第5話 幼女

「リ、リディヤ先輩、異議ありっすっ! 幾ら何でもさっきのが、魔法じゃない、とは言わせないっすっ!!」


 勇敢なギル先輩がわざわざ挙手し、疑問を呈した。

 た、確かに……。

 先輩達と私の視線がリディヤ公女殿下に向けられる。腕の中のアンコさんが、眠たそうに鳴かれた。


「ギル、私はあいつじゃないわ。嘘は言わない。言う必要性もないし」

「クックックッ……引っかかったすねぇ、『剣姫』様ぁ? ――スセ!」

「フッフッフッ……ばっちりなのじゃぁ★」


 さっきまで凄く格好良かったギル先輩とスセ先輩が、小説に出て来るやられ役みたいに笑う。

 紅髪の公女殿下が左腰に片手を置き、訝し気に問われた。


「……どういう意味?」

「簡単なことっすっ!」

「今の台詞を宝珠に録音したのじゃ! これをアレン先輩にバラされたくなければ、我の助命を――」

「スセっ!? こ、此処で裏切るんすかっ!?!!」

「……ギル先輩、すまぬ。我は自分の命が惜しい!」

「こ、この腐れ妖精っ!」

「きこえぬ~★」


 手に録音宝珠を持った半妖精族の先輩が空中で堂々と言い放つ。

 ギル先輩は憤慨し、槍斧の穂先に剣呑な攻撃魔法を紡ぎ始めた。

 呆れたように左手を振り、リディヤ公女殿下が口を開く。


「寸劇はもう終わり? そろそろ」


 突如、地面から先程の『黒鎖』が飛び出してきた。

 あっという間に、公女殿下の四肢を拘束、更に巻き付きやがて姿が見えなくなった。テト先輩の戦略魔法! まだ、発動させ続けていたの!?

 おもむろにユーリ兄が眼鏡を直す。


「テト先輩、スセ先輩、御見事でした」

「ユーリ、貴方の援護あってこそ、よ」「見事な静謐性補助なのじゃっ!」

「……震えてましたよ。維持、手伝います」


 青年魔法士は苦笑し、長い木製の杖を大きく振った。

 すると――次々と『黒鎖』が姿を現していく。

 最初から認識阻害も同時発動させ、油断を誘って!?

 必死に魔法を維持するテト先輩に代わり、ギル先輩が激。口調も真面目だ。


「ここしかないっ! 皆、魔力を振り絞れっ!! 『……危ないかも?』とか考えるなっ!!! 相手は『剣姫』。アレン先輩から直接魔法を学び、魔法式も全部創ってもらっている怪物だぞっ!!!!!」

『了解っ!!!!!』


 ヴァル先輩とヴィル先輩が手を繋ぎ、イェン先輩とゾイ先輩は突撃態勢。

 訓練場内に紫電が飛び散り始め、ギル先輩の槍斧に膨大な魔力が集束していく。

 ……えーっと、要塞とかを攻略しようとして?

 場の異様な空気に当てられていた私は正気を取り戻し、アンコさんをソファーへ降ろした。

 このまま先輩方の魔法が、拘束されている公女殿下に発動したら……最悪の可能性も考えられる。止めないと!


「あ、あの! これ以上は……へっ?」

『はぁ?』「トト、気をしっかり持つんだっ!」


 目の前で起こったことを私の頭が拒否し、先輩方も目を見開く中、ユーリ兄の注意喚起だけがやけに聞こえやすかったのは、魂が藁を掴んだ故か。


 軍用戦略結界がで無造作に引き千切られ、宙を舞う。


 次いで、スカートをはたきながら、リディヤ・リンスター公女殿下が現れ、空中を踊り急降下してきた『黒鎖』を手刀で断ち切り、力業で発動を抑え込んだ。

 で、出鱈目が過ぎる。

 き、基本的な身体強化魔法だけで……こんな…………こんなっ。

 沈黙が訓練場内を支配する中、公女殿下は美しい微笑のまま、端的な質問。


「あら? もしかして、もう終わり??」

「っ! ――オオオオオオっ!!!!!」

「イェンっ! 駄目っ!!!!!」


 魔法発動を力業で止められたテト先輩が、イェン先輩の突進を見て悲鳴をあげる。

 歯軋りの音と共に、ゾイ先輩も大剣を肩に乗せ、後先考えない突撃を開始した。


「なっめんなぁぁぁっ!!!!!」

「ゾイっ! ばっかっ!! 罠だっ!!! ちっくしょうっ」


 ギル先輩が叫び、地面を蹴る。

 ――三方向同時の全力攻撃。

 しかも、それぞれが大学校内でも屈指と言える猛者達で、相手は徒手。

 幾らリディヤ先輩の技量が『とんでもない噂の方が過小評価』だったとしても、剣を抜かすことくらいは。


「んーと? んーと? えい♪」

「「「~~~っ!!!」」」


 先輩方の目の前にいきなり現れたのは、長い紅髪で獣耳、楽しそうに尻尾を振りながら、小さな拳を突き出す幼女だった。もこもこなコートを着ていて可愛い。

 だけど、ギル先輩達はまともに衝撃波を受け、訓練場の端に吹き飛ばされた。

 石壁に叩きつけられ――ふわん、と浮かぶ。浮遊魔法?

 謎の幼女が両手に腰をつけ、胸を張った。


「むふんっ! リア、つよーい☆ 痛くもしてないから、アレンも褒めてくれる~♪ さっきもぜんぶ防げた~!」

『………………』


 テト先輩達が沈黙し、目配せをし合っている。

 こ、この紅髪の幼女……誰? 

 もしかして、リディヤ先輩とアレン先輩のお子さん――


「トト」

「は、はいっ!!!!! ごめんなさいっ!!!!!」


 私はすぐさま直立し、頭を限界まで下げた。

 研究室の規則が脳裏で繰り返される。リディヤ先輩には絶対的な服従を。

 ……短期間で理解出来てしまった自分が悲しい。

 紅髪を手で払い、公女殿下が片目を瞑られた。


「貴女、多少は見る目があるみたいね。御褒美をあげる」

「あ、ありがとうございます」


 し、思考を読まれたっ!?

 あと……御褒美?


『~~~っ!?』


 テト先輩達が顔を蒼くし、無数と言っていい数の耐炎結界を張り巡らせていく。


 ――炎羽が舞い、幼女の姿も見えなくなった。


 ユーリ兄が呆然と唇を動かす。美しい。

 公女殿下の頭上を炎の凶鳥が飛翔。

 余りにも美しい笑み。右手には謎の紋章が煌いている。


「炎属性極致魔法『火焔鳥』よ。――常に見て、常に学びなさい、トト・エトナ。この研究室において、それ以外に必要な行為はそこまでないわ。さ……ギル、スセ? お仕置きの時間よ」

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