第51話 剣姫と光姫

 僕はリディヤの涙を指で拭いながら、もう一人の同期生――ウェインライト第一王女殿下、『光姫』シェリル・ウェインライトに苦笑した。 


「……む~。そうやって、アレンは何時だって、私に厳しいんだから! そろそろ、リディヤの半分――……は、わ、私の心臓が持たないから、せめて三分の一くらい、私を甘やかしても罰は当たらないと思うわよ? はい、返事!」

「え、えーっと、ね」「……永遠に順番なんか回って来ないわよ」


 王女殿下の言い分に僕が苦笑し、リディヤが唇を尖らせていると――上空の『花』が強い光を放った。

 数頭のグリフォンが魔法陣から飛び出し、崩れていく。

 どうやら、【龍】と交戦中のギル達を助けに行ってくれるようだ。その内の一人は、リンスターの某メイド長なのは確認した。信じ難いことに視線も合い、手まで振ってくれたし。どういう視力をしているんだろう?

 他の人達は……シェリル直属護衛であるノアさん達とシフォンはともかく、まさか、まで!?

 リドリーさん……強く、強く生きてほしい。あ、でも、もしかしたら、リチャードの意向もあるのかも? 

 僕が、奮闘しているだろうリンスター公子殿下に思いを馳せていると、腕の中のリディヤが頬を少し膨らませた。


「……リドリーの心配なんかするだけ無駄よ。あんたが考えるのは、御主人様である、私のこと! でしょう?」

「……感情を読むのは反則だと」「紅い弱虫毛虫、邪魔」

「っ!?」

 

 突然、アリスが近づいて来て、僕からリディヤを引きはがし、無造作に放り投げた。とんでもない剛力!

 空中で体勢を立て直し、紅髪の公女殿下は着地。

 腰に提げている剣の柄に手をかけ、美しく微笑んだ。


「……どういうことかしら? 返答によっては容赦しないわよ?」

「どうもこうもない。アレンの獣耳と尻尾を最初にもふもふするのは私。千載一遇の機会を逃したことを――後々まで後悔すればいい」

「なっ!? あ、あんたねぇ……そ、そんなの、許されるわけ」

「てぃ」「あ! こらっ」「~~~っ!?!!!」


 アリスは軽く跳躍し、僕の獣耳に触れると、尻尾を抱きかかえるように背中へ回り込んだ。

 リディヤが口をパクパクし、声なき悲鳴をあげ、シェリルが右手でとんでもない規模の光魔法を発動させながら、左手を挙手。 


「はいはいっ! 次は私っ!! 予約したからっ!!!」

「……そういうものじゃないと思うんだけど。ああ――アーサー、すいません。此方、本物のシェリル・ウェインライト王女殿下です。そして」

「は・な・れ・ろっ!!!!! この、腐れ勇者っ!!!!!」


 紅髪の公女殿下は癇癪を爆発させ、炎の凶鳥を放とうとし――掻き消える。

 リンスターの誇る炎属性極致魔法『火焔鳥』を消失させながら、珍しく状況に戸惑った様子の、英雄様へ片目を瞑る。


「そっちの子が、リディヤ・リンスター公女殿下。『剣姫』の方が、此方では知られていますかね?」

「――……ああ。そうだな」


 アーサーは金銀の瞳を瞬かせ、頷いた。

 ……天下の『七天』様にこんな反応させてしまうなんて。僕は何時、この子達の教育を間違ったんだろう?

 やや深刻に考えながら、魔杖を振るい、シェリルの魔法を補助する。

 ただでさえ強大な浄化の光に紫電が混ざり、アーティの胸から、【龍の心臓】の断片と世界樹の最も古き新芽が、ひき剥がされていく。

 本来、こんな所に来るべきじゃない王女殿下が、心底嬉しそうに声を弾ませる


「ふふふ――……アレンと共同作業しちゃった♪ ねぇ、リディヤ、どう思う~?」

「………………うふ★」


 まずい。

 リディヤの眼が完全に座り、腰の剣に手をかけた。

 僕はどうにか動こうとするも――背中で尻尾を抱きかかえ「もふもふは良きもの。『雷狐』偉い。とてもとても偉い」と、御満悦なアリスに拘束されて動けないっ!

 アーサーへ視線を向け、救援を要請するも「『剣姫』と『光姫』――よもや、二人同時とはっ! アレンも隅に置けんなっ!!」と、楽し気だ。


 ――紅髪の公女殿下と視線が交錯。


 そこにあったのは、強い強い拗ね。

 まるで、王立学校や大学校時代に戻ったみたいだ。

 …………仕方ないなぁ。

 僕は片目を瞑り、


「っ! ――…………ぁぅ」


 リディヤと魔力をより深く繋ぎ、素直な想いを伝えた。


『――君が来てくれて嬉しいよ。ありがとう』


 途端、公女殿下の頬が真っ赤に染まり、両手を抑え、固まる。

 アーティと繋がっていた気持ち悪い金属の触手が、数える程になってきた。

 僕は、尻尾に御執心な美少女へお願いする。


「アリス、最後は頼めるかな? シェリルと僕じゃ、勝手が分からない」

「――ん。斬ったら、即『銀氷』でどっちも凍結させて」

「了解」

 

 短く応じると、アリスは僕を解放し――左手に雷を纏わせた。

 それだけで、『光姫』と『七天』の表情にも緊張感が浮かび上がる。

 ……出来れば、『剣姫』様もそうであってほしいんだけど「……えへへ♪」完全に浮かれてしまっているようだ。

 アリスが手刀を一閃。


 ――アーティから、禍々しいモノが切り離される。


 同時に僕も魔杖を振るい、心臓と新芽、アーティの傷口を凍結させた。

 力を喪い、地面へと落下する少年へ浮遊魔法を発動し、近づく。

 ……覗き込むと呼吸をしている。

 心底ホッとしつつも、用心の為、少年を植物魔法で縛り上げ、僕は王女殿下へ頭を下げた。


「いきなりだったけど、助かったよ。有難う」

「気にしないでいいわ。だって、その代わりに、後で獣耳と尻尾、触らせてくれるんでしょう? で、どうしたの、それ?? 凄く可愛いわ!」

「……ちょっとね。さて」


 僕は軽く応じ、ゆっくりと視線をシェリルと合わせた。視界の外れでは、アリスが凍結させた心臓と新芽を回収し、虚空へと投げ込んでいる。

 さっきまで、字義通り光り輝く笑顔を見せていた王女殿下が空気を察し、おどおどする中、詰問する。

 ――戦略転移魔法は半妖精族の切り札。そう簡単に撃てはしない。


「シェリル、教えてほしいんだ。いったい何時から――魔工都市に来るつもりだったのかな?」

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