第2話 規則

「リ、リディヤ先輩、お、お怒りは御尤もです。で、でも……ララノアで任務を果たせなかったのは、ギルとゾイだと思いますっ!」

「うなっ!? テ、テトっ、そ、そりゃないっすよっ!!! だ、第一、相手は、化け物ばっかりだったんすよっ! 研究室内、真の『一般人』枠な俺には、あそこが限度っ! そもそも、アレン先輩からは『ギル、助かったよ、何時もありがとう』って、褒められた――……はっ」


 私達が竜に睨まれた子鼠状態になっている中、一早く立ち直ったテト先輩が必死に訴え、次いでギル先輩も口を挟み、口元を押さえられた。

 先輩方の冷たい視線が公子殿下に突き刺さる。

 ……いったい何が?

 戸惑っていると、祈りの姿勢を解かれたゾイ先輩が跳び上がり、胸を張られた。尻尾をブンブンと振っている。


「はんっ! そんなの、私だってそーだしっ!! アレン先輩、帰りの汽車の中で、手作りのお菓子くれたしっ!!! 『ゾイは強くなったね。そろそろ、御実家と仲直りしよう。僕も手伝うからさ』って言ってくれた――はっ!」

『……ふ~ん』


 け、研究室内の空気がおかしい、ような?

 ――リディヤ公女殿下が左手を軽く振られた。

 天井、壁、床に魔法式が浮かび上がり、明滅を開始。

 こ、これって!?


「て、転移魔法っ!?」「そ、そんな……」「ア、アンコさんもリディヤ先輩側なんすかっ!?」「や、やだっ! やだやだっ!! やだぁぁぁぁ!!! し、死にたくないぃぃぃっ~!!!」「お、終わりじゃ……もう、終わりじゃぁぁぁ」「最期にアレン先輩のクッキー、食べたかったです……」「僕はケーキがいいなぁ……」


 三年生と二年生が狼狽したり、泣き出されたり、諦念を示される。

 そんな中、ユーリ兄が私に囁いてきた。


「(トト、大丈夫――ではないけど、幸運だよ。気をしっかり保ってね)」

「(え? ユ、ユーリ兄、それって、どういう)」


 黒猫の鳴き声。

 同時に視界が漆黒の闇に飲み込まれた!


※※※


 最初に感じたのは風。次いで――肌を焼く熱。

 恐る恐る目を開け、


「へっ?」


 呆けてしまう。

 私達が立っていたのは、大学校の訓練場だった。

 炎羽混じりの嵐が吹き荒れ、視界が殆どない。

 だけど、この時間帯なら誰かしらが訓練している筈なのに……生徒は誰もいないようだ。

 しかも、周囲に張り巡らされているこの結界。

 もしかして…………軍用?

 三年の先輩方が各々の武器を握り締め、前方に見え隠れする恐るべき『敵』を見つめられた。


「……しまったっ。もう、教授とアンコさんに手が回っているわ」

「テト、事ここに到っては是非もない。自力で逃れぬ限り、助けは来ない!」

「イェン、先陣は任せる。その間に俺はどうにか退路を……ゾイ、祈っても無駄だ。アレン先輩がララノアから帰国した後、王命で強制休暇中なのは知ってるだろ? で、単独行動中のリディヤ先輩に慈悲はあんまりない。生き残りたきゃ、戦うしかないんだっ!」

「…………祈れば助けてくれるもんっ! アレン先輩なら、きっと来てくれるもんっ!!」


 普段はちょっと怖いゾイ先輩だけが現実を受け止めきれていないようで、スカートが汚れるのも構わず、目を閉じて祈りを捧げられている。

 方向は――王都の下町?

 二年の先輩方は「突出は愚。常に連携を心掛けよっ! 油断すれば……死ぬるぞ?」「ええ」「分かってます」蒼褪めつつも、周囲に散っていく。

 改めて見ると、先輩方は着られている魔法士のローブを揃えられていて、カッコいいと思う。

 状況についていけずその場に残され、そんなどうでも良い事を考えた私へ、使い古された長杖を構えつつユーリ兄が話しかけてくる。


「トト、うちの研究室の標語を覚えているかい?」

「え? そ、それは勿論……えーっと」


 研究室へ入ることが決まった際、延々と暗記させられた。

 すなわち――


『リディヤ先輩には絶対的な服従を。アンコさんには心からの敬愛を。アレン先輩に頼まれたら、一言。はいっ!よろこんでっ!』


 正直、意味は分かっていない。

 アンコさんは可愛いし、敬愛もしているけれど……二人の先輩のことは殆ど知らないからだ。

 ユーリ兄が眼鏡を外し、目を細めた。

 

「今から、その意味が理解出来るよ。忠告するとしたら――諦めないことだ。心を強く持とう。なに、自分の限界を早めに知っておくのは、悪くないよ」

「……ユ、ユーリ兄、い、言い方が怖いんだけど……?」

「晴れるわよっ!!!!! 各員、散ってっ!!!!!」

『了解っ!!!!!』「へっ? え?? な、なに――」


 テト先輩の注意喚起に先輩方が唱和。

 訓練場を覆っていた炎嵐が弾け、同時に無数の炎羽が降り注ぐ。

 咄嗟に短杖を引き抜き、全力で耐炎結界を張り巡らしつつ、ユーリ兄について後方へ退こうとし――


「う、嘘でしょっ!?!!!」


 結界が紙のように貫通されて、私へ迫りくる。あ、死んだかも。

 それでも、何とかしようと魔法を紡ぎ――黒猫の鳴き声。


「ぷぎゃ」


 クッションに顔が埋まり、変な呻きが出てしまった。

 私、一応恋する女の子なのに。ユーリ兄にこんな声を聞かれたら、幻滅――……待って。

 恐々と顔を上げると、まず見えたのはちょこんと木製の椅子に座ったアンコさん。

 そして――設置された日傘の下、ソファーに腰かけて長い脚を組み、時折左手で魔法を発動し、リディヤ・リンスター公女殿下。傍らには魔剣が立てかけられている。

 ――わぁ、わぁ、わぁ!

 何て綺麗な人なんだろう。やっぱり、人間じゃないのかも?

 思考が完全に停止し呆ける私へ、公女殿下は興味もなさそうに勧告された。


「あんたは終わるまでそこにいなさい。卵の殻も取れていない子を巻き込んだら、あいつにお説教されるし。次回以降は強制参加だけどね」

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