第13話 誘い

『…………』


 アレン先輩の言葉に室内が静まり返った。

 つまり……自身の栄達や名誉、国家云々の為じゃなく、自分が教えている少女達の心を安んじる……ただそれだけの為に、大学校側だけでなく、ウェインライト王家にまで掛け合ったと? そ、そんなことって。

 南都の孤児院に帰省したユーリ兄が、教えてくれた決意を思い出す。


『トト、この世界は相変わらずとても理不尽だよ。王都だって、綺麗なだけじゃない。……だけど……だけどね? そこまで捨てたもんでもないんだ。一切の悪意無き純粋な善意によって、孤児院の食事が美味しくなったり、ベッドが新しくなったり、本がたくさん寄付されたり、みんなが南都の学校へ行けるようになったりもする。だから、僕はその恩義を返したい。そう思っているんだ』


 あの頃はあんまり理解出来ていなかった。

 けど――。

 アレン先輩の手をアトラちゃんが、リディヤ先輩の手をリアちゃんが取る。


「さて、お邪魔したね。今度、また資料に当たる子達を連れて来るから、その時紹介させておくれ。トト、頑張って!」

「は、はいっ!」


 いきなり、ユーリ兄が崇敬する大魔法様の激励を受け、私は思わず敬礼した。

 テト先輩達の返答を待たず、部屋の扉を閉まった。

 ――重苦しい沈黙。え、えっと。

 私はアンコさんに命じられ、ブラシで背中を梳きながら、おずおずと質問。


「あ、あの……御依頼、請けなくても良かったんですか? 研究室の標語に反するかなって、思うんですが……」

「……そんなに簡単な話じゃないんです」「トト、良い機会だから覚えていくといいっす」「アレン先輩の『御依頼』は……すべからく大事だ。だが、問題はそこにない」「……仮に私達が依頼を請け、達成した場合……次に来るのは、です」

「ふぇ???」


 ゾイ先輩の言葉が理解出来ず、私はブラシの手を止めた。

 大事なのは何となく分かる。

 だけど……栄典?

 アンコさんが尻尾を動かし、私の手を軽く叩く。あ、すいません!

 慌てて再開すると、テト先輩は椅子の背もたれに身体を預け、天井を仰がれた。


「……教授と王家に話を通している。しかも、ハワード公爵家絡み。卒業する私達への箔付けも兼ねているわね。根回しは全部終わっている、と見るべきだわ。アレン先輩の名前が公式資料に載るのは失敗した時だけよっ。ギル・オルグレン次期公爵殿下は何か聞いていないの?」

「うちは先の叛乱以降、王国中枢からは除かれてる。というか、だ。俺がこうやって、お前等と駄弁れている理由なんて……言わなくても分かるだろ?」

「…………『一般人』らしいが?」

「ええ、そうですね。『竜』『悪魔』『吸血鬼の真祖』『魔女』――他にも得体の知れない怪物達とぶつかりながら、味方を殺さず生きて帰って来られている『一般人』です。……本来、あの方の査問会議をする予定だったのに、煙に巻かれましたね」 

『……はぁぁぁ』


 先輩方は途方に暮れた様子で、深い深い溜め息を吐かれた。

 どうやら……依頼を請ける、請けないの問題ではなく、その功績全ては研究室の先輩達に、仮に失敗した場合はアレン先輩が負う、のを問題視しているようだ。

 先輩達は大変なんだなぁ。

 今日一日で受けた衝撃が余りにも大き過ぎ、思考停止に陥っているの自覚しつつ、私はアンコさんの指示に従いブラシをかけていく。


「――ふっふっふっ~♪ お困りのようですね~?」

『!』


 突然、頭上から知らない女の人の声がした。炎花が舞い散る。

 テト先輩達はすぐさま臨戦態勢を取って、武器を構え――


「……うわ」「……貴女は」


 どういう原理なのか、天井から私達を見降ろしていた長い紅髪が印象的で、異国装束の美少女を確認するや、ギル先輩とゾイ先輩が顔を顰めた。

 ……誰?

 テト先輩が呪符を仕舞われ、呆れた口調で手を振られる。


「……幾らアレン先輩に習ったからって、転移魔法をそんな雑に使わないでください。リディヤ先輩の奇襲を思い出して、寿命が縮まります、リリー・リンスター公女殿下?」

「むむむ~! 聞き捨てなりません~」


 『公女殿下』!? じゃあ、リディヤ先輩のお姉さん?? でも、リンスター公爵家長女だって……。

 美少女は頬を膨らまし、天井を蹴り、軽やかに回転しながら着地した。

 こうして見ると、リディヤ先輩に負けない位の美形だ。

 あと……胸がとても大きい。あれは凶器だわ。ユーリ兄が見そうになったら、絶対阻止しないとっ。

 私が密かに決意を固めていると美少女はスカートの裾を摘み、優雅に挨拶した。前髪の花飾りが煌めく。


「リンスター公爵家メイド隊第三席を拝命しています、リリーです。私はメイドさんですっ! お忘れなきよう~」

「……そういう割には本気でアレン先輩狙いなんすよねー」「御実家に兄上である『剣聖』リドリー公子殿下を差し出すよう、アレン先輩へ進言したのは貴女だと聞いています」「……そうか、『剣聖』様帰国の功が珍しく先輩の功になったのも」


 ギル先輩が苦笑し、ゾイ先輩は警戒を隠そうともせず、イェン先輩は得心される。

 すると、自称メイドさんが両手を合わせた。

 ――美しい微笑み。


「うふふ~♪ 仮にそうだとしてもぉ~私は皆さんの味方ですよぉ~? ――万難を排し、アレンさんの御力にはなりたい。でも、その功績が自分達に来るのは心苦しい。分かります、困っているのは御嬢様方だけじゃありません。な・の・でぇ~」


 クルリ、とその場で一回転。綺麗な紅髪が靡く。

 歌うような誘い。


「今回はアレンさんの思うままにはさせないよう、水面下で色々と動いています――御嬢様方も参加しませんか? ちょっと楽しいことになるかもしれませんよぉ? あ、繰り返しますが私は『』です。その意味、お汲み取りください★」

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