第52話 黒翼

 四英海に浮かぶ名も無き小島。オルグレン公爵家秘密の地。

 地表は草木に覆われ、周囲は殆どが崖。唯一、船を着けられる浅瀬には、数十名の騎士と兵士達が群がっていた。皆、必死の形相だ。

 浅瀬に着けようとしている帆船には旗も掲げられていない。 


「まだなのかっ! 既に王都も東都も陥落したという話だ。急がなければ、追手が来る! そうなったら、私達は…………い、急げっ! それが、約束だった筈だっ!」


 顔面を蒼白にした叛乱軍の貴族は船に向かって怒鳴った。他の貴族達も口汚い罵りを帆船へ飛ばす。周囲に残る騎士や兵士達も顔を引き攣らせながら、ただただ、船が近付いて来るのを待っている。

 戦況は誰しもが理解している。

 神速とも言える、ハワード・リンスター・ルブフェーラの三大公爵による反撃により、正統な権利を要求した義挙は失敗に終わりつつある。主導していたオルグレン公爵家のグラント、グレッグの両公子殿下の行方も分かっていない。

 オルグレンが二百年に渡り秘匿してきた、この名も無き小島にある遺跡――大魔法を封じていたというこの場所で、陣頭指揮を執っていたグレゴリー公子殿下も聖霊騎士団と共に、昨日、小島を離れて以来、音沙汰はない。

 

 ――帆船がゆっくりと近付いて来る。


 小島に残されていた数十名の貴族、騎士、兵士達はこの瞬間、安堵した。

 命は拾うことが出来そうだ。今回は失敗したが……次こそは必ずや。

 船上に三角帽子を被り、派手な格好の若い男性士官が出て来た。船乗りらしい、大声。


「そこにいるのが、全員であろうか? 残った者は誰もいないか!!」


 二人の貴族――魔法士の格好をしている――が、防御態勢を取っていた騎士と兵士を掻き分け、最前列に出て来た。


「そ、そうだ!」「は、早く、船に乗せてくれっ!」

「――了解した。では手早く。総員、構えっ!!!!!」


 士官が命令を発した。

 次の瞬間、船上から魔力反応。士官の周囲を数十人の兵士達が囲み、『何か』を構えた。

 貴族達が怒鳴る。


「なっ! 貴国は……」「ララノアは裏切るつもりかっ!!」

「悪いが、貴殿等を我が故国に招待する予定はないのだ。我等は今回の件に何ら関わっていない」

「貴様ぁぁぁぁぁ!!!!!」


 激昂した貴族が長杖を構え、水魔法を展開――する前に、次々と『何か』が閃光を放った。圧倒的な速射。二人の貴族は抵抗することも出来ず、叩き伏せられた。水面が鮮血に染まっていく。


「がはっ!!」「ば、馬鹿、な……この、私が……」  

「続いて、岸辺にいる連中だ。てっ!」


 再度、『何か』――魔銃が閃光を発する。

 突然の奇襲に、我先に船へ乗ろうとしていた貴族達が倒れていく。

 大盾で十数発を受けたオルグレンの騎士が呻いた。


「光属性魔法の連射、だと!?」


 八属性の中でも、光魔法と闇魔法は習得が難しいことで知られている。にも、関わらず、数十名が一斉に同じ魔法を……。

 歯を食い縛る。


「そうか、これがララノアの魔銃か!」

「御明察。光属性初級魔法『光神矢』の弾幕だ。精々楽しんでくれ」


 容赦のない弾幕射撃の前に、屈強な重装騎士達も次々と倒れていく。

 時折、魔法士の反撃が飛ぶも、船には万全の耐属性魔法結界が施されており、中級魔法程度では届かない。

 ――やがて、士官は号令した。


「撃ち方止め!」


 辺りを静寂が包む。

 士官は、隣に立つ副長に問いかけた。


「スナイドル」 

「反応無し。仕留めたようです、ミニエー艦長」

「……兵を上陸させて死体は焼け。多少、時間が稼げる」

「はっ」


 士官――ミニエーは三角帽子を深く被り直した。

 腹の中で毒づく。

 畜生。俺はこんな汚れ仕事をする為に、共和国海軍に入ったわけじゃない。だから、王国に手を出すのはヤバイってあれ程、言ったんだ。

 オルグレンはともかく、ハワード、リンスター、ルブフェーラは、戦場で三食、温かい飯を食わせるのを当然としているような連中なんだぞ? 敵に回していい存在じゃ絶対ない。

