第20話 覚醒

「教授! 何とかならないんですかっ!?」


 私は居ても立っても居られず、王国屈指の大魔法士に叫んだ。

 激しく切り結んでいるリリーと【天下無双】へ、厳しい視線を向けていた教授は、眼鏡を直し、頭を振る。


「……やってやれないことはない。が」

「『今』ではありませぬ」


 歴戦の『大魔導』が言葉を引き取る。

 リリーは、まるで舞うように回転しながら刃と灰炎を老剣士へ叩きつけ、押し込んでいく。今、私達が手を貸せば――学校長が冷厳な現実を突きつける。


「魔剣『灰桜』は、西方諸部族が炎剣『真朱』を叩き台とし、全ての知識と技術、魔王戦争で得られた魔族の禁術と、封印されていた魔短剣を打ち直し作り上げた代物。怒りに我を忘れ、灰炎に呑まれつつあるリリー・リンスターでは……」

「敵味方の区別は出来ないかと。アンコ様があの場に留まられているのは、アレン様が間に合わない場合に備えて、でございます」


 淡々とした口調と裏腹に、心配そうなアンナも考えを補強する。

 確かに、アンコさんの周囲の岩石や地面も傷つき、抉れ、砕けていく。

 【堕神】を遮二無二に攻め立て、燎原を拡大しているリリーが、それを気にしている様子はない。

 アーサーが歯軋り。


「だが、あのままではまずいぞっ! リリー嬢の剣技と魔法も凄まじいものだが、明らかに奴の動きが変わりつつある。見よっ!」


 跳躍した老剣士へ四羽の『火焔鳥』が放たれ、灰炎の『大花』と共に逃げ場をなくす。これは絶対に躱せない。

 そして、込められている魔力からしても、捉えれば【堕神】の魔法障壁を引き裂き、一時的な戦闘不能に陥れるだろう。

 けれど、リリーは手を緩めず、魔剣を横薙ぎ!


 ――老剣士の唇が愉悦に歪んだ。


『!』


 私達は全力で軍用戦略結界を補強し、同時に何重もの石壁も発生。教授と学校長の槌魔法!

 衝撃と轟音の中、アンナが小さく小さく「……まさか」と零した。一気に土煙と灰炎が巻き起こる。

 暫くして――衝撃が収まり、目を開けると、


「な、何よ、これ!?」


 戦略結界内だというのに、石壁は半ばまで崩壊。

 眼前の荒野には新たな亀裂が発生し、燎原の中では今や髪まで灰炎に染まりつつあるリリーが魔剣を持って佇み、前方の炎に揺らめく影を睨みつけている。

 地形すらも変容させる激突の中、先程と同じ場所に立っていたアンコさんが鋭く注意を喚起した。


「気を付けて! ここからが本番」

「ほ、本番って……」

「シェリル嬢」


 アーサーが影に向かって、左手の剣を突き付けた。

 ……何? アレ?

 今まで見てきた老剣士じゃない。もっと、もっと……怖い存在だ。

 教授と学校長は、次々と未知の大規模拘束魔法らしきものを準備している。

 栗茶髪のメイド長が手を握り締め、その場で幾度か跳びはねた。


「教授、ロッド卿。私はリリー御嬢様を御守りせねばなりません。よろしいでしょうか?」

「……アンナ」「……君にはシェリル王女殿下の護衛を任せたいのだが」

「私はリンスター公爵家メイド長でございますので★」

「アンナ、私も――」


 行くわ。

 そう告げようとした私の言葉は、炎を断ち切った氷の斬撃によって断ち切られた。

 すぐさま『大花』が重なり防御するも十数枚の内、最後の一枚を残し全てを両断し、凍結させた。


『…………ほぉ。防いだか。やはり、中々やるな、小娘』

「「!」」

「……『灰桜』の魔力に呼応を?」

「だが早い……早過ぎる! 聖霊教の仕込んでいた何かしらの魔法であろう」


 若い男の声に私とアーサーが驚く中、教授と学校長は顔を顰めた。

 一歩荒野を踏みしめる度、炎が死に絶え、漆黒の氷が広がっていく。

 リリーの前に現れたのは、雑然とした黒髪を紐で束ね、傷だらけの鎧を身に纏い、自らの身長よりも長い片刃の剣を持つ剣士だった。年齢はおそらく二十代後半。野性味溢れ、如何にも豪傑然としている。

 一見、人族だが……違う。絶対に違うっ。

 その証拠に、瞳で輝いているのは漆黒の氷玉で、周囲にも漆黒の氷片が舞い、上空では吹雪が発生しつつある。

 この男は紛れもなく先程までリリーが交戦していた【堕神】!

 何時の間にか、アンコさんの隣へと移動したアンナが目を細める。


「……出来れば、生前の全盛期の姿なぞ取り戻さず、自壊していただきたかったのですが……土台が英雄級ともなると、そうも参りませんか」

「『六波羅』はしぶとい。それが取り柄。神に堕ちても変わらない」

『うぬ? どうやら、我を多少は知る者がいるようだな? うむ! 幾度破れようとも生き残り、最後に勝てば良いのだっ!! ――己が刀にて、北域より来し【獣】を狩ること十数度。世界を震撼させし【黒禍】に挑むこと七度。その内六度生還した秋津洲一の侍――六波羅鬼王丸義久だ。我が貴様等を全員斬るまでの短い間となろうが、以後見知りおけ!』

『…………』


 私達は絶句し黙り込む。

 『侍』? 古の時代に大陸極東にいたっていう? 

 他の単語の意味は分からない。『刀』っていうのは、今までの話からして、あの武器の名前だろうけど……後でこれもアレンに報告しないと。 


「…………」


 灰炎を揺らめかせ、リリーが魔剣を直上に掲げた。

 長い紅髪が灰色に染まり切り、魔力そのものも変わっていく。

 アンナとアンコさんが、深刻な様子で何事かを話している。

 刀を肩へ置き、【堕神】が顎に手をやった。


『おぅおぅ。荒々しき剣技と炎よ。我は余程嫌われたと見える。憤怒を贄とし、自らの意思すらも魔剣に差し出す覚悟……うむ。悪くなし! 来るが良い、魔女と理外の血を持つ娘よ!! 貴様も我の糧となれっ!!!!!』 

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