第19話 リリー・リンスター

「…………」


 長く所々に灰炎を帯びた深紅の髪を靡かせ、リリーは黙り込んだまま魔剣の感触を確かめるように振るった。

 斬撃が【天下無双】の脇を通り抜け、遥か後方の小さな丘を切断し、上空へ土煙を巻き起こす。尋常な威力じゃない。

 アンコさんが振り返り、私達へ指示。


「結界を全力強化。リンスター、ウェインライト、そして、あの子の――アレンの魔法式が完全に噛み合っている。斬れ味だけなら、全力に近い力を引き出せる」

「……了解した」「……はぁ。また、アレンか」


 学校長が重々しく頷き、教授は嘆息した。

 栗茶髪のメイド長も左手を振り、結界内部を支えるように『絃』を張り巡らせた。 

 そして、切迫した表情になり零す。


「リリー御嬢様の魔法式はアレン様と同じもの。……まさか、それがこんな所で悪影響を及ぼすとは」

「……普通は使いたくても使えないんですけどね。私とリディヤも散々練習してきましたけど、簡易式ですし……」


 アレンの魔法式は、既存のそれと大きく異なる。

 王立学校時代ですらそうだったのに、日々細かい修正が加えられていて、最新のものは精緻極まり……ちょっとだけおかしいと思う。

 当然、そんなとんでもない魔法式をそのまま使いこなせる人は稀。

 私の知る限り、テト・ティヘリナとリリー・リンスター以外はいない。

 リディヤ曰く、


『あいつは歩みを止めない。何があっても止めない。魔法式はその象徴みたいなものね。理解出来ても、実際に扱える気がしないわ。テトとリリーには、その点に関して言えば私を超える才がある。少し悔しくもあるけれど……。ま、私はいざとなったら、全部あいつに制御してもらうし? 実質的に一緒だし? 魔力も全部渡しちゃうし?』


 ……そうも言っていられないかもしれないわよ、『剣姫』様。

 アレンや貴女達が間に合わない場合――リリー・リンスター公女の纏う『緋衣』が勢いを増した。

 魔剣『灰桜』を両手持ちにして、剣をゆっくりと後方へと下げていく。

 リディヤに良く似た構えだ。

 年上少女が、紅髪を浮かび上がらせながら呟いた。


「……お呼びじゃないんです。とっとと死んでください……」

『っ!』


 凄まじい殺気が【天下無双】に叩きつけられ、周囲を舞う炎の『大花』が灰色に染まって行く。

 対して、ますます口元を歪めた古の英雄は、得物を前方に構え真正面から迎撃態勢を取った。

 リリー・リンスターが目を細め――消えた。


 大気を、地面を、結界を震わせる衝撃。


 一瞬で間合いを殺し、容赦な首を刎ねようとした年上少女の横薙ぎを、老剣士は易々と受け止めていた。戦術転移魔法っ!?

 反動を使って、リリーはその場で一回転。

 頭上から魔剣を振り下ろした。

 再びの大衝撃。

 鍔迫り合いをしつつ、十数の『大花』だけでなく、『緋衣』の一部がまるで生きている炎刃のように変化し、【堕神】を切り刻み、貫こうとする。

 ――老剣士の唇に笑みが浮かぶ。

 直後、閃光が走った。

 炎を散らし、必殺の攻撃を悉く凌ぎながら、後退していく。紛れもない神業だ。

 学校長が風魔法を発動。リリーの怒りが耳朶を打つ。


『……あの人から貰った物を壊した貴方なんか、とっとと燃えてしまえばいいっ!!!!!』


 戦術転移魔法を駆使して、老剣士に接近。

 『大花』を無数の炎花へと変容させて叩きつけ、迎撃と跳躍を強制する。

 【天下無双】は一息の間に千近い炎花を切り裂き、残りは身体から発生させた漆黒の氷棘で防ぎながら、空中へと退避した。


 ――数えきれない灰色の炎閃が老剣士を貫く。


 濃密な殺意と共に四羽の『火焔鳥』が荒野の空を飛翔。大爆発を引き起こした。

 灰炎が荒野の全てを燃やし尽くしていく。


「……す、凄い……あの子って、こんなに強かったの……? い、今の突き技……見たことない……」

「ぬぅ……これ程とは……」

「体格と魔力量故に、どうしても力と身体強化魔法に劣られたフィアーヌ御嬢様の得意技でございます。リンスター家中に人多しと謂えども、あの技を正面から凌いだのは、大奥様と奥様だけだと記憶しております」

「フィアーヌはリサとは別系統の良い剣士だった。……ここだけの話、当時は『剣姫』候補にすら名前が挙がっていたんだ。すぐ家庭に入ってしまったけどね」

「『灰桜』があると謂えど……血は争えぬようだ」


 私とアーサーの独白に、アンナ、教授、学校長が反応してくれた。

 右手を胸に押し付け、惨状を作り出した少女を見つめる。

 リリー・リンスター。

 旧エトナ、ザナ侯国を治めるリンスター副公爵家長女。

 リディヤ、リィネの従姉でありながら、メイドを志すちょっと変わった女の子。

 勿論――『リンスター』なのだ。決して弱い筈がない。

 何よりリンスターのメイド隊は完全実力主義。

 私の護衛を長年務めてくれているノアやエフィですら『……あの御家とハワード公爵家のメイドになるのは、相応の覚悟が……』と苦笑していた。


 そして――リリーはその第三席。


 実力通りと言えば、そうなのだろうけれど。でも。

 アンナが表情を険しくした。


「……リリー御嬢様……もう、その辺で……」


 上空の爆煙から、氷刃がリリーに向かって降り注ぐ。

 灰色に染まり切った炎花が自動で迎撃する中、普段とは似ても似つかない恐ろしい雰囲気を背に纏っている年上の少女が怒号。


『とっとと降りて来いっ!!!!!』


 大上段に得物を構えた【天下無双】が飛び出してきた。全身からは、ちらちらと灰炎が噴き出し、氷枝と鬩ぎ合っている。

 年上少女は髪と瞳を深紅に染め上げ、魔剣を上空へ向け突きを放った。

 リリーの『緋衣』が灰色に染まっていき、魔力もまた変容していく。

 ……嫌な感じだ。とてもとても嫌な感じだ。

 老剣士の長大な得物と年上少女の魔剣がぶつかり合い、黒き氷と灰炎が破壊を振りまく中、対岸に佇むアンコさんが独白した。


「……あの子に『灰桜』はちょっと早過ぎる。もう時間がない……このままじゃ。アレン、まだなの?」

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