第9話 入り口

「あ、テト、そこの石柱はもう少し補強しておこうか。イェン、結界はこっちの魔法式で組み直してほしい。ギルは延々と石壁を直そう。ゾイ、地面を埋めておくれ」

「アレン先輩ぃ、私も疲れているんですよ?」「こ、これは……ま、またしても試練かっ…………」「うっす」「ちっ。面倒だぜ」


 私達の大恩人であるらしいアレン様の指示を受け、三年生達が訓練場を凄まじい早さで修復していく。

 それを眺める二年生達は何故か挙動不審。笑顔なのはユーリ兄だけだ。

 リディヤ先輩が不満気に唇を尖らす。


「ねぇ……暇なんだけど? あと、椅子!」

「はいはい」

「はい、は一回って、先も言ったでしょう~? 私の『火焔鳥』どうだった??」


 青年が指を鳴らすと、リディヤ先輩と私の傍の地面から植物の枝が出現し、立派な椅子と丸いテーブルになった。

 ……えっと、座っても?

 オドオドしているとアレン様が私を見た。とても優しい微笑み。


「トト、少し待っていておくれ」

「ふぇ? わ、私の名前を知って……?」


 私はこの恐るべき魔法士様と面識がない。

 研究室に入って以降、無数の逸話を聞いてきたけれど……。

 リディヤ先輩が椅子に腰かけ、丸テーブルに頬杖を突いた。


「紅茶が飲みたいわ」

「お菓子ならあるよ?」


 懐から可愛らしい紅いリボンが結ばれた小袋を取り出し、アレン様は丸テーブルに置かれた。先輩達の目の色が変わる。

 紅髪を弄り、公女殿下が上目遣い。


「……手作り?」

「試作中だけどね。ニケが珍しい蜂蜜を送ってきてくれたんだ」

「ふ~ん」


 興味なさそうな反応を示しながら、リボンを解き始める。

 私は思わず、目を感嘆を漏らす。


「わぁぁ♪ 美味しそうですね!」


 中から出て来たのは、綺麗な硝子瓶に収められた猫を象ったクッキーだった。

 ――菓子作りを趣味にしているからこそ分かる。

 このクッキーは、お店に出しても遜色ない水準だ。

 アレン様が笑みを深め、もう一つの小袋を取り出し、浮遊魔法を発動。

 そして、フワフワと私の手元へ。


「え?」

「良ければ、食べてみてほしいな。友人への手土産だったんだけど、リディヤの休暇に文句を言わないくらい少し忙しいみたいだしね。また、今度焼くから、遠慮なく。ユーリの話だと、君のお菓子はとっても美味しいって聞いているんだ」

「へっ? ユ、ユーリ兄が私のお菓子の感想を?」「ア、アレン先輩っ!」


 白のリボンが結ばれた小袋を手にし、近くで珍しく慌てた様子の想い人を見つめる。へぇ~。ふぅ~ん。ユーリ兄……私のお菓子を褒めてくれているんだぁ。

 嬉しくなりニマニマしていると、スセ先輩が空中で挙手した。


「異議ありなのじゃっ! 主、我も主のクッキーを食べたいっ!!」

「うん? 別に構わない」「駄目よ」


 硝子瓶を手に取り、眺めていたリディヤ先輩が口を挟んできた。

 ――あ、嫌な予感。

 羨ましい位に長くて綺麗な足を組み、魔女のように告げられる。


「スセ、欲しかったら、そいつに認めさせなさい。それが研究室の規則でしょう?」

「な、なっ!? お、横暴なのじゃっ! り、理不尽なのじゃっ! リ、リディヤ先輩は、我のことが嫌いなのかっ!?」


 この世の絶望を突き付けられたかのように、半妖精族の先輩が身体を震わせる。

 見れば、ヴァル先輩とヴィル先輩、ユーリ兄ですら顔を強張らせていた。

 三年生達は「……私は関係ない。私は関係ない。私は関係ない」「……ある意味で、助かったのか?」「……神様、後輩達にどうか救いをあげてやってほしいっす」「……クッキーは食いたい。食いたいが……」黙々と修復している。関わるつもりはないようだ。

 アレン様が左腰に手を置き、苦笑される。


「リディヤ、別に食べさせてあげようよ」

「トトに渡したクッキー、本当は腹黒王女に渡そうとしていたのよね? 明日は王宮へ出仕しないといけないし、報せてもいい?」

「よーし。スセ! 偶には訓練に付き合うよ。がんばろー」

「あ、主ぃぃっ!?」


 ……腹黒王女?

 それって、もしかして『光姫』様!?

 今日何度目になるか分からない衝撃で私が固まっていると、蒼い顔のスセ先輩が透明な羽を羽ばたかせ、ハーフエルフの美人な先輩に近づき、小さな指を突き付けた。


「ヴァル! ぬ、ぬしも参加せよっ!! あ、主の手作りクッキーじゃぞ? 滅多に食べられる物ではないっ。この機を逃して良いのか?」

「……スセ。手を伸ばしたその先は……余りにも過酷な場。煉獄への入り口です。なれど……アレン先輩の手作りクッキーの為ならば、このヴァル・ウークース! 命を捨てる覚悟は持っています。付き合いましょう。ヴィル、貴方もですよね?」

「……是非もなさそうだね。ユーリ、君は?」

「こういう時に備え、遺書は常に携帯しています」

「「「「……ふっ」」」」

「え、えーっと……」


 まるで、戦場に向かうかのような悲愴感溢れるユーリ兄達が理解出来ず、私は少し距離を取られたアレン様をへ目線を向ける。訓練場、折角直しているのに、また訓練なんてしたら、壊れたりしないのかな?

 ――ソファーに軽い衝撃を感じた。


「あまいのー♪」「アトラ、リアのー! リアのー!」

「ふぇ?」


 そこにいたのは、立ち上がって、硝子瓶を開けようとしている長く美しい薄紫髪な獣耳幼女と、先輩達の魔法を防いだらしい紅髪の獣耳幼女だった。どちらも、お揃いのもこもこな外套姿だ。

 ……さっきまで、絶対にいなかったわよね?

 状況説明もないまま、アレン様が足で丸い円を描かれ、二年の先輩方に微笑む。


「さて、始めようか。何時も通り、この円から僕を魔法で追い出せればスセ達の勝ちだ。御褒美に今度は果実のタルトを焼いてきてあげるよ」

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