、更には自称『賢者』との交戦が想定されるとなれば……この子達を連れて行くわけにはいかない。

 ギルとゾイには既に伝えていて、二人はアーサーと進軍の準備中だ。

 左肩にアンコさんを乗せている長い紅髪のメイドさんがカップに紅茶を注ぎながら口を挟んできた。


「ティナ御嬢様、エリー御嬢様、私達は『切り札』枠なんですよ~」

「「……切り札?」」

「はい、そうです~♪」


 僕達に紅茶を配りながら、リリーさんが説明してくれる。

 フェリシアの視線は僕から外れない。


「先陣が、アレンさん、ギルさん、ゾイさん。でも、相手の戦力は未知ですよね? なので、私達は待機して、いざという時にアンコさんの魔法で魔工都市へ飛ばしてもらうんです☆ そうすれば、相手への奇襲効果も与えられます~♪」

「「…………」」「アレンさん、私はどうすればいいですか?」


 ティナとエリーが考え込み、フェリシアが真剣な表情で聞いてきた。

 この子は僕の意図――『危機が迫ったらのなら、即時に王国への撤退』を理解している。

 微かに頷き、指を立てて説明。


「光翼党側には戦える将兵はいても、兵站を見れる人がまるで足りていません。アーサーも『フェリシア・フォス嬢とティナ・ハワード公女殿下、エリー・ウォーカー嬢の手助けは大変助けになっているっ!』と言っていました。適材適所です」

「……先生」「……アレン先生」

「分かりました」

「! フェリシアさんっ!」「あぅあぅ、フェリシア御嬢様……」


 眼鏡を外し、アレン商会番頭が立ち上がった。

 僕に詰め寄り、手を伸ばし胸元を摘まんでくる。

 瞳には――涙。


「……分かりました。貴方が残れ、と言うのなら残ります。私は戦場じゃ足手纏いですから。でも……でもっ! 危ない、と思ったら、すぐに逃げて来てください。……父が聖霊教に積極的に関与しているとは思いません。ですが、利用されている可能性は否定出来ません。もしも、そのことを危惧されているのなら」

「フェリシア」

「あ……」


 僕は少女の頬を伝う涙を指で拭った。

 額に指を置き、軽く押し微笑む。


「僕もそう思います。エルンストさんは、悪人には程遠い。おそらく……利用されているだけなのでしょう。大丈夫です。心配してくれてありがとうございます。ティナ達をよろしく」

「アレンさん…………!」


 フェリシアが胸に飛び込んで来たので受け止め、優しく背中を撫でる。天幕内に少女の啜り泣きが響いた。

 ――手を叩く音。

 リリーさんが人差し指を立てた。


「と・に・か・く、です! 私達は私達の出来ることをしましょう。アレンさんは嘘吐きじゃないので、、危なくなったら呼んでくださいます★」

「「…………はい」」

「うふふ~♪ 素直な御嬢様方は大好きです~☆」


 一瞬、年上メイドさんと視線が交錯した。

 ……後半部分は僕に対しての警告か。『嘘をついたら、分かっていますね?』という。リンスターの女性って。

 天幕の外から溌剌とした声がした。


「アレンっ! 入っても大丈夫かっ!!」

「……アーサー、そんなに叫ばなくても大丈夫ですよ。どうぞ」

「うむっ!」


 入口から、純白の軍装とマントを身に着けた『七天』アーサー・ロートリンゲンが入って来て、フェリシアを抱き締めている僕へニヤリ。


「すまんっ! 取り込み中だったかっ! モテる男は辛いな、アレン? はっはっはっ! 昨晩の天候は怪しかったが、絶好の攻略日和だっ!! 敵も、我がのことは気づいていよう。奇襲は望めぬな」

「……貴方やリドリーさんにとっては好ましいかもしれませんが、戦術論からすると、余り好ましくはありません」 


 眼鏡少女をリリーさんに託し、返答する。

 『七天』『剣聖』を擁するとはいえ、此方の方が兵数は少ない筈。本来なら、奇襲が望ましいけれど……。


「確かにな。……が! 敵の手持ち戦力がはっきりと見えぬ以上、小細工をしたところで、思わぬ奇襲を受けかねん。その点、正面戦闘ならば――話は単純だ」


 アーサーが双剣の鞘を叩き、晴れやかな笑み。

 自信に満ち溢れた言葉を発する。


「立ちはだかる相手、全てを私が斬り伏せればそれで済む! うむっ! 分かり易くて良いなっ!!」

「…………貴方には負けますよ」


 今は亡き僕の親友、ゼルベルト・レニエも同じようなことを言っていたっけ。

 立てかけておいた杖を手に取る。


「でもまぁ、一理あります」

「だろう? ――……すまん。今の私はお前に報いることが出来ぬ。だが、此度の戦いが終わった後、必ず報いよう」

「そうですね。是非、昨晩の話の続きをお願いします」


 頭を下げてきたララノアの英雄様へ、返す。

 古い歴史の話は殆どの文献から喪われてしまっているし、アーサーから聞かなければ……詳細を知る術はないだろう。

 アーサーが顔をあげ、笑み。


「――無論だっ! 次は、酒を酌み交わしながらな。ティナ嬢、エリー嬢、フェリシア嬢、リリー嬢、すまぬが、一時的に『剣姫の頭脳』狼族のアレンを借り受ける。必ず、何があろうとも返す故、安心してもらいたい。家祖の名を継し、我が名――アーサー・ロートリンゲンに懸けて誓おう!」

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