第12話 悪癖

「……廃書庫の資料を」「……あの膨大な量を浚うんすかぁ?」「それはまた……」「怖いことを言うのを止めてください。気が遠くなります。」


 テト先輩、ギル先輩、イェン先輩が顔を引き攣らせ、ゾイ先輩に到っては口調すら変わってしまった。

 大学校の廃書庫――確か魔法戦争以降に集められたけれど『価値僅少』との判定を下された書物や資料が放り込まれている地下室? だったと記憶している。その中から、特定の資料を見つけるのは間違いなく困難だろう。

 紅茶を飲まれながら、アレン先輩が左手を振られる。


「勿論だけど、これはお願いであって強制じゃないよ。みんなも何かと忙しいだろうし、ララノアではギルとゾイに頼り切りだったしね……」

「「なっ!?」」


 ギル先輩とゾイ先輩が目を見開き、身体を硬直させた。

 クッキーを上品に口へ運び、リディヤ先輩が補足してくれる。


「分かっているだろうけど……演技とか交渉術とか、そういうのじゃないわ。心底本気で言っているの。シェリルに提出した報告書の中を読ませてあげたかったわ。貴方達、今度陛下から直接お褒めの言葉を賜るみたいよ。覚悟しておきなさい」

「「…………」」


 先輩方が何とも言えない表情になり、天を仰いだ。

 え、えーっと……私が状況についていけず戸惑っていると「「?」」不思議そうな幼女達と視線が交錯した。何となく、小さく手を振ると「「♪」」振り返してくれる。とてもとてもとても可愛い。

 ほんわかしていると、テト先輩が魔女帽子の位置を直した。


「……アレン先輩、もしかして……また、御自身の功績は一切合切、丸っと無視した挙句、他の人達の活躍だけを記されたんですか?」

「語弊があるよ、テト。今回の件に関して言えば、僕に功績は殆どないんだ。詳細は――」


 アレン先輩が私に片目を瞑られた。

 ――あ、私を含め一年生が聞くと少しまずい類の話なんだ。

 幼女達が手を繋ぎ、獣耳と尻尾を振りながら、とことこ近づいて来る。え、映像宝珠が欲しい。凄く高いけど、今すぐ欲しい。


「まぁ、後で書類を読んでいてほしい。唯一、誇れるのはフェリシアの御父上であるエルンスト会頭を救出出来たのと、リドリー・リンスター公子殿下を南都へ強制送還させることが出来たくらいかな?」

「「「「………………はぁぁぁ」」」」


 三年の先輩達は頭を抱え、深い溜め息を吐かれた。

 そして、縋るようにリディヤ先輩を見つめられる。

 幼女達が私の足下へやって来て「え? わっ」「♪」「あ、リアもー! リアもー!」膝に登ってきた。くすぐったいっ!

 私が突然の事態にあわあわしていると、アレン先輩が目で『よろしく』と伝えてきた。は、はいっ!

 紅髪の公女殿下が紅茶へミルクと砂糖を足し、ティースプーンで掻き混ぜる。


「そんな風に思っているのは何処かの誰かさんだけだけどねー。自分を卑下するの、あんたの悪い癖よ。いい加減に直しなさい。お説教するわよ?」

「客観的な評価だって」


 起きられたアンコさんがアレン先輩に左肩に飛び乗る。

 すると、それを見た幼女達が「? !」「あ~う~!」と不満を表明した。

 私は獣耳と尻尾に触れたい欲望を必死に堪える。駄目よ、トト・エトナ。ここで手を出してしまったら貴女の信頼は大きく棄損するわ。ユーリ兄にだって呆れられちゃうわ。耐えるのよっ!

 葛藤する私に気付かれたのか、アレン先輩がくすりと笑われた。

 そして、少しだけ寂しい表情を浮かべる。 


「……どんなに魔法制御を磨き続けても、上には上がいるんだ。何れみんなにも抜かれると思うし、そもそも魔力量は増やしようがない。今回のララノア行きで、改めて再認識出来た――栄誉を受けるのは、みんなに任せるよ。特に、僕をお説教する機会を窺っている紅髪の公女殿下にね」

「い・や。取り合えず、今の話はカレンに話しておくわ」

「えー」

「「「「………………」」」」


 リディヤ先輩はアレン先輩の頬を細く白い指で突かれ、唇を尖らせた。

 対して、三年の先輩達は複雑な顔だ。気持ちは少しだけ分かる。

 ……ユーリ兄達に、字義通り手も足も出させなかった魔法士を『何時かは超える』?

 そんなこと可能なのかしら?

 私が考え込んでいると、幼女達が小さな手を握り締めた。


「アレン、めっ。アトラ、いるよ?」「アレン、リアもいるよ?」

「ふふ、そうだね。ありがとう、アトラ、リア。勇気が出たよ――おっと、もうこんな時間か」


 幼女達へ丁寧に御礼を告げると、アレン先輩は懐中時計で時刻を確認された。

 結界が崩れて行く中、公女殿下へ尋ねられる。


「リディヤ、一度王宮へ――」

「行く筈ないでしょう? 斬って、燃やして、斬るわよ? ……夕食の買い物!」

「はいはい」

「はい、は一回! アトラ、リア、来なさい」

「「♪」」

「あ……」


 幼女達が元気よく答え、私の膝を降り走って行く。

 嬉しそうに立ち上がったアレン先輩へ抱き着き、尻尾を揺らす。

 ……決めた。お仕事増やして、映像宝珠を買う。

 アンコさんを丁寧にソファーヘ降ろし、自己評価の低い怪物魔法士様がテト先輩達へ微笑まれた。


「変な話を持って来てごめんよ。忘れてほしい。後は僕の方で何とかするよ」

「……アレン先輩」「……どうして、そこまで?」「詳しいお話をお聞かせ願いたい」「何か深刻な御事情があるんですか?」

「そこまで難しい話じゃないよ」


 片膝をつき、アレン先輩は幼女達と視線を合わせて優しく頭を撫でられた。

 ――その横顔には強固な意思。


「ララノアの一件や昨今起こっている事件に『氷姫』様が……僕の教え子であるステラとティナ、両ハワード公女殿下の亡くなられた母上が関係している可能性がある。……あの子達は自分の母親について殆ど知らない。それって、少し悲しいことだと思うんだよ」 

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