第11話 依頼

「それで……頼み事って何ですか? アレン先輩」

「いっそ、ひと思いにお願いするっす」「覚悟は決まっております」

「頭使うのは担当外だぜ?」


 各々席に座られたり、壁に背をつけられたテト先輩、ギル先輩、イェン先輩、ゾイ先輩がティーカップを片手に質問される。なお、ユーリ兄を含め二年の先輩方はいない。何でも『何時もの反省会』をしてから合流するらしい。

 対して、硝子製のティーポットから、両脇で獣耳と尻尾を震わせている幼女達の紅茶を淹れているアレン先輩が苦笑した。近くのソファーではアンコさんが丸くなられている。

 

「そんなに身構えなくても」

「はい、嘘ですっ!」「アレン先輩……説得力がないっす」「残念ですが……」

「テトの『私は一般人』発言くらい、信用性がねー」

「……ゾイ? 事実誤認が甚だしいようですね。喧嘩しますか? 私、テト・ティヘリナは、この『王国屈指』が超特価で安売りされている、魔境の如き研究室唯一の」

「「「はいはい」」」

「…………イェンまでぇ」


 テト先輩が唇を尖らせ、椅子の腕膝を抱え込んだ。ちょっと可愛い。

 椅子に腰かけ、長い脚を組んでいたリディヤ先輩がティーカップを置かれた。


「大丈夫よ。私の見立てだと」

「「「「……見立てだと」」」」

「寝泊り半月、ってとこかしら」

「「「「………………」」」」


 人差し指を顎につけ、ちょこんと小首を傾げられる紅髪の公女殿下。

 正直言って、自分の容姿に一切の自信が喪失する程の可愛さなのだけれど……同時に恐怖も覚える。

 テト先輩達も同じだったようで、徐にクッキー齧られた。

 黒茶髪の青年が、幼女達へ「熱いから、息を吹きかけて飲もうね?」と優しく声をかけられ、極々自然にリディヤ先輩の隣へ腰かけられる。


「あれ? リディヤにはもう話したっけ?? 教授とシェリルには相談したし、ワルター様とグラハムさんには根回しをしたんだけど」

「……腹黒王女達に相談して、御主人様の私に相談しない。この時点で許されざる大罪ね。罰として」

「今晩は好きな物を作ってあげるよ」

「――……ふん」


 この御二人の関係性が何となく分かってきた。

 『御主人様』とか『下僕』とか、って強い言葉を使ってはいるけど、結局、リディヤ先輩はアレン様のことが大好きで大好きで、怒りが継続しない――


「トト? 私に言いたいことがあるのかしら??」

「! い、いえっ! 何もありませんっ!!!」

「そ、ならいいわ」


 ……先輩達の気持ちを理解する。

 この公女殿下には逆らえない。


「アレン♪」

「アトラ? どうしたん――おっと」

「♪」

「あーあー! リアもー! リアも~!!」


 紅茶に息を吹きかけ一生懸命飲んでいた、長い白紫髪の幼女がアレン先輩の膝上に着席。すぐさま長い紅髪の幼女もよじ登り占拠。二人で楽しそうに歌い始める。


「「♪」」

「わぁ……」


 室内に魔力光が瞬き、アンコさんが髭を動かされた。

 ――そう言えば。


「アレン様」

「トト、僕は東都出身の『姓無し』だよ。因みに狼族の養子でもある。敬称なんて不要でいらないさ」

「そ、そういうわけには……なら、アレン先輩」

「うん」


 穏やかで落ち着く微笑み。

 自然と口も軽くなる。


「あ、あの……テト先輩達の件とは関係ないのですが、その子達はいったい? いなくなったりしていますよね?」

「あ、そうだね。アトラ、リア、挨拶出来るかな?」

「? アトラ~♪」「リア! リア、まじょっ子よりも強ーい!!」

「え、えーっと……」


 満面の笑みを浮かべた幼女達の挨拶に、私は困惑してしまう。

 何の情報もないんですけど? 

 取りあえず、獣耳と尻尾はあるから獣人の子――アレン先輩が、あっさりと説明を補足してくれる。


「アトラは八大精霊の一柱『雷狐』。リアは同じく『炎麟』だね。仲良くしてあげてくれると嬉しい」

「……はっ? へっ?? ふわっ!?」


 理解が追いつかず、変な声が勝手に出た。

 急いで三年の先輩方に救援を求める。詳細をっ! 詳細を教えてくださいっ!!  

 そもそも『大魔法』じゃなく『大精霊』ってなんですかーっ!?

 ……いやまぁ、『精霊』については、研究室に入って既存の魔法式から転換する際、少し教えてもらったけれど。

 テト先輩が早くも五枚目のクッキーに手を伸ばし、呟かれる。


「……アレン先輩、トトには後で私達が説明しておきます。頼まれ事の内容を教えてください」

「ああ、そうだったね。なに、そんなに難しい話じゃないんだ。アンコさん、結界をお願い出来ますか?」


 黒猫姿の使い魔様が尻尾を振られた。

 ――瞬時に研究室内が外界から遮断。

 大丈夫。驚いても無駄だから驚かない。あと、アレン先輩がいるなら危険はない。怖い目には合うかもしれないけど。

 今日一日で、私の処世術は凄まじい早さで進化したわね!

 アレン様が左手を振られ、魔法陣を映し出された。

 ……黒い扉? を象っている。


「ギルとゾイから聞いていると思うけど、僕達はララノアで事件に巻き込まれてねて……これは、その戦利品? だね。ああ、単なる写しだから開かないよ」


 ガラリ、と空気が変わった。

 テト先輩とゾイ先輩が手を取り合って身体を小さくし、ギル先輩とイェン先輩は互いを盾にしようと格闘している。それを真似っ子したのか、幼女二人も手を抱きしめ合う。とても可愛い。

 アレン様がティーカップを手にされた。


「今回、アリスに――『勇者』様に助けてもらったんだ。その際、気になることを教えてくれてね。どうやら、これと同じ代物が王都にあるらしい。ただ、リンスター、ハワード両公爵家の書庫に、それを示唆する資料はなかった。おそらく、大学校にもないと思う。でも、廃棄所の資料は別だ。僕は最近、何故か忙しくてね……身体が空かないんだ。細やかだけど報酬は払うし、とっておきの助っ人もする。ちょっとだけ手を貸してくれないかな?」

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