第15話 馬車内にて

「兄様、今日のお召し物とてもお似合いです」


 豪華な馬車内で、目の前に座るリィネが微笑みかけてきた。

 ――気配りが身に染みる。

 執事服なんて身慣れているだろうに。

 リディヤと血が繋がっているとは思えない。常に礼儀正しくとても良い子なのだ。

 何故か、ティナとエリーが睨んでいるけど……。

 あの後、誰が僕と乗るかで多少揉めたものの、リサさんの一声。

 結果、三人と僕は一緒となった。

 そんなリサさんとアンナさんは前方を走っている馬車に乗っている。

 

 ――おそらく密談中。

 

 そうでなければ、リサさんが僕をからかう機会を逃す筈もなく、アンナさんが撮影を放棄することもないだろう。嫌な予感……気を付けよう、ほんと。


「ありがとうございます――今日はお嬢様方の執事ですので『アレン』とお呼び下さい。リィネお嬢様」

「はぅ――」

「む……」

「あのあの……私もそう思います! アレン先生」

「ありがとうございます――エリーお嬢様も。呼び捨てになさって下さいね」

「は、はひっ!」


 リィネとエリーが顔が赤らめ下を向き、もじもじしている。

 その横でティナは膨れ面。

 ――変なこと言ったかな?


「……先――アレンは、リィネさんとエリーから褒められてとっても嬉しそうですね」

「それは当然ですよ。中々、褒められる事は少ないですから」

「……なら、なら――私が褒めても嬉しいですか?」

「それは勿論」

「そ、そうですか――え、えっと、あの、その――とっても似合」

「アレン、王立学校に入学する上で、気を付けることを教えて下さい」


 突然、リィネが会話に割り込んできた。

 その隣に座っているティナは唖然としていたが、すぐに彼女へ視線をやる。

 笑顔を浮かべたままなのがちょっと怖い。

 この二人、仲が余りよくないのだ。入学試験で何かあったみたいなのだけれど、教えてくれない。

 ならば、とエリーに尋ねても、引き攣った笑みを浮かべたきり沈黙していた。

 ――今度、機会があったら学園長に聞いておこう。


「そうですね。お嬢様方なら何も心配はないと思いますが……強いて言えば驕らないことでしょうか」

「驕らない……ですか」

「はい。お嬢様方はとてもとても優秀です。同年代の中では最上位でしょう」


 そうなのだ。この三人、信じられない位に優秀である。

 ティナが今回の入学試験首席。

 筆記は間違いなく最高点。何しろ、試験の答え合わせで間違いを見つけられなかったのだから。

 リィネは次席。

 だが、その差は僕が見る限りほとんどない。実技はおそらく彼女がトップ。リディヤが大分鍛えたみたいで、想像以上に向上していた。

 ……多分、僕への意趣返しも兼ねていたのだろう。あいつならそれ位はやる。

 エリーは上位。

 しかし、筆記試験で多少劣っただけで、魔法の細かい制御では二人よりも現時点で上回り、使える魔法も多い。


「力を持った人は、どうしても自分を過信してしまいます。『自分は凄いんだ』と。勿論、それは悪いことじゃありません。自信を持たれるのは必要です。けれど――」

「他者に対して過剰な優位性を持ちがちにもなる、ということでしょうか?」

「正解です。これは私見ですが――才能がある人間はその分、他者への優しさや暖かさを忘れないでいてほしいと思っています。流石はリィネお嬢様ですね」


 手を伸ばし優しく頭を撫でる。

 照れくさそうに顔をほころばせて――冷気。


「……アレンはリィネさんを随分評価されているんですね」

「あら――妬いてるのかしら? 首席ともあろう人が随分と余裕がないご様子ね」

「……喧嘩なら買いますよ?」

「望むところです――と言いたいですが、今日は止めときます。アレンに嫌われたくないですし。貴女は別に嫌われても構わないのでしょう?」

「な、なぁ! そ、そんなことある訳がっ! 先生は私にとって――」


 頭をぽんぽんする。瞬間、冷気が消失。

 そして、恥ずかしそうに俯く。


「……すいませんでした……」

「いいんですよ。リィネお嬢様も、あまりからかわれないように。そういうところまでリディヤに似ないで下さいね?」

「はい、ごめんなさい。少しふざけ過ぎました」

「それから――エリー御嬢様もです。魔力操作がお上手でも隠れて魔法を展開しようと準備なさらないで下さい」

「は、はい! ご、ごめんなさい……」


 実のところ――この三人で一番実戦向きなのはエリーだと僕は思っている。

 ティナとリィネは、既に極致魔法を使いこなしているものの、まだまだ制御は甘い。歳を考えればそれは当然で、これから磨いていけばいいことだ。

 けれど――エリーは違う。

 彼女はまだ極致魔法を使えないが、上級魔法までの制御技術において二人を上回っている。

 特にその静謐性たるや! 

 驚きの水準と言っていい。下手すると現時点でリディヤ並かも。

 ――まぁ、今はそんなことよりもちょっと涙目になっている彼女をどうにかしよう。

 そっと頬に触れる。びくっ、とした反応。


「ダメですよ。泣いたら折角の可愛い顔が台無しです」

「か、可愛い……」

「はい。エリーお嬢様はとても可愛らしいお方ですから」

「あ、ありがとうございましゅ……」 


 ――うん、今度は冷気と熱気を感じるな。

 リディヤとカレンで多少馴らされているとはいえ、やっぱり女の子は難しい。


「勿論――ティナお嬢様とリィネお嬢様もとても可愛らしいですよ」

「「!」」

「さぁ――そろそろ到着します。御準備をなさって下さい」


 揃って顔を赤らめている三人に微笑みかける。

 いよいよ、王立学校の入学式だ!

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