第3話 千年の都

 朝食を終えた僕等は部屋へ戻り、お出かけの準備。

 と、言っても、時間がかからない男の僕は既に部屋の外。

 ここに来る間に買った、リディヤとお揃いの白布帽子を被ったアトラも同じく。

 膝を曲げ、引っ付いている幼女と目線を合わす。


「人の姿のままで平気かい? 疲れたら」

「! !!」


 アトラは両拳を握りしめ『大丈夫だもんっ!』。

 ……まぁ、幼狐姿になってしまったら、服の中に入れてしまおう。

 多分、魔力が不安定なことに起因するんだと思うんだけど、こればかりはどうにも出来ない。僕の魔力で支えようにも、相手は伝説の大魔法『雷狐』。爪の先一つ分にもならないだろうし。

 にしても、今日のリディヤは随分と遅い。

 普段はもう少し早いんだけど――扉が開いた。

 …………。


「お待たせ」

「あ、あ――……う、うん……」


 目を合わせられない。

 すると、白布帽子に、淡い紅服姿の腐れ縁は容赦なく僕の左腕を抱きかかえ、顔を近づけて来た。


「か・ん・そ・う!」

「…………リディヤ、さ」

「なによ」

「不意打ちは、その……僕にだって、限界があるわけで、ね?」

「こたえになってなーい。ね? アトラもそう思うわよね?」

「♪」


 アトラはニコニコしながら頷き、僕へ笑顔を向けてきた。き、汚いっ。

 頬を掻き――普段はほんの少ししかないお化粧を、薄いながらもちゃんとして、口紅まで塗っている公女殿下を褒める。


「……綺麗だ」

「……ふ~ん」


 ようやく絞り出した言葉を受け、リディヤはますます強く左腕を抱きしめ、肩へ頭をこてん、と置いた。指と指を絡ませ、手を繋ぐ。

 アトラも嬉しそうに、僕の右手を握りしめ「♪」歌いだす。

 二人の高揚に反応し、紅と紫の光が明滅。まるで――生きているかのように。

 この光景を見たら、大部分の学者先生は倒れるんじゃないだろうか。

 とりあえず…………今、使っている魔法式も改良しないとなぁ。 

 照れ隠しに別のことを考えていると、リディヤが覗き込んできた。


「ほ~ら♪ 行くわよ。今日は特別に、あんたの好きな場所でいいわ」

「……と、言いながら、さっき、パオロさんの地図に赤字入れていたじゃないか」

「馬鹿ね」


 一切の迷いがない、純粋無垢な笑顔。

 ああ、うん。この後、言われることは分かる。


「あんたが行きたいな、って思っているけど、私とアトラのことを気にして行かないであろう場所を選んだの。どう? 当たってた??」

「――……と、言いながら、君だって絶対に行きたい所だったんだろ?」

「当たり前じゃない。だって」


 嬉しそうに、楽しそうに、そして――幸せそうに、リディヤは言った。


「今、私はあんたの隣にいて、あんたは私の隣にいるんだから。これ以上に望むことなんかないわ」


※※※


 侯国連合の実質的な首都である、水都の歴史は古い。

 何せ、嘘か真か『千年』続くと名乗っている程だ。

 元々、ひなびた浅瀬に過ぎなかったこの地を、代々の人々が営々と海上を埋め立て都市を拡張、築かれた大陸有数の大都市である。

 流石に千年は言い過ぎだと思うけど……この光景は本気で凄い。

 僕等の眼前に広がる水都の象徴の一つ、大運河。

 そこにかかる多くの橋が、帆船の航行を妨げないように、真ん中から左右に分かれ、一斉に上がり、通り過ぎると降りていく。

 そして、何事もなかったように、橋の往来と、ゴンドラの行き交いが再開。

 多くの本で『人生の内、一度は見るべきものの一つ』と謳われているけれど、全面的に同意する。都市を縦断するこんな巨大建造物を、魔法を使えるとはいえ、人が造ったというんだから、本当に凄い。

 パオロさんの秘密の場所の一つ目は『有翼獅子の巣』からさほど離れていない人気のない展望台がある廃教会だった。ぎしぎし、と音こそ立てたものの、全般的に造りはしっかしていて、問題なく最上層まで上がることが出来た。

 地図には『大運河を見るならば、ここが最適』。確かに


「! !! !!!」

「おっと、アトラ。はしゃがないでおくれ。危ないからね」


 肩車をしている幼女をたしなめる。

 勿論、僕等の周囲には念の為、浮遊魔法を準備しているけれど、落ちたりしたら――リディヤが呟いた。

 

「魔力」

「うん?」


 僕の左腕へ抱き着いたまま、見つめてくる。

 密着状態から、更に近づく。


「私と繋げば? そしたら、何があっても大丈夫でしょう?」

「駄目です」

「浅くよ、浅く」

「だーめ」

「……ケチっ」


 唇を尖らせる。油断も隙もない。

 第一、繋いだりしたら、僕が結構いっぱいいっぱいなのがバレるじゃないか。

 まぁ、懸念は分からなくもないけれど。

 

 ――ホテルを出た後から、数名につけられている。

 

 行動するならもっと早い段階でするだろうし、パオロさんは真っ白、とは言えないけれど、白判定。配置からして、かなりの手練れ揃い。

 リンスターのメイドさん達なら、もっと堂々としているだろう。

 と言うか、囮を差し出しつつ、最後の一兵まで撮影してくるのが容易に想像出来てしまう。もっと言えば、あの人達の性質を鑑みて、アトラに、当の昔に篭絡されてもいる筈だ。特に、アンナさん。

 つまり――僕等を監視しているのは、水都乃至は侯国筋。

 リディヤへ目配せ。即座に問うてきた。


『殺る?  全員、把握してるし、何時でもいいわよ』


 ……物騒な単語を。あと、明らかに強くなってない? 広域の敵相手に殲滅出来るようになったって。

 アトラを降ろし、腐れ縁のおでこをほんの軽く指で打つ。

 腐れ縁は不満気。


「……な、なによぉ」

「そういうことを軽々に言わない」

「言ってないじゃない」

「……ふ~ん」


 屁理屈を言ってきた腐れ縁から視線を外す。あからさまな動揺が伝わってくる。

 ……あ~、うん。

 分かってたけど、今回は重症だ。

 視線を戻すと、ぱぁぁ、と表情を明るくし、すぐさま、そっぽ。


「ち、違うんだから、ねっ! べ、別に私は、あんたに、怒られても、平気…………じゃないから……お願い、怒らないで……」

「怒ってないよ」

「……本当?」

「うん」

「なら」

「駄目です。繋ぎません。とりあえず、放置しよう」

「いじわるっ! ……了解。さ、降りるわよ、アトラ」

「♪」


 腐れ縁は僕へ文句を言いつつ、離れ、アトラと手を繋いだ。

 僕は反対側へ。幼女が真ん中になる形となる。

 リディヤが意気込む、


「さーさくさく、行くわよ。行きたい所は多いんだから!」

「はいはい」

「はい、は一回っ! 罰として、後でケーキ、あ~ん、の刑ね! 勿論、私も食べるっ!!」


 不安定。学生時代を思い出す。数日一緒にいれば、回復すると思うけど。

 まぁ今は――リディヤとアトラの頭を、ぽんぽん。


「! …………えへ」「! ♪」


 この子達と千年の都を堪能することにしよう。

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