第31話 困った事態

「こんにちはー」「失礼します」


 ステラと一緒にフォス商会の建物へ入り、挨拶。

 少しでも商売気があるならば、今の時期、とても忙しい筈なのだけれども……反応無し。奥からは聞き知った少女の怒る声。おやおや。

 ステラと目を合わせ、先へと進む。

 行き止まりの部屋に複数の人の気配あり。


「――どうして、そんなことになっているのっ!? 父さんは何を考えてっ!!!」

「…………申し訳ありません。お止めしたのですが、会頭の御意志が固く」

「……フェリシア、声が大きいわ」

「母さん……でもっ!」


 どうやら、立て込んでいるいるらしい。

 再びステラと目を合わせ、ノック。


「すいません、入っても良いでしょうか?」

「! …………ど、どうぞ」

「では」「失礼します」


 中からフェリシアの声。僕が扉を開ける前に、薄蒼髪の公女殿下は扉を開ける。

 ――室内にいたのは、両腰に手を置き、見るからに不機嫌そうな眼鏡な番頭さん。

 そして、年老い疲れ切った様子の男性が数名と、フェリシアによく似た穏やかそうな女性。皆、椅子に座っている。

 僕は頭を軽く下げる。


「初めまして――と、言うべきですね。アレンです」


 すると、男達が色めき立った。

 

「! 貴方が……」「フェリシア御嬢様を攫った男っ!」「あんなことがなければ、このようなことには……」「フォス商会はもう終わりだ……」


 口々に文句を言われる。

 でも、仕方ないだろう。……フォス商会が終わり、という言葉は気にかかるけど。

 僕が考えていると、フェリシアが机を思いっきり両手で叩いた。


「アレンさんは関係ないっ!!! アレン商会の御仕事は私が決めたことっ!!! 文句があるなら、全部、全部、私に、むぐっ」


 後ろから、眼鏡な番頭さんの口を手で塞ぐ。


「こーら、フェリシア。手が痛くなるよ? アトラ、リア」

「「♪」」


 幼女二人は袋から、ふわっ、と浮かび上がりフェリシアを後ろから抱きかかえ浮遊。ステラが移動させてくれた空いている椅子へ少女が着席。


「アトラ、リア、ありがとう。良く出来ました。フェリシアは落ち着こう」

「♪」「リア、いい子!」「……うぅぅ。だ、だってぇぇ……」


 フェリシアの額を指でほんの軽く突き、微笑む。

 立ち上がり、ステラと共に、男達と女性に相対。


「お待たせしました。改めまして――フェリシアには助けられてばかりで、一応、形式上はアレン商会会頭、ということになっているアレンです。此方は」

「ステラ・ハワードです。おば様、お久しぶりです」

「「「!?」」」「ステラ様、お綺麗になられて……」


 男達はステラの名前を聞き動揺し、女性は柔らかく微笑まれた。

 後ろのフェリシアが叫ぶ。


「アレンさんは、誰よりも立派な会頭さんですっ! 母さんもみんなも、この人に失礼なことしたら……大変なんだからねっ!」

「……フェリシア、あんまり叫ぶと倒れてしまいますよ? そうしたら起きた時には、君が会頭になっているかもしれません。いえ――必ずそうして見せますっ! これからきっと、恐ろしく大変ですしね……何処かの眼鏡な番頭さん改め、眼鏡な会頭さんになった方が幸せになれる気がするんです。主に僕がっ!」

「い・や・で・すっ! 私は貴方の番頭さんなんですっ! この国の商業を――いいえ。大陸全体の商業を手中に収めて、色々としますっ! それで、その成果は、ぜ~んぶっ、アレンさんのものにするんですっ!!」


 振り返り、両拳を握りしめ壮大な野望を力説している眼鏡少女を見やる。

 その両隣ではアトラとリアも真似っ子。いけない。変な癖を覚えてしまいそうだ。

 僕はステラに目配せ。公女殿下が頷き、口を開く。


「私達はフェリシアの様子を見に来ただけです。お邪魔なようであれば、一先ず戻りますが……それでよろしいのですか? 見た所、問題が起きているようですね」

「それは……」「まだ、仔細を漏らすのは……」「いや、だが……」「ここで誤れば……」


「――……お話しましょう。貴方達、御苦労様でした」


 女性が男達の議論を止め、僕の目を見た。

 ――強い意志を秘めた瞳。

 フェリシアにそっくりだ。

 不承不承、男達が部屋を出ていき、残ったのは僕等だけ。

 立ち上がったフェリシアが僕の左袖を指で摘まんだ。


「……あの、ですね。その」

「フェリシア、私から説明するわ。フェリシアの母の、ロージー・フォスです。娘の手紙で貴方様のことはよく」

「か、母さんっ! そういうのはいいのっ!! ……ちょっとだけ、ほんのちょっとだけですからっ!」

「……僕の恥ずかしい話を外に出すなんて、フェリシアは意地悪な女の子ですね」

「うぅぅ~。どうしてぇ、そう言う風にとるんですかぁぁ。だったら、ステラだって、きっと同じようなことをしていますっ!! でしょう??」

「え? …………私は、別にそんなこと…………している女の子の方が、アレン様はお好き? ですか?」


 おずおず、とステラが僕の右袖を指で摘み尋ねてきた。……困った子達だ。

 僕は二人の頭をぽんぽん、と軽く叩く。

 「「!」」二人は、頭を押さえ、頬を赤く染め俯いた。

 アトラとリアも羨ましくなってきたのか、前へ回り込み、小さな両手を伸ばしてきた。浮遊魔法を併用して二人を抱きかかえ、目を丸くされているロージーさんへ微笑む。

 

「えーっと……すいません。普段からこんな感じです。――先程も言いましたが、フェリシアには毎回、助けられています。アレン商会は、この子無しには最早回らないでしょう」

「――ふぇ」「…………」


 フェリシアが変な声を出し、硬直。ステラはほんの少しだけ拗ねた表情。

 それを見たロージーさんが笑われる。


「くふふ。娘のこんな顔、初めて見ました。貴方は本当に良い方のようですね」

「少なくとも、良くあろう、とは思っています。――……揉めてらしたのは、エルンスト会頭の件、ですね?」

「っ!」「…………御存知だったのですか」


 フェリシアが息を飲み、ロージーさんの顔には諦念。

 僕は頭を振る。


「いえ。ただ、この場にいる筈の方がおられないので。――推測するに、今回の騒乱を起こした叛乱軍、その兵站に何かしら関与を?」

「…………フェリシア。貴女の会頭さんは凄い方なのね。エルンストが、もう少し、もう少しだけ……しっかりその事を知ろうとしたのなら、こんなことにはならなかったのに……」

「おば様……よろしければ、お話していただけませんか?」

 

 ステラが静かな口調で問うた。

 暫しの沈黙。

 やがて、ロージーさんは悲痛さを滲ませながら、驚くべきことを口にされた。



「……我がフォス商会会頭、エルンスト・フォスは既にこの国におりません。此度の騒乱、叛乱軍の兵站業務に関与したことが発覚するのを恐れ、王都が奪還される前後、密かに脱出したようなのです――ララノア共和国へ」

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