第4話 十八番

 身体は動かなかった。

 たとえ、動いたとしても……先輩方の魔法なのだ。私如きがどうこう出来るわけもない。

 せめて、アンコさんだけでも守ろうと手を伸ばそうとし――唐突に魔法の嵐が紅閃によって切り刻まれた。魔力の嵐が巻き起こる。


「へっ?」


 呆けた声が口から零れ落ちる。

 い、いったい何が!?

 リディヤ公女殿下が私の前に小皿を置いた。載っているのは、美味しそうな果実なタルトだ。

 右手には小さなケーキ用のナイフ。

 ……ま、まさか……こ、これで、千を超える魔法を斬った、のっ!?!!

 理解が出来ず、瞳を見開いている私へ公女殿下は淡々と質問される。


「甘い物は大丈夫ね?」

「は、はい。だ、大好きです」

「そ、なら――」


 クルリ、とナイフを回転させ、静かに薙いだ。

 

 瞬間――射線上にあった荒れ狂う魔力、訓練場の石柱と観覧席、上空の雲までもが断ち切られる。


 少し遅れて轟音が耳朶を打ち、衝撃波が重厚な魔法障壁を叩いた。

 思考は完全に停止してしまい、目の前で起こった現実を拒む。


『リンスター公爵家に決して敵対するべからず。彼奴等は人の身で抗し得る相手ではない。彼奴等は【魔女】の血が色濃い者達なのだから』


 孤児院の書庫で読んだ『南方戦役従軍記』で、私の遠戚らしい旧エトナ侯爵家の魔法士はそう書いていた。

 ……書いてはいたけれど、こんな、こんなのってっ。

 テト先輩が新しい呪符を取り出されながら、指示を飛ばされる。


「怯まないでっ! 相手はリディヤ・リンスター!! これ位、やってくるのは分かっているわっ!!!」

『応っ!』

「ゾイ先輩、行きますよっ!」「ヴァル、遅れんじゃねぇぞぉぉぉっ!」


 先輩達の瞳には未だ闘志。凄い……。

 ただ、ギル先輩とイェン先輩、ユーリ兄の姿は見えない。

 両手に魔力の片手斧を顕現させたヴァル先輩と、戦意を漲らせ大剣を持ったゾイ先輩が地面を蹴り飛ばし、突撃を敢行してくる。


「ヴィル! スセ!」「分かっておるっ!」「はいっ!」


 百枚の呪符が舞い、激しく明滅。

 上級魔法の超々高速射撃が開始され、同時に『花』の魔法陣により増幅。威力が跳ね上がる。

 ヴィル先輩は両手の片手斧を変容させ二本の長杖とし、前衛の二人へ魔法障壁を張り巡らせる。

 対してリディヤ公女殿下はケーキ用ナイフを小皿に置かれ、軽く左手を掲げ――閉じた。訓練場の地面が激しく鳴動。

 多数の火柱とそれに伴う火炎弾によって、上級魔法が砕かれる。


「~~~っ!」


 熱さは一切感じないが、恐怖の余りアンコさんを抱きかかえてしまう。

 比較するのも馬鹿馬鹿しい強大極まる魔力。

 顔も知らない、私の親戚達はこんな人を生み出した一族と戦争したの!?


「はんっ! 虚仮脅しだっ!!」

「アレン先輩の下僕、ヴァル・ウークース、推して参るっ!!!!!」


 現実離れした悪夢のような戦場を、二人の先輩が駆けに駆け、火柱を両断し、火炎弾を蹴り、傷を負ってもなお前へと突き進む。


「……凄い」

 

 私はアンコさんを抱えたまま、ポツリ。

 素直に尊敬の念が湧き上がってくる。

 ……私は、きっと立つことすら出来ない……。

 テト先輩が呪符を展開されながら、石突きで地面を叩かれた。


「スセ!」

「や、やるのかっ? さ、流石に……主に怒られると思うのじゃがっ!?」

「大丈夫っ! アレン先輩はきっと許してくれるっ!! むしろ、褒めてくれるかも!!!」

「むぅっ! 一理あるのっ!!」

「……やるなら、早くっ。もう…………長くはっ」


 前衛の二人へ、光属性上級治癒魔法と耐炎結界を発動し続けていたヴィル先輩が片膝をつく。限界が近いのだ。未だユーリ兄達の姿は見えない。

 だけど――遂にゾイ先輩とヴァル先輩が、リディヤ公女殿下の災厄に近い魔法を突破、射程に捉えた。


「今日こそはっ!!!!!」

「アレン先輩の独占に断固として反対しますっ!!!!!」

「――……ふ~ん」


 先輩方の直下から火柱が立ち昇るも、左右に分かれて急速回避!

 二本の片手斧と大剣が一切の遠慮なく、椅子に腰かけたままの公女殿下に振り下ろされ――


「「なっ!?!!!」」


 空中で急停止した。

 何も見えない。炎羽すらない。

 なのに――二人の武器はそれ以上、動こうとせず、ヴァル先輩の片手斧に到っては砕け散って、キラキラと美しい粒子となって消えていく。

 これも『魔法』なの?


「ゾイ、ヴァル、退いてっ!!!!!」

「「っ!」」


 研究室に所属して以来、初めて聞くテト先輩の大声。

 空中に、呪符を用いて描かれているのは未知の魔法陣で、魔力を振り絞っているのか、顔面は蒼白だ。

 後方ではスセ先輩も必死な顔で魔法陣を補強している。


 も、もしかして……軍用戦略魔法っ!? 


 練達の魔法士が数十人、下手すると百人以上がかりで発動させる、っていうあの?

 テト先輩が不敵な笑みを浮かべられた。


「――……リディヤ先輩、貴女だけが、アレン先輩から魔法を教えてもらっているわけじゃないんですよ? いきますっ!!!!!」

「…………」


 公女殿下は答えず。ただ、左手で『さっさと撃ってきなさい』と挑発されるのみ。

 テト先輩とスセ先輩の顔に怒りが滲み、お互いの杖を重ねられた。

 魔法陣が漆黒の魔力を吐き出し――無数の『黒鎖』を吐き出す!

 ……あれ? もしかして、巻き込まれたら、私も死ぬんじゃ??

 紅髪の『剣姫』様は迫りくる魔法をつまらなそうに見つめた後、左手を振り――


「勝機は今っ!」「ユーリ!」「はい……!」

「!」


 ギル先輩、イェン先輩、ユーリ兄の声が聞こえるのと同時に、生まれようとした炎羽が消えていく。

 今日初めて、リディヤ公女殿下が目を細める。


「あいつの十八番を三人がかりで再現した、か」


 言葉の意味は理解出来ないけれど……もう駄目っ! 

 もう、回避しても間に合わないっ!!

 『黒鎖』が私達を呑み込み――


『なっ!?!!!』


 『何か』に阻まれ、魔法陣まで遡り燃やし尽くされた。

 ゆっくりと、リディヤ・リンスター公女殿下が立ち上がられ、微笑まれる。

 殊更ゆっくりとした拍手。背筋が……凍る。


「今の段どりは悪くなかったわ。御褒美よ。少しだけ魔法を使ってあげる」

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