第3話 洗礼

 先輩達が炎羽の弾幕を防御したり、回避したりしながら包囲を試みる中、リディヤ公女殿下が指を鳴らされた。


「えっ!?」


 丸テーブル上のティーポットが浮かび上がり、カップへ紅茶を注ぎ入れた。

 こ、これって……ふ、浮遊魔法? 

 余りにも静か過ぎて、発動どころか展開すら見えなかった。

 紅髪の公女殿下が淡々と私へ命令する。


「トト・エトナ……だったかしら? それでも飲みながら、見学していなさい」

「は、はいっ! あ、ありがとう、ございます」


 背筋が勝手に伸びた。

 ……駄目だ。

 この人に逆らったら、私なんかじゃ命が幾つあっても足りない。

 カップを手にし、周囲を見渡す。


「イェン! こじ開けるぞっ!!」「ギルっ! 先に死ぬなよっ!!」

「スセ、準備はいいっ?」「任せておけぃ★」

「リディヤ先輩……私だって、私だってっアレン様と! ヴィル、行くわよっ!!」「……姉さん、気持ちは分かるけどさ」


 後方に回り込んだギル先輩とイェン先輩が、身体強化魔法と耐炎結界にものを言わせて炎羽の突破を試み、テト先輩は十八番の呪符を取り出し様子を窺い、スセ先輩は最後方で精緻な魔法を発動させようとしている。

 左側のヴァル先輩とヴィル先輩は手を繋いで、次々と水属性上級魔法『大海水球』を速射すると、炎羽とぶつかって白霧を発生させた。ゾイ先輩とユーリ兄の姿は見えない。


「…………凄い」


 凄い! 凄い!! 凄い!!!

 先輩方の実力が、私達一年生と隔絶していることには気づいたけれど……ここまで、だとは思っていなかった。

 今、ギル先輩とイェン先輩が使った魔法って、光属性上級治癒魔法? 

 テト先輩、呪符を使っているとはいえ、一人で何発の魔法を同時発動させて?

 ヴァル先輩とヴィル先輩って後衛の魔法士じゃないの? 杖に光属性と闇属性の『大斧』を顕現させて、近接戦闘を!?


「………………」

「冷めるわよ」

「! は、はいっ!!」


 ガラガラ、と常識が崩壊していく中、リディヤ公女殿下が何時の間にか取り出していた書類を読みながら、指摘してきた。

 これだけの上級魔法が荒れ狂う中、未だ一切の影響はない。まるで、カフェにいるかのようだ。

 私は手の震えを全力で抑え込み、紅茶を飲む。


「あ……美味しい。昔、孤児院で飲んだ味です」

「侯国連合産よ」

「…………」


 王国南方に位置する侯国連合の茶葉は、一般に高級品として知られている。

 孤児院には似つかわしくない品だけど……考えてみると、数年前から食事やお茶が急に美味しくなったような。う~ん?

 降ってわいた疑問に頭を悩ませていると、半妖精族のスセ先輩が薄い羽を広げ、飛翔した。

 自分の背丈よりも長い魔杖を掲げ、自信満々に言い放つ。


「皆――我の魔法完成まで良くぞ耐えたっ!!!!! 今日こそ、傍若無人なるリディヤ・リンスターの泣き顔を拝もうぞっ!!!!!」

『了解っ!』


 先輩方が同時に唱和。やっぱり、ゾイ先輩とユーリ兄の声は聞こえない。

 炎羽が渦を巻き、猛然とスセ先輩に襲い掛かり――


「させるかぁぁぁぁっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 上空からゾイ先輩が急降下。

 髪とスカートを靡かせ、渦を大剣で断ち切った。地面へと降り立ち、前傾姿勢を取った。リディヤ公女殿下は見ようともせず、書類を捲った。


「ヴィル! やるわよっ!!」「ヴァル! 全力でっ!!」


 先輩方の大斧に魔力が集束し始める。

 テト先輩の呪符が風と共に訓練場全体に拡散し――百を超える上級攻撃魔法が日傘下の公女殿下を照準。


「スセ!」「うむぅっ!!」


 半妖精族の先輩が大きく魔杖を薙いだ。

 ――空間に花弁が散り、炎羽を相殺。

 同時に各先輩方の魔法がいきなり増幅される。


 これって、絵本とかに出て来る半妖精族の秘呪!? ま、まずいっ!


 一切の遠慮する気がないらしい先輩達に戦慄しつつ、私は退避しようと腰を浮かせようとし――止まる。

 リディヤ公女殿下が書類をテーブルへ置き、私を一瞥したからだ。


『私は、見学、と言ったわよね?』

「………………」


 生きて来た中で最悪の寒気が走り、冷や汗が噴き出す。

 口は開いていない。声も発していない。

 だけど、今ここで動けば……おそらく、私は研究室を追われる。


「リディヤ先輩っ!」「今日こそは勝たせてもらうぞっ!」

「アレン先輩を独占しやがってっ!」「そうですっ!」「……ゾイ先輩、ヴァル、それって私怨なんじゃ」


 先輩方の戦意は極めて旺盛。

 既に炎羽は殆ど見えない。ギル先輩、イェン先輩――そして、ユーリ兄の姿も。

 顔を上げた紅髪の公女殿下はこの状況においても、席を立とうとせず――溜め息を吐かれた。


「はぁ……少しは成長したと思ったら、戦場でお喋り? 何時から、此処はお子様しかいなくなったの?」

『っ!!!!!』


 う、うわぁ……。

 私は顔を引き攣らせ、両手でカップを抱えた。

 普段は優しいテト先輩も厳しい表情になり、魔女帽子を深く被りなおされる。


「――……後悔しないでくださいね。みんなっ! 一斉射っ!!!!!」

『了解っ!』


 鋭い指示を受け、先輩方は紡ぎ続けていた魔法を全力で解放した。

 ……え? 本気で撃って?

 私が呆気に取られる中、訓練場に閃光が走った。 

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