第4話 奇縁

 水都は、僕の故郷である王国の東都と同じく、無数の水路や小さな運河が蜘蛛の巣のように張り巡らされている。

 廃教会の展望台で見た都市を南北に貫く大運河は凄かったけれど、日常生活を支えているのは、水路や小さな運河を通るゴンドラの数を見ていれば分かる。東都と変わらないなぁ。

 パオロさんに渡された地図にはゴンドラ乗りの名前も書かれていたので、面倒事もなく、外せない有名な場所は、ぐるり、と回ることが出来た。

 例えば、『世界の広場』という名前の、水都南部入口近くにある正方形の大広場。

 四方に柱が立ち、有翼獅子の像が飾られている姿は、数多くの旅行記で書かれ、一度見てみたかったのだ。

 普段は多くの観光客でごった返しているらしいのだけれど、今日は疎ら。僕等以外は、肌がやや浅黒い、南方島嶼諸国の人達ばかりだった。

 僕は広場をもう少し見学したかったのだけれど、腐れ縁と幼女には少し退屈だったらしく、移動。

 大バザールでは、様々な南方産の果物や野菜、香辛料。珍しい魚介類。

 う~ん……ここにティナと連れてきたら一日がかり、いや、数日かかるかな。フェリシアは、もう交渉して販路を押さえてそうだ。

 くすくす、笑っていると、前の店で布を見ていた腐れ縁が振り返った。左手は僕の右手を握りしめている。


「な~に、笑ってんのよ」

「ん、何でもないよ」

「……怪しい」

「はいはい。その布、買うのかい?」

「私じゃなくて、この子用、ね?」

「♪」

 

 足に、薄紫色の薄布を頭にアトラ被り、僕の足に抱き着いてくる。瞳はキラキラ。とても気に入ったらしい。

 様々な布製品を扱っているの店主が出てきた。黒髪の獺族の男性だ。

 水都には、大陸内だと東都に次いで大きな獣人族の共同体が存在し、中でも獺族は、多くが水運業や交易に関わっている。

 東の獺族がゴンドラを使うのは元々、水都にいた一族が魔王戦争以前に、移民したからなのだ。

 店主はアトラが被っている布を見ると、ニヤリ。


「御客人、目利きだねぇ。そいつは、南方島嶼諸国産の手織り品だぜ。中々の逸品だと思うぜ。そこの小っちゃな嬢ちゃんは獣人族みたいだし、少しまけてやるよ」

「う~ん、もう一声、お願いします。僕も外見はこうですが、東都出身の獣人なんですよ」

「兄ちゃんがかい? どっからどう見ても人族にしか…………ちょいと待ちな。今、東都って言ったか?」

「? ええ、そうですが、何か?」


 店主は額を押さえ考えこんだ。あ、この布も綺麗だな。

 振り向き、店の中へ叫んだ。


「アズ! ちょっと、来いっ!!」

「――……何よっ! 今、忙しいんだけど」

「いいから、来いってんだっ!」

「……いきなり、言うんだから」


 ぶつぶつ、文句を言いながら、獺族の少女が出てきた。

 背はエリーよりもやや高い。娘さんかな?

 僕達を見ると、ぺこり。


「前に、東都へ行った時のこと、覚えてるか? ほら、普段は口がわりぃ爺さんがべた褒めしてた」 

「お爺ちゃん? ――……あ~、王国の凄い学校へ行った、っていう?」


 おや? 話の流れが??

 いやまぁ、離れていても一族同士の繋がりは途切れていない、というのは、獺族の前族長と副族長に聞かされていたけれども……まさか、ねぇ?

 僕が現実逃避しようとすると、隣のリディヤが右腕に抱きついてきた。アトラも、尻尾を機嫌よさそうに振りながら、僕を見上げている。

 店主が大きく頷く。


「そう! そいつだっ!!デグの爺さんだけじゃなく、普段は口が悪いダグの爺までやたら褒めちぎってただろうが? 名前、憶えてるか??」

「名前? ん~……四年前だしなぁ。えっと、最初はア」

「アレン!」

「「! それだ!!!」」

「……アトラ」


 店主と娘さんが声を合わせ、あっさりとばらした幼女は更にニコニコ。

 抱っこを要求してきたので、片手で抱き上げてやると「♪」嬉しそうに顔をこすりつけてきた。

 店主が僕を見た。


「で、一応、確認だ。あんたが、アレンか??」

「あ~……」

「そうよ」


 今度は腐れ縁が肯定。見やると、ニヤニヤ。ぐぅ。

 店主は、呵々大笑。周囲にある獣人族の店から、人が出てきてこちらを窺い、一部では風魔法で盗聴している。


「そーか、そーかっ! そーかっ!! うし、なら、ちょっと待ってろや。色々出してきてやる。嫁さんのもいるだろうが? あんたに会った、ってのに、何もしなかったら、爺さん達に殺されちまうからなっ!」 

「嫁じゃ」「お願いするわ」 

「おーよっ! 待ってろや」

「あ、ちょっ!」


 止める間もなく、店主は店内へ。

 こ、この行動力……間違いなく、獣人族だ。

 娘さんが、再度、僕へ頭を深々と下げた。


「お、お父さんがすいません。まさか、本当にいる人だと思ってなくて……興奮しているんだと思います! まるで、御伽噺みたいでしたから」

「は、はぁ……えーっと、貴方達は、デグさんとダグさんとは?」

「血は薄いんですけどね。未だにやり取りはあるんです。実際に会うことは中々出来ませんけど。東都はとても遠いので。……本当なら、今年は私達が東都へ行く予定だったんですけど、北部がリンスターと凄く揉めてるみたいなので」 


 侯国連合内では、未だ極一部にしか汽車がなく、グリフォン、飛竜も活用されていない。船でリンスター領まで行くのが最短な筈。今の状況だと難しいのは分かる。

 自然に尋ねる。


「そんなに、リンスターとの紛争は長引いてるんですか?」

「あんまり話が伝わってこないんですけど……えっと」


 娘さんは周囲をきょろきょろ。手で僕に指示。

 耳を寄せると、声を潜め、教えてくれた。


「……あくまでも、噂話なんですけど、リンスターは強いだけじゃなくて、眼鏡をかけた『悪魔』がいるんだそうです。この短期間で大店おおたなが潰されていて大混乱を……どうかされました??」

「…………あ、いえ、なんでも、ないですよ」


 僕は天を仰ぐ。嗚呼、空が青いなぁ。

 休みを満喫したいんだけど……忘れていた。

 あそこの先代様は、第二次南方戦役で侯国を併合しつつ、経済に混乱を惹起させるどころか、公爵家の力を増進させた御方。

 フェリシアの能力に気づいて、楽しくなってしまわれたのだろう。

 腐れ縁へ目配せ。


『……これ、早めに戻』『ダメ』


 リディヤの頭が肩に乗り、アトラが歌う。


「あんたと私は休暇。……偶には休みなさいよねぇ」

「♪」

「…………」


 この二人には勝てない。

 アズさんに向き直り、お願いする。


「ああ、失礼しました。これもご縁ですし、色々、買おうと思います。この子達に似合う物を選んでくれますか?」

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