第31話 再交渉

「本日は、再び時間をいただきまして、有難うございます」

「いえ。早速ですが、どのような御用件でしょうか? 御社とは取引出来ない旨をお伝えしたかと思ったのですが」


 目の前に座る小僧――アレンが尋ねてくる。

 どの口でそんな言葉を言って……


「先日は申し訳ありませんでした。これ程大きな取引をさせていただいた経験に乏しく、誤った条件書を渡してしまったのです。本日はそのお詫びと、新しい提案書をお持ちさせていただきました」

「貴女は?」

「申し遅れました――エルンストが娘フェリシアと申します」

「フェリシア、黙っていなさい。今は大事な商談中――」

「では、その新しい提案書を見せていただけますか?」

「こちらになります」


 小僧は気にせず、提案書を要求。

 フェリシアもさっと渡してしまった。

 ……前回よりも地味で、取引希望は僅か1種類。量も少なく、旨味も乏しい。

 どうして、こんな内容で良し、とこの子は考えたんだろうか?

 提案書も要点を箇条書きした単純なモノ。

 これを正式に提出するのは――と、反対したが押し切られた。


「――エルンスト会頭」

「は、はい――何でしょうか?」

「素晴らしいです。是非取引をお願いします」

「……えっ?」

「前回は、此方がリストで提示したワインと農作物全てを取り扱いたい、というものでしたが――今回は、赤ワインのみ。貯蔵場所と販路についてもしっかり書かれています。納品方法も一括と明記されている。これならば、両公爵家を説得する事が出来ます」

「は、はぁ……」

「ご不満ですか?」

「い、いえ……ですが……赤ワインだけでは」

「――お父様」


 フェリシア、だけど――この程度の取引ならば両公爵家と組む必要もない。

 儲ける為には数量が足らな過ぎる。加えて一括納品。売れなければ倉庫を圧迫してしまう。

 勿論、布石なのは分かっているが……もっと食い込む事も……。


「どうされますか? こちらとしては仮契約を結んでも構いませんが」

「……少しお時間を」「質問してもよろしいでしょうか?」

「質問ですか?」

「はい。リストには赤ワインしか記載されていませんでしたが……他のワイン、もしくは違うお酒はないのでしょうか?」

「フェリシア、黙りなさい」

「どうしてそう思われたのですか?」


 小僧が浮かべていた笑みを消した。

 そして、フェリシアを見る。

 な、何だこの緊張感は?


「リンスター公爵家が、ワイン造りを熱心に奨励されているのは有名な話です。今までは領内でほぼ消費されてしまう為に出回らなかった――けれど、今回こうして大々的に売りに出されるのです。一種類だけとは思えません」

「続けて下さい」

「そして、ハワード公爵家は今回農作物を中心に売り出されていますが、それはリンスター公爵家も同じです。ならば、量はともかくとして、バランスを取る為に北方で飲まれている独自のお酒を用意したのではないかと」

「ははは、そんな事ある筈ないだろう」

「――どうなのでしょうか?」


 フェリシアが小僧へ強い視線を向ける。

 しかし穏やかな笑み。どういう事だ?

 ――ノックの音が響いた。


「失礼致します」

「いいタイミングです。アンナ、聞いて下さい――ばれていました」

「アレン様の負けですか。奥様へ報告をしなければ」

「虐めないで下さい。フェリシアさんはもう15歳になりましたか?」

「はい」

「では、お酒も大丈夫ですね? 透明な物は少しキツイですよ」


 目の前に置かれたのは、三つの小さなグラス。

 中に入っているのはそれぞれ違う酒だ。

 左から薄い赤、白。これはワインか。透明な物は?

 それぞれを口にする。美味い。

 特に透明なこれは――強烈! 喉が焼けるようだ。


「けほっ、けほっ」

「アンナ」

「フェリシア様、お水を」

「あ、ありがとうございます……」

「どうでしょう? 僕は美味しいと思っています」


 確かに。

 しかし、この透明な物は難しい。一般受けはしまい。


「お父様、どう思いますか?」

「……ワインは売れます。この透明な物は難しいでしょう」

「なるほど。では――どれになさいますか?」

「えっ?」

「どれか一つもお取引したいと思います。細かい資料は」

「こちらでございます」


 アンナ様が、私とフェリシアへ資料を渡してくれた。

 ――物量はどれもない。

 だから、リストに書かず交渉の隠し玉として使ってきたのか……。

 透明な酒は北方の物らしい。

 どれも王都では珍しい酒だ。値は取れる。

 ここはワインのどちらかを選ぶのが得策か。


「私はこの透明な物が良いと思います」

「!?」

「ほぉ」

「お父様、このお酒はどれも美味しい、と私は思った。間違っていない?」

「そ、そうだな。だが……」

「だったら――北方出身の方達にこれを提供したいと思う。駄目かな?」

「会頭――どう思われますか?」


 二人からの視線――気付けば仮契約書にサインしていた。

 その後は、前回と一転して和やかな雰囲気で歓談。

 フェリシアを連れて来て正解だった……。


「――フェリシアさんのご卒業後は?」

「実家を手伝おうと」

「そうですか。お願いがあったのですが……」

「遠慮なく仰って下さい。いきなり、嫁に、と言われたら断固反対をさしていただきますが、ははは」

「それも大変魅力的な提案です――フェリシアさん、卒業後よろしければ一緒に働きませんか?」

「はっ?」「……えっ?」


 突然の申し出に思考が止まる――今、何と言ったのだ?

 この子がいなくなれば我が商会はどうなる!?



「勿論、御実家の仕事に携わりながらで構いません。ですが、外の世界を見てみるのも――悪くない選択肢だと思いますよ?」

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