第6話 一般人

「い、異議ありっすっ!」「そ、そうじゃっ!」


 名指しされたギル先輩とスセ先輩が顔面を蒼白にしながらも、反論を試みる。

 他の先輩方も逃げようとはしていない。……いや、逃げられないのかも。


「た、確かに俺等はリディヤ先輩をからかったかもしれないっす」

「じゃ、じゃが……我が研究室においては、何事も連帯責任の筈っ! 万歩譲って、ララノアで余り活躍出来なかったゾイ先輩が助かるのは納得がいかぬっ!」


 対して、未だに耐炎結界を張り続けている先輩方が口々に二人を詰り始めた。

 美しも恐ろしい『火焔鳥』が羽ばたく度、炎羽が降り注ぎ、勢いを増していく。訓練場の修復って、誰がするんだろう?


「ギル?」「……お前達の犠牲、忘れはしない」「ギル先輩もスセもアレン先輩とよくお喋りしているし……」「ギル先輩、この前もアレン先輩と食事に行ってましたよね?」


 ――衝撃が走った。

 ゾイ先輩が大剣を地面に突き刺したのだ。


「だぁぁぁぁっ!!!!! お前等、内輪揉めしている場合かよっ!? 考えろっ! アレン先輩がいるなら、何をしていたって助けるが……」

「リディヤ先輩が相手では仮に意識を刈り取られても、治癒魔法の多重発動で無理矢理起こされて、終わるまで地獄が続くだけです。僕達がこの悪夢を終わらせる手段は唯一つしかありません――『火焔鳥』を防ぎ切り、反撃に転じることのみじゃありませんか?」

『…………確かに』


 後を引き取ったユーリ兄の冷静な指摘に、先輩方は真顔で首肯した。

 え、えーっと……。

 アンコさんを抱きかかえながら、おずおずとリディヤ公女殿下に質問する。


「あ、あの……い、幾ら、意識を回復させても、魔力切れの状態で極致魔法を受けたら、本気で死んじゃうんじゃないでしょうか? あ、あと、極致魔法って、一度発動したら『原則、防御は不可能』習ったんですけど……」


 王国四大公爵家の切り札である極致魔法――


・北方ハワード公爵家の『氷雪狼』

・南方リンスター公爵家の『火焔鳥』  

・東方オルグレン公爵家の『雷王虎』

・西方ルブフェーラ公爵家の『暴風竜』


 それぞれが史書に載る程の威力を持つ魔法であり、練達の魔法士であっても百人規模じゃないと抑え込めない、と魔法学校では習ったものだ。

 実際……上空を飛ぶ炎の凶鳥を見上げ、目を閉じる。


 うん。ぜっったいにっ、無理っ!


 多分、耐炎結界なんて気休めにしかならない。それどころか、訓練場外周部に張り巡らされた軍用と噂の戦略結界ですら悲鳴を挙げている。

 こんな魔法、人が防げるとは到底思えない。

 ――なんだけど。


『…………あ~』

「え? ええ?? な、何ですか、何なんですかっ!?」


 何故か先輩方は額に手をやって、一斉に嘆息した。

 三年の先輩方は苦笑。二年の先輩方は遠い目をされている。

 リディヤ公女殿下が右手を幾度か握り返された後――手を掲げられた。


「そうね。他の研究室ならそうかもしれないわ。でも――」

『っ!』「ふぇ?」


 全てを焼きつくす炎の凶鳥が舞い降り、細い腕に停まった。

 何も……燃えていない!?

 絶句し、硬直した私へ公女殿下が微笑む。


「貴女達はそうじゃない。トト・エトナ、良い機会よ、覚えておきなさい。私の下僕はね、上級魔法すら撃てない魔力量だけれど『火焔鳥』を平然と分解するわ。さっき、ギル達が三人がかりでやって見せた技は元々あいつのよ」

「ハ、ハハ、アハハ……そ、そうなんですか…………」


 頭の中の『剣姫の頭脳』様の頭に角、背中には翼が生えていく。

 ……極致魔法を分解する?

 意味が分からない。理解も出来ない。

 新しい呪符を取り出し、テト先輩が苦虫を噛み潰したかのような顔になる。


「……リディヤ先輩、前々から思っていました。アレン先輩が出来るからって、私達にも出来る認定をしないでくださいっ!!!!! 特に私はか弱い『一般人』で……」

「あら? 来年、史上最年少で研究室を持つ子が『一般人』と言っていいのかしら? ギル、イェン?」

「弁護不能っす」「……同じく」

「ギル、イェン!? 私達、同期の絆は何処へいったのっ!?!!」

「そもそもじゃ……アレン先輩の数少ない悪癖『あ、やっぱり出来るんだね、よしよし』病と『テトは凄いなぁ……僕が一般人なことを再認識したよ』の病が悪化したは、テト先輩が与えられた課題を全てこなしたからじゃろう? ……今、家庭教師をされておる、公女殿下方もこなされておる、らしいが」


 スセ先輩が諦念も露わに、浮かび上がる。

 他の先輩方の表情を見るに……テト先輩の分は大分悪いようだ。

 テト先輩が憤然と叫ばれる。


「ち、違いますっ! 私はれっきとした『一般人』ですっ!! み、みんなだって、頑張れば全部こなせる」

『無理だった!』

「…………うぅぅ」


 魔女帽子を被った先輩はガクリと肩を落とした。杖を握る指が動く。

 炎の凶鳥を撫でられ、リディヤ公女殿下が問われる。


「さ――もう、いいかしら? 大丈夫よ。即死じゃなければ、腹黒王女が何とかしてくれるわ!」

「それは――」「御免被りますなっ!」

「っ!?」


 『火焔鳥』が放たれると同時に、テト先輩とイェン先輩が合同で魔法を発動。

 リディヤ公女殿下と私がいる地面一帯が盛り上がり、上空へと運ばれた! 

 

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