第10話 影

「……まったく、ステラもやってくれるじゃない。前に王宮の舞踏会で会った時は、生真面目が過ぎる子だったけれど。アレンと仲良くなった子は、みんなす~ぐ変わるんだから!」


 椅子に座り、文句を呟きながら書類に目を通していく。

 足下にシフォンはいない。どさくさに紛れ、潜入させることに成功した。行先はこれで分かる、と。

 現在、東都にいる『ウェインライト』は私だけ。大半は、リンスター、ハワード、ルブフェーラの三大公爵が処理してくれているとはいえ、目を通すべき書類はそれなりに多いのだ。

 でも、そろそろ終わりが見えて――未決の木箱に、どさり、と書類が置かれた。

 

「……ノア」

「シェリル様の務めでございます」

「分かってるわよっ。もうっ! ……エフィ、貴女も手伝ってくれてもいのよ?」

「いえ。私は一護衛官ですので」

「……白々しい!」


 わざわざ敬礼までして、拒否してきた私の護衛隊隊長であるエルフ族のエフィを睨みつける。

 王家の護衛官にはエルフ、ドワーフ、時には巨人族といった、長命種の一族がつくのが慣例になっている。当然、その座に就く者は文武両道が当たり前。私がやっているような作業なんか、余裕でこなせる。護衛官は秘書業務も兼務することが多いからだ。けれど、この二人は『良い機会ですので!』と私に仕事をさせている。分かるけど……はぁ……。

 私がむくれていると、無慈悲に書類を追回してきた張本人である、薄金髪をした美人のエルフ――エフィの双子の妹でもある護衛隊副長のノアが聞いてきた。


「シェリル様、ステラ・ハワード公女殿下の提案、もし仮に籤が当たっていたのならどうされたのですか?」

「……この状況で行ける筈ないでしょう? まぁ無理矢理探しに行った方が、御父様は喜ばれるかもしれないけど。『うむ。ようやく、覚悟を決めたか。その意気や良し。して、式場は何処にする?』ってね」

「アレン様は私達の故郷の考えからすると、現時点で稀代の英雄であられます。それでも、現時点でシェリル様との婚姻は……」

「無理ね」


 私はペンを放り出し、ノアの問いかけに返答。

 窓から、数頭のグリフォンが高度を上げつつあるのが見えた。

 やさぐれ気味に、話を続ける。


「ジェラルドが王位継承権を剥奪されたことで、私の順位は自動的に第二位に上がってしまった。王都では、ジョン兄上が何を焦ったのか、やらかした。なのに、御父様は西都から動かず、音沙汰無し。この流れから推察する限り、オルグレンの叛乱を切っ掛けにして、大改革をするおつもりなのでしょう。……でも、アレンを王家へ迎え入れるのは難しいわ」

「アレン様が平民だから、でございますか?」

「それもあるし……何より、ね」


 私は少し苛々しながら、椅子の背もたれに身体を押し付ける。

 ……やっぱり、ちょっとむかむかするわね。

 アレンは得難い人だ。王立学校時代の一年間が、私の人生最良の一年であったことを私は一片の疑いも抱いていない。

 ただし――肩を竦める。


「私、あの人から恋愛対象に見られたこと、一度もないと思うわ。あれで、アレンってすっっっごくっ! 良識が強いんだから。あくまでも、私は『友人』なの。人目があるところでは、基本的に『シェリル・ウェインライト王女殿下』だしね」 

「ああ……分かります。アレン様とはシェリル様が、王立学校へ通われている際、度々カフェでお茶を致しましたが、毎回、とても真面目な報告書を」

「…………ちょっと待って」

「? 何か??」


 小首を傾げるノア。普段も綺麗だけど、こういう時は可愛らしいって反則よね。

 私は眉間を押し、聞き捨てならない事実を追及する。


「私、その話、聞いてないけれど?」

「言っておりませんし?」

「どうしてよ!?」

「お伝えすれば、シェリル様はどうされましたか?」

「それは……ま、まぁ、同席したんじゃない? ほ、ほら! 私の護衛官と友人が密会――……あ、そうよね。二人きりの筈ないものね。どうせ、私の日常を聞いてたんでしょう? なら、仕方ないわね」

「ご理解いただきまして。勿論――二人きりでした。当時のアレン様はまだまだ、幼さを残しておいでで、とても可愛らしかったです」

「ノ~アァァァァァァァァ」

「私だけではありません。護衛官内の持ち回りでしたので」

「なっ!?!! ……エフィ?」


 先程来、一言も発していない護衛隊隊長をジト目で見やる。

 すると、わざとらしく目を反らし、早口で弁明。


「隊の士気を保つのも、私の務めですので」

「あ・な・た・た・ちぃぃぃぃ!!!」

「――ですが、かつてと今とでは、状況が異なります。アレン様の此度の戦功、誰も無視は出来ません。そして、足掛かりさえ作ってしまえば」

「背中を多くの者が押すかと」

「……さっきも言ったでしょ。本人が望まなないわよ。第一」


 私は書類を机に放りだす。『オルグレンの乱、先行報告書』。

 ざっと、目を通したけれど……禄でもない話しか載のっていない。

 私は、ぽつり、と呟く。


「アレンは、今回もまたあっさりと自分のを投げ出そうとしたわ。……巻き込んだりしたら、今まで以上にそういう機会が増える。そんなの、私が許さないっ!」

「なるほど。なら、仕方ありませんね」

「うっほっん。……ノア、やはりだ。ここは姉である私が」

「エフィならもっといい人が見つかるわ♪ この御話は私宛だし」

「……王国を救いし英雄よりもいい人をか?」

「ええ♪」

「ほぉ……」

「貴女達、いったい何を――……」


 頭の中でピースがはまる。

 『翠風』ことレティシア・ルブフェーラの言を思いだす。どっちみち、アレンは賞さねばなりますまい?

 いやでも、まさか、そんな。

 ノアは美人だし、可愛いし、ルブフェーラの分家出身だけど、こんなに早く??

 私は、激しく動揺しながら尋ねる。


「…………ノア、そ、そ、それ、ほ、ほ、本決まりなの?」

「と、言ったら、シェリル様、応援していただけますか?」

「…………」


 応援する、という言葉を私は発することが出来ない。

 いやだって、アレンの隣にはリディヤが――くすくす、という笑い声。

 二人のエルフ姉妹は私を見て、楽しそうに笑っていた。


「……二人共?」

「大丈夫です。お断りしました。ですが、シェリル様、相手が如何に強大であろうとも、と具申致します」

「戦わず、でよろしいのですか? 今後とも、この手の話は無数にあがるかと」 

「…………分かってるわよっ、も、もうっ! でも、とりあえず今は」


 再度、報告書を捲り、描かれた印象を指さす。

 二人の表情にも緊張が走る。

 

「今回の叛乱には聖霊騎士団、そして、聖霊教の影が見え隠れしているわ。今のところ、総本山である教皇庁が関与した証拠は皆無だけど……徹底的に調べる必要がある。アレンの件は、そういう話が終わった後よ! …………とりあえず、私もお茶しに行くわ。ふ、二人きりでね!」

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