第2話 朝食

「♪」


 僕の右隣に座るアトラが、美味しそうにオムレツを頬張っている。

 目線は僕等よりもやや低い程度。わざわざ子供用の椅子を用意してくれたらしい。しかも、朝食の内容も一緒。

 幼女はそれを見ると、満面の笑みを浮かべ、とても喜んでいた。

 この配慮、素晴らしい。流石は国家元首級も泊まる超一流ホテル。

 ――建物二階にある食事処に人は疎らだった。

 わざわざ案内してくれたパオロさんの話だと、王国と和平交渉が難航していて、各国からの観光客が激減しているのと、侯国連合北部の混乱が大きいらしい。

 得意客である、北部の大商人達がまったく泊まりに来ていないんだそうだ。


『……ここだけの話、水都へ来ている場合ではないのです。紛争にかこつけて、小麦他の生活必需品を貯め込んていたのがバレまして、主だった方々は釈明に連日、追われています。関与されていなかった方々も、混乱収拾の為、各地に張り付き、動けず。お偉い方々は言わずもがなです。我が祖国ながら、いやはや、リンスターとは恐ろしい相手に喧嘩を売ったものです。私の父が生きていたら、開戦前の段階で中央議事堂へ怒鳴り込んでいたでしょうな』

 

 リンスター公爵家に喧嘩を売る、か。

 僕なら遠慮したいなぁ。

 アトラを挟み、無言で食事中の、我が腐れ縁だけでもどうにもならないのに、リサさん&アンナさん率いるメイドさん達。肉を斬られて、骨まで断たれる可能性大。

 けど――……何だろうか、この違和感は。

 無論、リンスター家は『武』だけの家じゃない。

 ちらちら、と僕を見て、『私もあ・ま・や・か・せ!』と要求している淡い紅服の腐れ縁とて、経済戦他で色々やれるだろう。 

 

 が、妙に引っかかる。


 話をちらっとしか聞いていないから、何とも言えないけど、やり方がえげつなさ過ぎるような? 

 骨どころか、生かしたまま、髄液まで啜る……眼鏡少女の手紙を思い出す。


『侯国北部の経済は牛耳ります!』


 よもや…………いや、そんなまさか。

 ……うん、僕の気のせいだ。きっとそうに違いない。

 眼鏡少女が机に向かい猛烈な勢いで仕事をしつつ、僕へ嘯く幻が見えるけど、気にしない。


『え? 少しの情報漏洩と、必要十分な金貨があれば、これくらいは出来ますよね? アレンさんだって、出来るくせにっ! むしろ、私よりも、ずっ~っと、鮮やかかつ、いじわるに★』


 こういうのを冤罪と言います。

 幻だし、きっと、そこまではやってないだろう……多分、きっと、おそらくは。

 でも、怖いので旅行中、新聞を読むのは止めようかな。

 目の前の大きな窓からは、海が見える。

 無数の船の中には、最新鋭の魔導船までいる。空には無数の海鳥。行きかう人々。 

 北部が大混乱しているとは思えない、穏やかな光景だ。

 僕はハンカチを手に取り、幼女の口元を拭う。


「こ~ら、汚れてるよ?」

「♪ !」

「ん?」


 アトラがニコニコ笑い、オムレツが載ったスプーンを差し出してきた。御礼らしい。いい子だ。素直に食べる。


「うん、美味しい。ありがとう」

「♪」

「…………」


 喜ぶ幼女を挟んで座る紅髪の我が儘御嬢様が僕へジト目。

 言わん、とすることは分かる。そろそろ、限界らしい。

 パンを千切り、海鮮の出汁がよくでているスープへ浸し、差し出す。

 すぐさま、ぱくり。


「…………」


 無言のまま、また口を開けた。母鳥の心境。

 僕等の様子を見ていたアトラは、きょろきょろし、獣耳と尻尾を震わせ、リディヤの真似をし、大きく口を開けた。

 腐れ縁をたしなめる。


「ほら、アトラが真似するじゃないか。お仕舞いにしよう? ね?」

「やっ! いつも通りにしてっ! ……ん!」


 逆に、焼いた鶏肉を突き刺したフォークを差し出してきた。食べつつ、アトラの口へパンを放り込む。

 ……さっきから、ずっとこの循環だ。

 でも、アトラがいる分、普段よりはいいかな? 

 リディヤは少し満足したのか、次はアトラにも食べさせている。

 何だかんだ、可愛がっているのだ。大人げなく張り合いもするけれど。

 ――食事も終わりに近づき、パオロさんが台車を押しやって来た。

 上には頼んでおいたまだ、淹れる前の紅茶。


「アレン様、お待たせいたしました」 

「ああ、いえそんな。すいません、御無理を言いまして」

「御客様の御要望を叶えるは、我々の喜びでございます。お気になさらず」

「そう言ってもらえると助かります」


 食事を終えた僕は、立ち上がり紅茶の準備。

 実のところ、リディヤは家族と僕が淹れた紅茶や珈琲以外を飲むのが決して好きではないのだ。

 ここ最近はティナ達もいたし表には出てきていなかったけれど、こっちへ来た途端、再発。

 朝、寝癖を直していたら「……あんたの紅茶が飲みたい」とぼそり。我が儘御嬢様めっ。

 ゆっくり、丁寧に淹れ、最後の一滴まで注ぎ終え――リディヤの分に、普段は入れないミルクと砂糖を少し足す、僕の分も同じ。アトラはどちらもたっぷり。

 二人へカップを差し出すと、パオロさんがアトラのソーサーに焼き菓子を置いてくれた。


「! ♪」

「うん、食べていいよ。でも、その前に?」


 尻尾を大きく振ったアトラは僕を見た後、理解の色。

 リディヤに抱っこされて椅子から降り、とてとて、とパオロさんへ近づき、ちょこん、と頭を下げた。

 支配人さんは、一瞬、虚を突かれた後、幸せそうに微笑む。


「これはこれは。ありがとうございます、アトラ様」

「♪」

「ありがとうございます。御料理、とても美味しかったです」

「感謝の極み。アレン様、こちら、御依頼のものです」


 美しい紙がテーブルの上に。

 水都の地図だ。所々、達筆な字が走っている。

 パオロさんが片目を瞑り、続けた。


「私、水都生まれの水都育ちでして、この都のことは、隅から隅まで知っております。とっておきの場所も書いておきましたので是非」

「ありがとうございます。本当に助かります」

「いえいえ。これが、私共の喜びですので。では」


 支配人さんは、テーブルを離れていった。いい人だ。

 地図を眺めていると、アトラが膝上に上ってきた。

 顔を出し、興味津々。焼き菓子を食べながら、身体を揺らしている。

 その隙に腐れ縁は椅子を動かし、僕の椅子へ密着させた。

 右肘をつき、頬杖。前髪に付けた、紅のリボンが煌めく。


「…………ねぇ」

「十分以上に甘やかしてます」

「たーらーなぃぃ」

「紅茶。ダメだった?」


 かぶりを振って、にへら。

 手を伸ばし、リボンをつけた前髪に触れる。


「明日くらいには、僕が何かお菓子を作るよ」

「……私の好きなの?」 

「君が、大好きなのを」

「なら、まぁ、許してあげる」


 本当に困った公女殿下だ。

 ……場所はともかくとして、早い内に手紙も書かないとなぁ。

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