第27話 一般メイド
「――アレン様、お退きを」
涼やかな女性の声が聞こえた瞬間、僕は光弾を風属性中級魔法『風神波』へ咄嗟に切り替え、発動させた。
暴風により、僕とライさん、シフォンの身体を後方へと無理矢理吹き飛ばす。
「せいっ!!!!!」
「「!?」」
直後、長剣と長槍を僕に突き立てんとしていた少年少女は、横槍をまともに喰らい、建物の壁に叩きつけられ土煙が立ち上った。
……今の一撃、あの子達が張り巡らせていた分厚い魔法障壁も砕いたんじゃ。
浮遊魔法で無事に僕達が降り立つ前で、謎の少年少女達に痛打を与えた布帽子を深く被り、淡い紫ワンピース姿の美しい女性もまた瓦礫の上へ着地した。
手に持っているのは、その容姿にそぐわない大金槌だ。
「えーっと……」「ロミー♪」
僕が呼ぶより先に、シフォンに跨るアトラが嬉しそうに名前を呼ぶ。
前方のヴィオラと老人を油断なく警戒しつつ、 眼鏡をかけた黒髪褐色肌の女性――リンスター公爵家メイド隊副メイド長のロミーさんは、微笑んだ。
「アトラ御嬢様、私の名前を憶えて下さって……歓喜の極みです」
「♪」
「ロミーさん、あの……どうして此処に?」
ライさんへ『絶対的な味方です』と目配せし、僕はおずおずと質問した。
壁が倒れ、土煙の中に少年少女の影が見える。
……効いていない、か。
南方島嶼諸国出身、かつ王国では依然として差別される『姓無し』でありながら、実力でリンスター公爵家副メイド長となったロミーさんが、大金槌を無造作に片手で回転させた。 風切り音が尋常じゃない。
「休暇でございます。それと……アレン様」
「は、はい」
鋭い視線に思わず背筋が伸びる。
冷静に考えてみれば、リンスターの副メイド長ともなれば、その権限は絶大。
戦時下ともなれば、軍の指揮権すら持ち、下手な貴族よりも地位は上。
……敬語にした方が良かったかな。
眼鏡の位置を細い指で直し、黒髪美女が叱責してくる。
「『副メイド長』を拝命こそしておりますが、私はあくまでも一般メイド。『さん』付けは不要に願います。……貴方様によって救われた者は、メイド隊にも数多いるのですよ? その者達に怒られてしまいます」
「ア、アハハ……そ、そういうわけには」
「では――」
衝撃が走り、ロミーさんの立っていた瓦礫が砕け散った。どういう原理なのか、字義通り空中を駆け抜け、ヴィオラと老人の頭上へと転移魔法のように遷移。
「なっ!?」「…………ちっ」
「この者達を討った暁には、御褒美としていただきましょう」
両手持ちに切り替えた大金槌が、怖気を振るう音と共に振り下ろされる。
――耳が痛くなる、金属の悲鳴が周囲を震わせた。
ヴィオラの長刀が、ロミーさんの大金槌を受け流したのだ。
互いに距離を取り、灰色ローブの魔剣士とワンピース姿のメイドが、口角を上げて相対する。
「タ、タウ! ヘ、ヘータ! な、何をしておるっ!! こ、こ奴等を殺せ、殺すのだっ!!!」
「「…………」」
長剣と長槍を構え、少年と少女が姿を現した。
ほぼ無傷のようだ。
ただ、フードは破れ、髪と顔が露わになっている。
「おいおい、まだガキじゃねぇか。しかも、あの髪色は」
隣のライさんが怪訝そうに零し、困惑した。
タウ、ヘータと呼ばれた少年少女の髪は、雪のような純白だった。肌も血の気がまるで感じられず、双眸にも感情の動きが見られない。
この子達はいったい……。
「アレン様、問題はございません」
ロミーさんがヴィオラと相対しつつ、断言した。
一歩踏み込み――
「!」「私共、リンスター公爵家メイド隊に万事御任せを」
再び間合いを、理解不能な原理で殺し灰色ローブの魔剣士へ大金槌を叩きつけた。
迎撃する長刀との間で桁違いの魔力と魔力がぶつかり合い、地面が捲れあがり、破壊を広げていく。
白髪の少年少女は微かに躊躇うも、ヴィオラを援護しようと突撃態勢に入り――
「おまかせ★」
間延びした声が聞こえるや、十数頭の水獅子が顕現。
タウとヘータに四方八方から襲い掛かり、拘束した。
フワフワと、僕達の前へ降り立ったのは水色髪をおさげにし、同色のケープとワンピースを着た背の低い少女。手には星の付いた短杖を持っている。
アトラが獣耳と尻尾を動かし、シフォンの上ではしゃぐ。
「ニコ♪」
「アトラ御嬢様に名前を覚えられている。勝った」
少女――リンスター公爵家メイド隊第七席を若くして務める、ニコさんは胸を張った。この間、少年少女は水獅子を斬り、薙ぎ払い続けているも、その分だけ数が増えていく。恐ろしい魔法式だ。
何処となく、ニッティ家の面々と似た顔の幼メイドさんは僕を見上げ、「アレン様、アトラ様と白狼撫でていい?」と聞いてきた。
頷くと、無表情の顔を綻ばせる。
「リリー誑しだけど、アレン様は良い人」
「ぬ、濡れ衣では? ……ニコさんも、お休みだったんですか?」
「そう。ロミーと買い物。もう一人は迷子。困った子」
「……なるほど」
目の前ではヴィオラとロミーさんが、双方嗤いながら楽し気に激闘中。
少年少女は無限増殖する魔法生物の群れに苦戦し、黒ローブの老人は怒り心頭に達しているようだ。
――ここまで、騒ぎなればそろそろ誰かしら。
僕の左肩へ飛び乗り、アンコさんがぺしぺしと頭を叩いた。
「ロミーさん!」
「――はい、アレン様」
恐るべし魔剣士と互角に戦っていた黒髪眼鏡メイドさんが、長刀の腹を蹴って、空中を一回転しながら、ふわりと後退。ニコさんも短杖をほんの軽く振り、水獅子の群れに隊列を組ませていく。
「お、おのれぇぇぇぇっ! こうなれば、私自ら仕留めてくれんっ!!」
黒ローブの老人が怒号を発し――正にその時だった。
ヴィオラ、タウ、ヘータが上空を一瞥。
懐へ手を入れながら後方へ跳び、呪符を翳した。
「! 何を――」
老人の叫びは最後まで聞こえず。
花を模した転移魔法陣が開き――僕達より前方空間が、『抉り取られた』。
「……遅かったか」
苦虫を噛み潰したかのような声。
僕は魔杖『銀華』を空間に仕舞い、上空の老エルフに苦笑した。
「お疲れ様です、学校長。もしかして、休暇でしたか?」
公女殿下の家庭教師 七野りく @yukinagi
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