第26話 遭遇戦

「どうだ?」

「いますね。数は四人。奥の廃屋内です。しかも……この魔力は」


 眉を潜め、暫し考え込む。

 嫌な予感がする。それも、とびきりの。

 ライさんが肩越しに僕の名を呼ぶ。


「……アレン?」

「ライさん、シフォンと一緒にアトラを連れて――」


 戻って下さい。 

 そう、最後まで言うことは出来なかった。

 凄まじい悪寒が臓腑を貫く。


「くっ!」「なっ!?」


 猫族の老格闘家が驚愕する中、僕は咄嗟に魔杖『銀華』を顕現。

 雷刃を纏わせ、上空から振り下ろされた恐るべき斬撃を辛うじて受け止めた。

 美しい片刃の波紋が魔力を乱反射させ、禍々しい紅黒に煌めく。

 ――聖霊教異端審問官が着る灰色のフード付外套下に、極寒の冷たさを持つ少女の双眸が見えた。


「貴女は聖霊教の……っ!」「…………」


 一撃で仕留めきれなかったからだろう。

 少女――ヴィオラと呼ばれた異国の狂剣士は魔杖の柄を蹴り飛ばし、反動で広場へと着地した。

 すぐさま長い片刃の剣を純白の鞘へと戻し、前傾姿勢を取る。

 明確で揺るぎない、抜き身の殺意。

 本人の魔力も桁違いだけれど……あの剣はまずい。明らかに呪物だ。

 動揺を抑え込むも、ライさんが頬を引き攣らせる。


「おいおい。ありゃあ『刀』……しかも、明らかに『等国とうこく』級の大業物じゃねぇか。とっくの昔の滅んじまった遥か東の国で作られてた『国と等価値』とされ、神斬りの伝説まであるおっかない魔剣だぞ!? アレン、お前さんはもう少し知り合いを選んだ方がいい。いや、選べ」

「……まったく同感です。ただ、あちらからやって来るので」


 片膝をついていた僕は立ち上がり、ローブについた埃を払った。

 さて、と……。

 魔杖を思いっきり横薙ぎし、光属性初級魔法『光神波』を多重発動!


「ライさんっ!」「応よっ!」


 僕達はすぐさま退こうとし、駆け出した。

 ほぼ同時に――光波がヴィオラの斬撃で断ち切られる。

 颶風が巻き起こり、周囲の建物を容赦なく切断。

 少し遅れて轟音と共に、壁や構築物、住民が育てていたと思しき植物、生活雑貨が落ちてきた。辺り一帯も砂埃に包まれ、視界が一気に悪化する。

 しかし、ヴィオラは突撃してこない。

 ……僕が『光神波』と同時に仕込んだ『氷神棘』や『土神沼』等を見切ったのか。

 老格闘家が頬を引き攣らせた。


「……アレン、流石によぉ」

「ライさん、すいません。ちょっとだけ厄介事になるかもしれません。……どうやら、新手なようです」


 突風が吹き荒れ、広場の砂埃が吹き散らされた。

 アトラとアンコさんを背に乗せたまま、シフォンが唸り声を上げる。


 瓦礫が散乱する広場に立っていたのは、ヴィオラを含めて五名。


 一人は、ララノアで遭遇した聖霊教の使徒と同じ純白のフード付ローブ。

 残り三名は黒色のローブを身に着けている。奥にいる男は老人で、残り二人は……少年と少女か? おそらく、この連中が。

 前傾姿勢を解いたヴィオラと使徒へ問う。


「どうして、聖霊教が十三自由都市の怪し気な連中と、わざわざ王都で会合を?? 逃げ道も塞がれてしまいましたし、教えてほしいんですが」

「「…………」」


 答えはない。

 此処で僕達と戦闘をするべきか、それとも否かを考えているのだろう。

 何せ、此処は王都なのだ。派手に戦闘すれば、たとえ聖霊教の狂剣士や使徒であってもただでは済まない。

 同時に推察も出来る。


 ――彼女達の目的は未だ達成されていない。


 左手の指を動かし、僕がアンコさんへ合図していると、黒色ローブの老人が焦れた声で叫んだ。


「ヴィオラ殿、イブシヌル殿! 何を迷っておられるのだっ!? このような者共、ここで消してしまえば良かろうがっ!! タウ、ヘータ、殺せっ!!!!!」

「「――了」」


 瞬間、少年少女の姿が掻き消えた。

 短距離転移魔法っ!

 僕は咄嗟に、先程仕込んでおいた『氷神棘』と『光神糸』を多重発動。

 魔力のほんの微かな乱れを感知し、建物の壁へ転移した少年少女の両手足を、試作植物魔法『花神氷枝かしんひょうし』で拘束した。

 氷の枝が伸び、砕かれる度に再生。締め付けを強めていく。


「「!?」」「なっ!?」


 少年少女の戸惑いと、老人の驚愕を打ち消しシフォンが大咆哮。

 僕が創った、光属性上級魔法『光芒瞬閃』を多重発動させた。

 無数の光閃が広場に降り注ぎ、瓦礫を打ち砕いていく。

 ……シェリル、教えるのは良いけどさ。 

 僕は思わず嘆息しそうになり、


「アレン」「まだ、来やがるぞっ!」


 毛糸帽子が外れたアトラと、ライさんが警戒の声をあげた。

 アンコさんが鳴かれ、上空と地上へ闇属性上級魔法『黒猫大迷宮』を発動。

 直撃すれば、リディヤですら長時間拘束される代物なのだが……。


「なっ!?」


 拘束から逃れた少年と少女は無造作に右手と左手を振るい、アンコさんの魔法を両断。消失させた。あり得ないっ!


 二人の手に握られていたのは、漆黒に染まった長剣と長槍。


 込められている魔力の底は見えず、ヴィオラの長刀に匹敵するか超えている。

 それでも、迎撃魔法を発動させられたのは、リディヤとの訓練や、口煩い【双天】様の戦いぶりを見ていたからか。

 僕は咄嗟に光属性初級魔法『光神弾』を多重発動。

 弾幕を張り、時間稼ぎを試みる。

 光弾を分厚く禍々しい紅黒の魔法障壁で防ぎ無理矢理前進する、少年少女の唇が愉悦を湛え歪んだ。

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