第44話 決戦! 魔工都市!! その⑧

 『賢者』の叫びを聞きながら、僕は冷静に戦力比を考えていた。

 ギルは既に数発の『雷王虎』を撃ち、魔力を消耗している。ゾイは『英雄殺し』を温存出来ているものの、逆に言えば前回の戦いで見せてしまってる。

 そして、当の僕は魔杖の魔力を使い果たし、残っているのは自前のみ。当然、人外の魔力を放出している頭上の魔法士に対抗出来る魔法はない。


 ……いや、あるにはあるのだ。でも。


 黒風によって、氷像と化したイゾルデから氷の破片が舞い散り、髪が靡く。

 右手に持つ魔杖の柄を、左手で触れると――淡い光を放った。


「アレン先輩?」「私達は退きませんからっ!」


 ギルが訝しそうにし、ゾイは機先を制してきた。

 片目を瞑り、後輩達へ指示する。


「ギル、ゾイ、ごめんよ。悪いけど、アーサー達が来てくれるまでは、付き合ってほしい。僕一人じゃ、時間稼ぎも出来そうにないからね」

「「! は、はいっ!!!!!」」

「ふん……自分の置かれた立場を分かっているようで何よりだ」


 後輩達が高揚し、魔力が一時的に向上する。

 対して、徒手の『賢者』は両手を拡げ、黒き風を集束させた。

 イゾルデを見やり、僕を嘲ってくる。


「それにしても……聖女の予測通りとなったな。仮に、お前が愚かなイゾルデ・タリトーを殺す決断していたならば、厄介な『七天』と『剣聖』がやって来るまでの時間を稼ぐことも出来ただろうに、殺さず、一時的な制圧を選択するとは。ふふふ……だから、お前は『欠陥品の鍵』なのだろうなぁ」

「騙されている女の子を害せ、なんて気分の悪い教え、両親から受けていないんですよ。こう見えて、育ちは良いんですよ? 貴方こそ――わざわざ僕達の足止めにやって来た、ということは」


 魔杖の柄に魔力を通し、なぞる。

 旧い旧い文字が浮かび上がり、微かに明滅した。……残念ながら、。僕の知識じゃ読めないだろう。

 黒風を生き物のように動かし、次々と風の刃を生み出していく『賢者』を揶揄。


「貴方方が欲しい物――【龍の遺骸】はこの場所にあるんですね? もしくは、そこへ向かう為の転移魔法陣かな?」

「……………やはり、お前は危険だよ。聖女が気に入っているわけだ」


 『賢者』はそう吐き捨て、左手を高く翳した。

 黒風の刃が渦を巻き、僕達を包囲していく。

 ギルとゾイは身体を強張らせるも、僕を守る態勢を崩さない。

 余裕があるように演技をしながら、続ける。


「その反応だと図星みたいですね。どうせ、僕達が圧倒的に不利なんです。後学の為に、貴方達が欲しているものを教えてくれませんか? 貴方が本物の『賢者』なのかは分かりませんが――」


 心の中で、ティナではなく『氷鶴』に助力を請う。

 頭の切れる公女殿下に呼びかけてしまうと、全てを察して全力で此方へ突入して来かねない。それは流石に悪手だろう。エリーとリリーさんも止めてはくれまい。

 なお、今までこんなに離れて誰かと魔力を繋いだことはないし、試したこともない。ぶっつけ本番だ。

 唇を歪めている魔法士へ告げる。


「旧時代の【龍の遺骸】と、それを隠れ蓑にした代物を無理矢理奪取しようとすればどうなるか、理解していますよね?」

「………………」

「ア、アレン先輩、それって、どういう?」「……『世界の律を守る者』」


 ギルが困惑し、ゾイは重々しく言葉を口にした。

 ――氷羽が微かに舞い、魔杖に吸収されていく。

 僕はくすり、と笑い、沈黙した『賢者』へ事実を突きつける。


「この世界には、『勇者』と七頭の『竜』がいる。どういう基準で現れるのかは、正直理解していませんが……少なくとも、今の貴方達がやろうとしていることは、『世界の律』を害するものでしょう? そして――」


 魔杖の柄に刻まれていた銘が淡い光を放ち、『氷鶴』のやけに嬉しそうな声が心中に響いた。

 宝珠が眩い光を放ち始めた。


「貴方が幾ら禁忌魔法や大魔法を使えても、『勇者』と『竜』には敵わない。つまり、事を起こした段階で貴方達にもまた時間制限がある……違いますか?」

「――……見事だ。ここでも、聖女の予測通りか。やはり、死んでおけっ!!!!!」


 そう言うと、『賢者』は左手を振り下ろした。

 無数の黒き風刃が、僕達を切り刻もうとし――


『!?』


 全てが氷片となり、霧散した。

 直後、魔杖はその姿を一変させ、銀蒼の氷杖へと変貌した。

 黒と蒼が混じった氷華が踊るように舞い、『賢者』へ襲い掛かる。


「っ! 貴様っ!!」


 黒風をぶつけ、凍結している屋敷の屋根へと後退した魔法士が歯軋りした。

 ……いや、とんでも過ぎる。

 内心戦慄していると、氷花が僕達を守るよう、勝手に布陣していく。

 ギルとゾイは振り返り、呆けた顔で僕へ尋ねてきた。


「……アレン先輩?」「……今度は何をしたんですか?」

「名前を教えてもらっただけだよ」


 苦笑しながら、人知を遥かに超えた魔力を解放しつつある魔杖を一回転。

 『氷鶴』はやけに張り切り、未だ繋がりを解こうとしない。曰く『ティナには内緒にしている。大丈夫。何も心配はいらない』。……余程、アトラとリアが顕現しているのに、自分は表に出て来れないのを気にしていたらしい。後が怖いな。

 屋根上の『賢者』へ視線を向けつつ、銘を口にする。

 雪風が巻き起こり、周囲一帯を強制的に【銀氷】の氷原へと変貌させていく。

 初めて『賢者』の口元が引き攣るのが分かった。


「この魔杖の銘は『導きし星月』。古の時代に世界樹の枝を用いて作られた、妖精族の至宝――らしいです。僕には使いこなせそうにはないですが、時間稼ぎくらいなら出来ると思いませんか?」

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