第31話 魔女戦争
「つまり――『竜』とは、神を代替するものと?」
「うむ。が」
アーサーは手に持つ小石を目の前の河に軽く放り投げた。
水柱が上がるか、と一瞬思ったものの、ポチャン、という音が聞こえただけ。
流石は英雄。力の入れ具合を心得ている。
「…………それだけでは補いきれなかった。世界とは、人が想像しているよる遥かに広く、そして深い。対して、如何な『七竜』と言えど、全てを元通りにするのは不可能だったのだ。暫くして――異変が生じた」
「異変、ですか?」
美男子は身を翻して焚火の近くに戻り、自分の簡易椅子に腰かけた。
両手を組み、僕へ深々と頷く。
「そうだ。予め言っておくが、今まで話した内容も、今より話す内容も、証明するのは極めて困難だ。ユースティン帝国南方、シキの地の何処かにロートリンゲンの書庫がある、と亡父からは聞いたが……今となっては場所は分からぬし、最早植物に飲み込まれていよう。それを前提として聞いてくれ」
※※※
最後の神が去ってから、人は平和を謳歌していた。
それまで、人を脅かしていた【龍】は姿を消し、強大な魔獣達もその活動を止めたからだ。
……期間がどれ程だったのかは分からん。
数十年なのか、百年単位なのか。何時かお前が、魔王に会えたら聞いてみてくれ。
とにかく、だ。
人は――神と世界樹を喪っても変わらなかった。
いや、むしろ増長し、我が物顔で大地を闊歩し始めた。
我が祖先が築き上げたロートリンゲン帝国は多くの国々を併呑し――大陸全土をほぼ統一。今の時代に、我等が外国へ出向いても意思疎通に苦労しないのはその数少ない名残りだ。この時期に、大陸を覆っていた巨大組織を解体させたらしい。
人類史上初めて世界統一を目前にしたロートリンゲンは、極東の『侍』が治まる帝国と南方大陸を統一した帝国。この二帝国相手に世界を覇を競い争いをしていた、と伝わる。
……既に足下が崩れかけていたことにも気づかぬままな。
最初の異変は、ロートリンゲンの帝都が『悪魔』に襲われたことから始まった。
――ああ、そうだ。
この者こそが、我等の時代にも存在している歴史上初めての『悪魔』だったと、古書には記されていた。
それ以前の【悪魔】は……今の『悪魔』とは異なる存在だったそうだ。【龍】と『竜』が異なるように、な。
話を続けるぞ。
帝都を襲った『悪魔』は、時の英雄や勇士を薙ぎ払い、皇帝へ肉薄。
こう、告げたと言う。
『愚かなロートリンゲンの血を継ぐ者よ。お前達は何度約束を破れば気が済むのだ? 世界樹を喪い、神が去ったこの世界に起きている異変にどうして耳を傾けなかった? ――理解しているのか? 優しき『彼』はもういない。もういないのだ。そして、彼との約定を忘れたお前達には……大禍が降りかかるだろう』
そして、『悪魔』は去った。正体は誰にも分からぬ。
我が先祖の遺した日誌によれば『心優しき御方』とだけ、書かれていたな。
だが、この予言後――人々の多くが訴え出した。
『今まで使えた力が、弱くなったり、突然使えなくなった』
大混乱が生じたようだ。
我等の身で考えれば、魔法を突然使えなくなるようなものだったからな。
おそらく――これだけならば対処出来たろう。それ程までに、ロートリンゲンの力は強大だった。
しかし、だ。
当時、ロートリンゲンを除く二帝国は、ある存在に戦いを挑もうとしていた。
そう……その相手こそ、【最後の魔女】と呼ばれる存在達。
人より生まれ、人を超越し、その役割を滅びつつあった種族にな。
彼の一族が、人の世界に牙を剥いたわけではなかった。
ただ、『その力が恐ろしかった』から、時の二皇帝は滅ぼそうとしていたのだ。
――今の世には殆ど遺っていないが、これを【魔女戦争】と呼ぶ。
