第8話 新時代の英雄

『……一般人?』


 私を含め、研究室の先輩方全員はアレン様の言葉を馬鹿みたいに繰り返した。

 散々な大規模魔法戦によって痛めつけられ、大学校の誇る訓練場は控え目に言っても半壊状態に陥っている。

 こんな現状を作り出した魔法群を……しかも、『火焔鳥』『雷王虎』という二発の極致魔法すらも、理解不能な技術で消失させた魔法士が『一般人』? もしや、単語の意味を御存知ではない?

 疑問の視線を浴びせらた青年がアンコさんを撫でながら、肩を竦める。


「みんな、酷いなぁ。コツを掴めば、そこまで難しい技術じゃ」

『出来ませんでしたっ!!!!! 無理です!!!!!』

「……リディヤ、どうしよう。何時の間にか、あれだけ可愛かった後輩達が僕を虐めるようになってしまったみたいなんだ。テトやユーリだって出来たのに。あ、植物魔法、解くね。ギル、ゾイは勝手に降りるよーに」

「んー」「後輩虐め反対っ!」「ぶーぶー」

「え? わっ! ええ!?」


 足場がなくなり、次いで浮遊感。こ、これって、浮遊魔法? あの、有名だけど制御が難しくて使い手が殆どいないことで有名な??

 フワフワと落下しながら前方を見やると――何と! リディヤ・リンスター公女殿下がアレン様の左袖を控え目に摘まみ、幸せそうな笑みを零されていた。

 ……え? 

 この美少女が、さっきまで先輩達を蹂躙していたの??

 どう見ても、恋人に甘えている女の子にしか見えないんだけど!?!!

 私が現実に苦しんでいると、無事着地した。


「さて、どうしてこんな事になっているかは……まぁ、概ねリディヤ・リンスター公女殿下のせいだろうから、詳細は聞かない、おっと」

「ちっ」


 至近距離から放たれたリディヤ先輩の手刀を、まるで最初から分かっていたかのようにアレン様は躱された。

 長い紅髪を靡かせながら後方に跳び、左手を高く掲げる。

 ――炎が渦を巻き、集束していく。


「ねぇ? 人を待たせておいていきなり犯人扱い?? お仕置きが必要みたいねっ!!!!!」

『っ!』


 顕現したのは、純白の白炎翼を持つ『火焔鳥』。

 先程と異なり四翼で込められている魔力も桁違いだ。

 そして――信じられないくらい美しい。

 もう一つ大きく異なるのは、先輩方が慄きながらも『あ~……』と諦念を浮かべ、特段行動を示していないこと。

 日傘を畳まれているアレン様に向かって恐るべき『火焔鳥』が放たれ――炎羽を撒き散らして消えた。さっきと同じ!

 

「いきなりの『火焔鳥』は止めよう、と今まで何度言ってきたか。はぁ……僕は何処で教育を間違っただろうね? アンコさん、日傘やソファーを研究室へ跳ばしてくれませんか?」


 黒猫姿の使い魔様が一鳴き。

 すると、闇がソファー等を飲み込んだ。転移魔法だろう。

 リディヤ先輩が地面に突き刺さっていた魔剣を回収し、不満を表明される。


「あんたに育てられた覚えはないわよ。私が、あ・ん・たを育てた、の間違いでしょう? 家庭教師やら商会の仕事にかまけ過ぎて、こんな大事なことも忘れるなんて、嘆かわしいっ!」

「そうだね。ここ数ヶ月はずっと忙しかったから……今度、シェリルかステラに頼んで治癒魔法を」

「即否決。再審請求は永久に通らないわ」

「暗黒裁判っ!? ……取り合えず、修理をしよう。教授の泣き顔なんて見たくないし。あ、テト達も訓練場修理の手伝いをお願い出来るかな? 僕の魔力量じゃちょっとね。それと符術は強力だけど、自分自身の魔法の鍛錬も忘れないようにしよう。来年からは研究室を持つんだし。二年生達は休んでいていいよ。お疲れ様」


 手慣れた様子で公女殿下をあしらわれつつ、アレン様がテト先輩に話しかけられた。他の先輩方の瞳に戦闘時とは違う強い緊張が浮かぶ。

 ……あ、あれ? また空気が??

 テト先輩は早くも土魔法を展開されながら、魔上帽子を被り直される。


「……見ていたのなら、早く助けてください。アレン先輩の罪状は増える一方です。あと、研究室の件は」

「陛下から内々に許可をいただいたみたいだよ、教授が。そうだよね? リディヤ」

「ええ。どうしても覆したいなら、こいつを説得しなさい。因みにその時は私も同席するわ」

「ひ、酷いっ! ぐぅぅ……わ、私の小さな魔道具屋を開く、という細やかな夢が…………」

「大丈夫だよ、テト。君ならやれるさ。来年は僕の妹と教え子も入学する予定だから、よろしく」「ニッティの次男坊とその従者もね」

「………………」


 研究生筆頭であり、大学校屈指と断言出来る魔法士様の顔が引き攣った。

 クルリ、と回転し、ギル先輩、イェン先輩、ゾイ先輩へ縋りつく。


「ギル、イェン……私達は同期ですよね? そして、同期は辛いことを分け合う存在……ですよねっ! ねっ!!」

「……お、俺は近衛に内定しているから」「……残念だがテト、私の技量では」「アレン先輩の妹さんと教え子って……噂に聞く『雷狼』と『聖女』だろ? 頑張れ!」

「グヌヌヌ……イ、イェンまでぇぇ」


 三年生方が言い争いをしながら、同時に訓練場の本格的な修復を行い始めた。

 『雷狼』と『聖女』――前者は知らないけれど、後者は知っている。

 王国北方を統べるハワード公爵家長女のステラ公女殿下だ。

 ……あれ? 教え子??

 何時の間にか、傍に来てくれていたユーリ兄が教えてくれる。


「(アレン先輩はステラ・ハワード公女殿下の家庭教師を務められているんだ。他にも、ティナ・ハワード公女殿下、リィネ・リンスター公女殿下、エリー・ウォーカー様も一緒だよ)」

「(……えっと、もしかしてですけど、アレン様って凄い方、ですか?)」


 思わず馬鹿な質問をしてしまう。

 相手は極致魔法を消失させる魔法士。断じて『一般人』ではない。

 すると、ユーリ兄は眼鏡の奥の瞳を細め「ギルの魔法は技巧に走る傾向があるよね」「がはっ! ア、アレン先輩、時に言葉は人を傷つけるすんよ!?」修復作業をされている青年に憧憬の視線を向けた。

 静かに、だけど確信を込めて頷く。


「(うん。あの先輩こそ新時代の英雄――『流星』を継がれる御方だと僕は思う。南都の孤児院に毎年莫大な寄付をして下さっているのも、実はアレン先輩なんだ。……絶対に教えては下さらないけどね)」

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