習慣
朝、目が覚めると知らない天井だった。
えーっと、僕は確か……意識が覚醒してきた。
そうだ、昨日は王立学校の入学試験を受けて、それで、リンスター公爵家に泊まって……。
起き上がり、窓のカーテンを開ける。眩しい朝の光が差し込んできた。
こんな非日常な経験をしていても、何時も通りの時間。習慣って凄い。
思わず出た欠伸を噛み殺し、洗面台へ。
――昨晩は大変だった。
夕食は、とんでもなく豪華。南方産の物をグリフォン便で毎日空輸する体制を取っている、とあっさり言われて唖然とした。公爵家って。
その後、疲れたので早めに休もうとする僕をリディヤ・リンスター公女殿下が、あーだこーだ、と引き止め長話に。
王国南方の話は面白かったし、夜食として出てきたお菓子もとても美味しかった。
……でも、夜中近くまでになるとは思わなかったなぁ。
顔を洗い歯を磨いて着替えをし、内庭へ向かう。
――最後の最後まで、部屋へ戻ろうとしなかった紅髪の少女が、すやすや、と寝た後、メイド長のアンナさんへ確認をしておいた。
『明日の朝、日課の魔法訓練をしたいんですが……庭でしてもいいですか?』
すると、リンスター家のメイド長さんは、悪戯っ子の表情を浮かべ、条件付きで許可してくれた。
……条件のことはあの子に内緒だ。
恥ずかしいし。妹くらいにしかしたことなかったんだけどな。
広い廊下を進んで行くと、数人のメイドさん達に出会ったので会釈と挨拶。
僕を見て笑顔で応えてくれた。何だか、嬉しい。
でも……
「え、えーっと……どうして、皆さん、付いて来られるんですか?」
「アレン様は大事な大事な御客様です」「万が一のことがあった場合、私共が叱られてしまいます!」「そうです! ……これは早番の役得、譲れません」「メイド長と副メイド長には内緒にしますので!」
「は、はぁ……」
僕の訓練なんか見ても、仕方ないと思うけどなぁ。
メイドさんを引き連れて、内庭へ。初春だけど、まだまだ寒いや。
アンナさん曰く
『訓練をするならば、内庭でお願いいたします。外庭ですとリディヤ御嬢様がお暴れになった際、少々、面倒でございますので★』
……暴れてほしくないなぁ。
身体を動かし、振り向く。
「防壁はどの程度にする?」「過去最大で!」「きっと、リディヤ御嬢様が来られるし!」「了解!」「映像宝珠の予備、持ってきますねー」
あっと言う間に、数十の防壁が築かれていく。手際、良いなぁ。
僕の日課、地味なんだけど。
――まずは、炎・水・土・風・雷、そして氷。
小さな魔法球を前方に一つずつ生み出し、消すのを繰り返し。うん、普段通り。
次に、炎と水を同時発動。
『!?』
高速で自由自在に動かし、数を増やしていく。
前方へ放つことは殆どせず仮想の相手を設定。
前後左右、上空から同時に発動。炸裂直前で消失させる。
地面下の魔法は……綺麗な内庭を傷つけたくないし、止めとこう。
防壁から、顔を出しているメイドさん達が唖然としている。
「……え? ね、ねぇ、アレン様って」「じ、十三歳です、よね?」「あ、あの魔法式って、既存のものじゃ……」「あれだけの数の属性を操るって……しかも『氷』まで!?」
「――貴女達★」
『!?!!』
穏やかな声が響いた。
魔法の発動を止め見やると、微笑を浮かべたメイド長のアンナさんが立っていた。
メイドさん達は、手を取り合って、ガタガタ、と震えている。
「御仕事に戻りましょうねぇ♪」
『は、はいぃぃぃ!!!』
蜘蛛の子を散らしたように、メイドさん達が撤収。
当然、数十の防壁は手馴れた様子で片付けている。う~ん。
アンナさんが近づいて来た。
「アレン様、邪魔をしてしまい申し訳ありませんでした。続きをどうぞ
! 私が、しっかり見ていますのでっ!!」
「は、はぁ……」
ニコニコ顔のメイド長。
……でも、瞳の奥はとても真剣のような?
釈然としないものを感じつつも、日課を再開。
光・闇の魔法球を足し、旧八属性に。
仮想の相手と相対。次々と、魔法球を放っていく。
……けれど、今朝の仮想相手は悉く躱し、斬ってくる。
これは、恐ろしく分が悪い!
汗をかく位に熱中していると――突然、拍手。
「御見事でございます! アレン様、その魔法式、どなたに師事されたのですか? 素晴らしい魔法制御! また、内庭のことまで御配慮いただきまして。是非とも、リディヤ御嬢様にも見習っていただきたものです。よよよ」
「は、ははは……。えっと、これは、僕が自分で組んだ魔法式なんです。既存の魔法式は使いにくくて。わざと、白紙の部分を増やし」
「――お待ちを!」
瞬間、アンナさんが僕の口を手で押さえた。
瞳は恐ろしく真剣。
「……誰にも師事されず、これ程の魔法式を御組みになられた、と?」
「ぷはぁ。あ、はい。そうですけど……何か?」
「…………」
メイド長さんは、無言になり考え込まれた。
僕は声をかけようとし――殺気!
八つの魔法球を上空へ放つ。
一撃で全てが両断。
音もなく、白の寝間着姿、かつ寝癖をつけた紅髪の美少女が内庭へ降り立った。足は裸足。
苦笑しながら、朝の挨拶をする。
「おはよう。早いね」
「…………おはよぉ」
「アレン様、リディヤ御嬢様、私、急用が出来てしまいまして、奥様にお会いしなくてはなりません。また、後程でございますっ!!」
「え? あ、はい」
メイド長の姿が掻き消えた。
どうしたんだろう?
小首を傾げていると、剣を鞘に納めた少女が近づいて来ようとしたので手で押しとどめる。
「待った」
「……なによぉ」
「そのまま歩いたら、足が汚れるだろ? 寝てればいいのに」
「はぁ!? あ、あんたは、私の下僕なんだから、本当は……その……起こしに……」
「? 最後、なんて?? まぁ、いいや。よっと」
「!」
公女殿下へ浮遊魔法をかけ、僕の方へ。
浮かすのは簡単だけど、動かすのが結構、難しいんだよね。
少女は、なされるがまま素直に傍へ。
「……あんた、自分が今、何をしたのか理解しているの?」
「リディヤ・リンスター公女殿下の綺麗な足を汚さなかったね。僕って偉い」
「……変人!」
「八つの魔法を同時に斬る女の子も十分、変だからね? 戻ろうか。昨日は遅かったし、まだ、眠いんじゃない?」
「そんなこと――……ねぇ。昨日、私を部屋に運んだのって」
おっと、まずい。それは秘密なのだ。
微笑み、浮かした少女を屋敷へ向け動かしていく。
「……ちょっとぉぉ?」
「何でもないよ。何でも」
「……怪しい」
公女殿下のジト目は無視。
これは言えない。
リサ様とアンナさんに要求されたとはいえ――目の前でむくれる少女を抱きかかえて、僕が運んだ、なんて。
それにしても……アンナさん、どうしたんだろう? リサさんと朝から話すことなんてあるのかな?
「ねぇー」
「うん?」
「……足、汚れたわ」
「あ、そうだね。メイドさんを呼んでくるから」
「あんたが拭いてっ! 下僕なんだからっ!!」
「ははは、御戯れを」
――その後、廊下で一悶着。
いやまぁ、結局、最後は拭いたけどさ!
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