第10話 訓練

「うぅぅ……あ、主よ……す、少しは手加減してくれても良いではないかぁ。か、可愛い後輩の心を折って、何が楽しいのじゃ?」

「アレンさまは神様。だから、この結果は仕方ない。一歩も動かせなくても、仕方ない。だって、神様だから。……やっぱり、魔法以外で御役に立つしか。リディヤ先輩に頼み込んで、リンスター公爵家のメイド隊に……」

「スセの全力増幅魔法を受けての、各属性上級魔法の飽和一斉発動と、『本命』だった、静謐性を特化し何重にも認識阻害させた光属性魔法ですら、届かない……姉さんがメイドになるなら、俺は執事になろうかな……」

「……その『本命』、気付かぬ内に自壊式が組まれていました。ヴィル、泣いていいですか?」


 目の前で普段はとても凛々しく、


『大学校でも屈指の実力』


 と、内外に評価されている二年の先輩方が両膝をつき、地面に文字を描き、虚ろな目を彷徨わす。

 訓練場は三年の先輩方の修復作業が終わり、早くも元通り。

 

 ……つい先程まで「スセ『主』呼びは禁止だよー?」と苦笑されているアレン様に対し、数百、数千の魔法が放たれていたにも関わらず、だ

 ソファーに並んで座り、クッキーを美味しそうに食べている白紫髪と紅髪の幼女がはしゃぐ。


「アレン、つよーい♪」「リアも! 次、リアも~!」


 足で描いた円の中に立つ魔法士姿のアレン様が、にっこりと微笑まれた。

 結局、一歩も動いていない。……信じられないけど。

 修復作業を終えたテト先輩達が戻って来られ、同情の視線をユーリ兄達へ向け、すぐさまアレン様に喰ってかかる。


「……アレン先輩」「後輩虐めは良くないと思うっす!」「やり過ぎかと」「……う、嫌な記憶が……」

「酷いなぁ。僕だって必死なんだよ? 魔力量が人並み以下の先輩に、飽和発動をぶつけてくるなんて……リディヤじゃなく、後輩達の教育も間違ったんじゃ? と本気で考えていたくらいなんだよ? 僕の魔力が切れたら、どうする――おっと」

『!』


 座られているリディヤ先輩が左手を軽く振ると、超高速で放たれた炎の短剣が、直ったばかりの石壁を貫通し、観客席に突き刺さりました。

 アレン様だけを見つめ、可愛らしく小首を傾げられます。


「あら? さっき、私は言ったわよね?? 育てたのは私だって。異議があるなら、今度は私が相手になるわ。ララノアから帰って、一度も稽古つけてないし」

「怖いなぁ。百戦錬磨なテト達と違って、トトが怯えているじゃないか? あと、我が儘を言うなら、この後の買い物は無しにして、下宿先へ泊まるのも――」


 いきなり聞いたこともない、四頭八翼の『火焔鳥』が顕現するもすぐに消失。

 舌打ちと共に今度はリディヤ先輩の姿が消え、けたたましい金属音が空間を支配した。何時の間にか魔杖を構えられていたアレン先輩の頭上から、リディヤ先輩が魔剣を振り下ろされたのだ。

 ……今のって転移魔法? あんな簡単に?? 

 綺麗に微笑まれながら切り返し、先輩方相手には抜かなかった魔剣を構えられる。

 正直に言えば、現時点で逃げ出したい。でも、身体が動かない。

 ……この魔剣も何なのよっ! もうっ!!

 先輩方の顔にも深い深い諦念が生まれ、力なく頭を振っている。

 左手で長い紅髪を払い、『剣姫』様は目を細めた。

 

「どうやら、本当に再教育が必要なようね? 怒るわよ?」

「おこる~?」「リアも! リアも、アレンとあそぶ~☆」

「……教育に悪いなぁ。リディヤ、それは危ないからしまおう。そしたら、今晩は好きな物を作ってあげるよ」

「――……ふんだっ」

「! アレンのおいしい~♪」「リア、たくさんたべたい!」


 鮮やかに魔剣を鞘へ納めたリディヤ先輩はアレン様の下へ。

 幼女達も駆け出し、抱き着く。

 嗚呼……画になるなぁ。

 まるで、新婚夫婦と幼い姉妹みたい。


「トト」

「! は、はいぃぃっ!!」


 紅髪の公女殿下に名前を呼ばれ、私はその場で立ち上がった。

 本能なのだろうか、背が自然と伸び、頬を脂汗が伝う。

 まさか……ユーリ兄達の心をへし折った『魔法が消されるごとに、少しずつ少しずつアレン様から遠ざかり、最終的には手元で式を分解され、発動不能に陥る』という、とんでもなく怖い苦行を私も?

 いや……この訓練の効能は何となく理解出来る。

 要はアレン様が魔法式に介入する速さを超えて、魔法を発動させる訓練なのだ。

 かと言って、雑な式だとその分、介入も速まるわけで……。


 自らの限界を超える速度で数と質の両立。


 ……先輩方が凄いわけね。怖すぎる訓練だけど。

 アレン様に撫でられ「「♪」」獣耳と尻尾を震わせている幼女達を一瞥し、リディヤ先輩が片目を瞑られた。


「貴女、やっぱり見所があるわ。精進なさい」

「あ、ありがとうございます」


 どうやら、この場は生き残れた……らしい。

 で、でも、アレン様達はもう大学校を卒業されているし、私達はこんな恐ろしい苦行を受ける機会はないかも! うんっ!!

 私は無理矢理に自分を納得させ、食べ損なっていたクッキーを一枚齧り、


「~~~っ!?!!」


 思わず絶句した。

 美味しい……。お、美味し過ぎる……。

 教授が編まれ、研究室内秘蔵の『王都菓子店覚え』の店に匹敵――ううん。もしかしたら。

 左手を振り、炎の短剣で貫かれていた石壁を修復したアレン様が、指示を出される。


「さ、研究室へ戻ろうか。みんなに頼みたいことがあるんだ」

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