二帝国の動きに対し、ロートリンゲン内にいた【魔女】の一人で、エーテルハートに列なる者は、戦前にこう忠告したそうだ。
『後始末の準備と西へ使者を送ることを忠告する。……どうせ、しないと思うけど』
『彼』に選ばれた八大公の一人だった彼女には、この戦争がどういう結末を辿るのか、分かっていたのだろうな。
しかし、人は愚かだった。
※※※
そこまで話して、アーサーは一旦沈黙した。
僕は今聞いた内容を自分の中で咀嚼する。
・神無き後の世界を支えるべく『七竜』が生み出された。
・結果、人族は繁栄を謳歌。次第に増長。
・世界各地で異変。使える力が弱まったり、使えなくなる。
・最初の『悪魔』が出現し、預言を告げ――【魔女戦争】と呼ばれる大乱の開始。
――なるほど。
僕は紅茶を一口飲む。
「つまり――ウェインライト王家が保持している大魔法『光盾』や、聖霊教異端審問官達に埋め込まれている『蘇生』は、かつて使えた力を模したモノなんですね?」
「……理解が早くて助かる。うむ。概ね間違っていない。時代的には、あれら大魔法が開発されたのはもっと後だがな」
道理で強力なわけだ。
今までの話からして……人々から喪われた力は、神と世界樹という存在があって成り立つものだったんだろう。
『彼』は異変を見通し、『七竜』を生み出した。
けれど――それは、あくまでも『世界樹』の成長を見守る存在として。
神の力の残滓がなくなるのは自明だった、というわけか。
アーサーも一口、紅茶を飲んだ。
「続けるぞ……この時期の日誌や古書には、我が祖先の悔恨ばかりが綴られている。来る日も、来る日も、来る日もだっ!」
「【魔女】に手を出した二帝国は」
結果を理解しつつも、僕は敢えて尋ねた。
冷たい夜風が炎を揺らす。
「――……滅んだ。今や、大陸、島々、国名、繁栄を極めた都市の欠片さえも遺っていない。極々稀に使用されていた武具が発見されるくらいだ。南方島嶼諸国の人々は、戦乱を避けて移住した南方大陸の末裔だとも聞くが……定かではない。大乱終結後、気候も大きく変動しと伝聞されている。ああ、言っていなかったな。それを為したのは、たった数名。たった数名の【魔女】だったそうだ」
「っ!」
英雄は淡々と事実を口にした。
河のせせらぎの音がやけに大きく聞こえる。出鱈目に過ぎる。
『私の方が強いけどね♪』
リナリアの幻聴が聞こえた。ええ、貴女ならそうでしょうよ。
首を振り、声を振り払う。
「それで? 『西』はどうなったんですか?」
「…………ロートリンゲンは数多くの過ちを犯したが、【魔女戦争】の魔王への対応はその最たるものの一つだった」
アーサーが新しい紅茶をカップへ注いだ。
手で合図をされたので、僕のも差し出す。
紅茶の香りが、辺りに漂う。
「当時の皇帝は忠告を無視し、魔王へ使者を送らず、逆に送られてきた使者を追い返した。『蛮族と交渉の余地無し』。……なぁ、アレン。人はどうして、約束や言葉を忘れてしまうのだろうな? 我が一族は『彼』から教えてもらっていた筈なのだ。魔王は敵ではなく、世界で最も話が通じる相手だと」
「……僕も時々考えます」
「そうか……ああ、すまん、このような話を一族以外の者に伝えるのは初めてでな。許してくれ」
マグカップを少しだけ上げ、アーサーは頭を振った。
月光を金髪が反射する。
それに相反して、英雄の顔に憂いが浮かんだ。
「時の皇帝がそういう態度を取るならば、自ずと将や末端の兵士達もそうなる。……結果は悪夢だった。あろうことか――最前線の総司令官自らが、前線に姿を見せた魔王本人に向かって、言ってはならぬ言葉を吐いたのだ。『魔女達を片付けたら、次は貴様達の番だ。首を洗って待っていろ』と、な」
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