公女SS『アレン・ハワードはちょっと意地悪 上』

※ステラが、ワルターに頼まれ事をされるSSです。

※実のところ、アレン関連は裏で大人達が暗闘を繰り返しています。現状だとリンスター優位ですが、あそこは本家と分家のやり取りもあるので……。

※基本的にアレンは頼まれ事を断りません。無理難題でも、請けてくれます。


※※※※


「――え? 私に服のモデルを、ですか?? 御父様」

「……うむ」


 目の前に座る薄く蒼みがかった白銀髪の男性――私の父であり、王国北方を守護するハワード公爵家現当主ワルターは両手を組みながら重々しく頷いた。ただならぬ様子だ。魔力灯に照らされ、後方の窓に制服制帽姿の私が映り込む。 

 王都へ来た時と違い、父に対してわだかまりはないものの……こうして、学校後に執務室に呼び出されてしまうと、少しだけ緊張してしまう。

 王立学校で呼び出しを受けたのだし、妹のティナや、ティナの専属メイドで、私にとってはもう一人の妹同然なエリー・ウォーカーと一緒にくれば良かったかも。

 私が内心でそんなことを考えていると、父の後方に控えていた初老の執事長――エリーの祖父でもあるグラハム・ウォーカーが説明を補足してくれる。


「ステラ御嬢様も御存知の通り、『エーテルトラウト』は北都屈指の老舗でございます。御先代様も大変贔屓にされておられました。先方も無理を承知での懇願と思われますし、無碍にするのもいささか……」

「ええ、分かっているわ、グラハム」


 祖父のトラヴィスはとてもお洒落な方だった。きっと、生前はあの北都でも有名な服屋へ足繁く通ったのだろう。

 老舗の申してを断ったとなれば、公爵家としての外聞もある。

 父が私と顔を合わせた。


「『エーテルトラウト』は近く、王都へ出店する予定だ。その際の宣伝として、『どうしてもステラ公女殿下の映像が使わせていただきたく……!』と、此方へ来る前、会頭に直接懇願されてしまってな。以前、お前がドレスを選んだことも噂として広まっているらしく、断り切れなかったのだ」

「! そ、それは……」


 あ、あの時は、ティナとエリーが選んでくれただけで、私は何もしていない。

 ――何より。


『ステラは綺麗なので、どの服を着ても似合いますね。次はこれを着てください』


 脳裏に、淡い茶髪の魔法使いさん――私やティナ、エリー、リンスター公爵家次女であるリィネさんの家庭教師を務めて下さってるアレン様の優しい顔が浮かんだ。

 かっ、と頬が火照る。


 ――真実を言っちゃダメ。ダメよ、ステラ。


 貴女は仮にも『公女殿下』。

 下位とはいえ、王位継承権を持つ身なのよ?

 『アレン様はどんな服装がお好きなのかしら?』と考えて、試着を繰り返していただけ……だなんて、言っちゃダメッ! しかも、あの場にいたのは、妹達と執事のロラン・ウォーカーだけで、魔法使いさんはいなかったなんて……。

 私が両頬に手をやり見悶えていると、父が大きく咳払いをした。大きな手を机上の電話へ置く。

 

「――うっほん。ステラ、そういうわけだ。嗚呼、嫌ならば断わっても構わん。何せ、急な話だからな。この場で連絡を取っても構わん」

「いえ、お請けします」


 自然と承諾の言葉が口をついた。

 幸い、モデルをする風曜日の午後に講義は入れていない。生徒会長としての仕事も終えている。

 出来れば、親友のカレンとフェリシアにはついて来てほしいけれど……前者は講義が。後者はハワード、リンスター家が合同で出資した通称『アレン商会』の番頭として多忙だ。私が単独で対応するしかないだろう。

 決して、余った時間で店員に『逢引で使って問題ない服』や『アレン様への贈り物用の小物』を見繕ってもらおうなんて思っていない。これから寒くなるし、マフラーや手袋とかどうかしら?

 父が顔を顰め、額へ手を置いた。何故か沈痛な面持ちだ。


「……お前がそう言うならば、先方にはそう伝えておくとしよう。くれぐれも、『ハワード』たる自覚を忘れぬようにな。頼んだ」

「? はい、御父様。ステラ・ハワード、依頼を謹んで御請け致します。」


※※※


 丁寧に扉を閉め、愛娘は足取り軽く執務室を出て行った。

 空色のリボンで結った髪が目に焼き付く。

 会う度に美しくなっているのは、親の贔屓目でもあるまい。

 ……その理由は明白だ。

 左の人差し指で机を叩き、控えている執事長を呼ぶ。


「グラハムよ。やはり、此度の策やり過ぎではないか?」

「旦那様。既にリンスター公爵家は着々とアレン様の外堀、内堀を埋めつつあり。リディヤ・リンスター公女殿下が十八になられたことで、時間的猶予はそれ程ございません。彼の家の決定権を持つは、『緋血の魔女』『血塗れ姫』であり、『微笑み姫』もまた暗躍を……リリー・リンスター公女殿下との婚姻、副公爵家は本気でございます。また、西方では『翠風』様も、密かにルブフェーラ公爵家の美姫を選抜しておられる由。ここで躊躇いますと、ステラ御嬢様は勿論、ティナ御嬢様の御不興を買うこと必定と愚考致します」

「グヌヌ!」


 『剣姫の頭脳』『流星』『水竜の御遣い』――娘達の家庭教師である狼族のアレンは、今や王国の英雄。

 その婚姻問題は避けて通れない大問題だ。娘達も彼を強く慕っている。

 だが……だがっ!

 未だ幼いティナはともかくとして、ステラの恋路を私が率先して応援するのは――こう、釈然とせんっ! 少なくとも、我が愛娘を奪うと言うならば、私を打ち倒して見せるべきなのだっ!!

 私の逡巡を見て取ったのか、グラハムの眼鏡が光を放った。


「……そこまでお悩みならば、我が妻の案である『エリーをモデルに』を採用致しましょう。『ウォーカー』としても、良き縁かと思いますれば」

「! グラハム!? 『深淵』の異名を持つお前が、屈したというのか!?!! 裏切り者っ!!!!!」

「……孫娘の幸せが、私にとっての……とっての…………。いえ、いえっ! やはり、受け入れられませぬっ! 如何なアレン様と謂えど、このグラハムの目の黒い内はっ!! 少なくとも、私に勝っていただけなければっ!!!」

「…………」


 どうやら、我が腹心も相応の葛藤を抱えているようだ。

 私は窓の外に広がる王都の夜景を見つめ、今日最大の溜め息を吐いた。

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