第43話 夜話

「灯が見えたから来てみれば……私に黙って何をしているの?」

「リディヤ、起きてたのかい?」

「まぁね」


 その日の夜、中庭に置かれている椅子に座り、夜涼みをしていた僕へ声をかけてきたのは、寝間着姿(※僕の服ではない。じっと見られはしたけれど)の我が腐れ縁。綺麗な赤髪は、月夜でも輝いている。

 昼間、はしゃいでいたから寝てると思ってたんだけどなぁ……僕が魔力で灯りをつけたのに気付いたのだろう。

 ――ティナ達は流石にぐっすりと寝ているようだ。もう、夜中だしね。

 我が家は古い建物だけれど、泊まる部屋には事欠かない。

 でも、流石に一人一部屋は望むべくもなく……年少組と年長組とに分かれる事になった。

 仮にも公女殿下とお嬢様相手にそれは、と少し躊躇していたら――


『凄く楽しいですっ!』

『こういうのも良いと思います』

『あの、あのアレン先生……眠るまで、手を握っていただいてもいいですか?』

『『抜け駆け禁止っ!』』


 楽しそうで何より。

 年長組は、カレンとステラ様。そして、表面上はあっさりと承諾した今は絶賛、猫被り中の某公女殿下。……視線で要求しても駄目です。

 その他諸々、夕食後にも色々あったのだけれど、皆、旅の疲れが出たのだろう。お風呂に入った後は、すぐに寝てしまった。

 そんな中、一人目がさえてしまい寝付けなかった僕は、こっそりと買っておいた赤ワインとチーズを御供に夜涼みを楽しんでいたのだ。

 リディヤが、つかつか、と近づいて来て、当然の如く真向いの椅子へ座る。

 やれやれ……赤ワインを飲み干す。


「ズルい。私にもグラス」

「ないよ。これは僕の」

「ならそれで飲むわ。はい」

「まったく、もう。仕方ないなぁ」


 苦笑しながら、赤ワインをグラスへ注ぐ。

 明日、起きれなくなっても知らないよ?

 僕の懸念も何のその、美味しそうにリディヤは赤ワインを飲みほした。


「ん、美味しいわね、これ」

「王都には出回ってないと思うよ」

「へぇ。ねぇ」

「職権乱用はしません」

「なら、私が注文するわ。取りあえず、20本。貴方の部屋に送っておいて」

「……そこは自分の屋敷に」

「い・や♪」


 楽しそうに笑っている。

 ……僕は何処で、君の育て方を間違えたんだろうね?

 黙っていれば、凄く美人さんなのに。中身がなぁ。

 グラスを取って、赤ワインを再度注ぐ。飲もうとすると抵抗感。


「僕の番だと思うよ?」

「御主人様最優先でしょう?」

「誰が誰の御主人様なのさ。ほら、そろそろ寝ないと」

「『――リディヤは相変わらず綺麗です。最近は僕や御家族以外の相手にも、優しく笑うようになってきました。嬉しいですが……少し寂しくもあります。我が儘ですね』」

「…………」


 そっと、グラスから手を放す。

 映像宝珠で撮っていたとは……くっ、アンナさん仕込みか……。

 勝ち誇る我が腐れ縁。


「ふふ。いい物を手に入れたわ。あら? どうしたの? この小さな灯でも分かる位、顔が真っ赤よ?」

「……僕をそんなに虐めて楽しいかい?」

「ええ、とっても」

「……そろそろ拗ねるよ。拗ねるからね。今日はただでさえ、酷い目にあって――」

「私は嬉しかったわ。お義母様だけだったら、貴方を抱きしめてたと思う」

「……もう酔ったのかい?」


 思わずまじまじと見つめてしまう。

 珍しく優しい笑顔。

 彼女の手が僕の頬に触れる。相変わらず少し冷たい。


「本心よ。ただ」

「ただ?」

「私よりも、あの子達の事を書いている件については……きちんと説明して! 私が納得するまで、何度でも」

「あのね……リディヤ。僕は彼女達の家庭教師なんだけど?」

「……ダメ。許さない」

「はぁ、まったく」


 おちおち拗ねてる暇もない。

 僕も手を伸ばし、嫉妬している我儘お嬢様の髪に触れる。

 そして、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「リディヤ」

「何よ」

「分かってると思うけど……僕と君とは、とまではいかないまでも、それに近いんだ」

「そうね」

「だから……その、分かってるだろう?」

「さぁ、何をかしら?」

「…………今日の君は本当に虐めっ子だね」

「誰かさんには負けるわ。いい? 小さな子に手を出しちゃダメよ? 出したら、今度こそ水都へ拉致するから」

「それを許してくれるのは、リサさんとアンナさんくらいだからね?」

「……ケチ」

「はいはい」


 どっちが拗ねてるのか分からない。

 まぁ……偶にはいいさ、こういうゆっくりとした時間も。

 そう言えば伝えておかないと。


「リディヤ」

「何? 悔い改めて、今後は手紙の半分以上、私の事を書く気になった?」

「――ありがとう」

「へっ?」

「ありがとう。二人に詳細を報せておいてくれて」

「……何の事かしら。べ、別に、わ、私はそんな事してないわよ。カレンじゃないの?」

「カレンも報せてくれていたと思う。けど……君が、真っ先に報せてくれてたんだろう? あの時、君に会う勇気がなかった僕なんかの為に」

「……そういう言い方、好きじゃないわ」

「ごめん」

「……話せたの?」

「うん」

「そう。なら良かった。はい! この話はお仕舞に――ねぇ」

「待った。確かに感謝はしてる。してるけど、駄目です」

「あら? 私は何も言ってないわよ?」


 ニヤニヤと笑み。楽しそうだね、ほんと。

 ……この後、二本目の赤ワインを飲み終えたところで、リディヤがおねむになったのでおひらき。

 お酒にそこまで強くない我儘公女殿下を、僕がどうやって部屋まで運んだのかについては、他の子達に黙っていようと――



「兄さん、お話があります」

「……カレン、気付くのが少し早くないかい!?」

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