 腰に提げている、短魔銃を手に取る。

 ……こんな物が量産出来るようになっちまったせいか、最近の共和国首脳部はおかしくなっちまってる。

 魔銃は強力だが、極致魔法相手にどうこう出来る代物じゃ――見張り員の絶叫が響き渡った。


「本艦直上、不明物体っ!!!!!!! 急降下してきますっ!!!!!!!」

 

 ミニエーが指示を出す暇すらなかった。

 空を切り裂くかのような、悲鳴にも似た響き。

 船上に凄まじい轟音。ミニエーを含めた乗組員のほぼ全員が、甲板に叩きつけられる。

 額が割れ、鮮血。どうにか身体を起こす。


「ぐっ……い、いったい何が……被害報告っ! スナイドル! 副長!!」

「は、はっ! 各自、状況を報告――……」


 冷静沈着を持ってなる、スナイドルの声が止まった。

 金色の瞳を見開いている。乗組員達も余りの出来事に動けない。


 ――甲板中央に、一人の美しい少女が立っていた。


 短い紅髪に漆黒のドレス。左右の手には剣。明らかに名のある名剣、魔剣の類。

 そして、背には――禍々しき炎。それが漆黒の八翼を形成している。

 そうまるで


「八翼の、悪魔?」


 ミニエーは自分の言葉に身体を震わした。

 悪魔、とは竜と並ぶ、最強種。その強さは翼の数で分かる。

 双翼で都市が。四翼で小国が。それ以上であれば……国家自体が滅びかねない。そういう生物なのだ。

 スナイドルが命令を発した。


「そ、総員、構えっ!」

「待てっ!」 

「てぇぇ!!!」

 

 恐慌状態の乗組員達はミニエーの制止も聞かず、魔銃の火蓋を切った。

 閃光が乱舞し、着弾。甲板の木材が飛び散り、視界を閉ざしていく。

 ――やがて、射撃は止まった。

 魔銃に使われている量産型の光宝珠が力を喪ったのだろう。

 ミニエーが命令を発する。


「各自、宝珠を交換せよ! 油断するなっ!」 

『諾っ!!!!』


 乗組員達が次々と予備の宝珠へ交換。魔銃を構え――視界を閉ざしていた、埃が暴風によって吹き散らされた。漆黒の炎羽が舞い、次々と発火。

 中央マストが生きているような黒炎に呑み込まれ、水面へ倒れていく。 

 ――ゆっくりと、少女が現れた。

 数百発の『光神矢』を受け、無傷。

 小首を傾げる。


「ねぇ。あいつはどこにいるの? ここにあいつがいるはずなの」

「あいつ、だと? 誰のことだ! お前はいったい何者だ!!」


 ミニエーが怒鳴り返す。

 すると、少女は微笑を浮かべた。


「そう。なら、ようはない。消えて」


 剣を交差させ、無造作に魔法を発動。

 ミニエーとスナイドルは咄嗟に、射撃命令を出そうとし――止めた。

 

 双剣の切っ先に顕現したのは、四頭八翼を持つ漆黒の凶鳥。

 

 スナイドルが震える声で名前を呟く。


「ほ、炎属性極致魔法『火焔鳥』……!?」

「総員退艦! 急げっ! 急げっ!!」


 炎に魅入られていた、乗組員達が我に返り、水面へ飛び込む。

 ミニエーは短魔銃を抜き放ち、最後に問う。


「お前は……お前は何者なんだ! どうして、俺達を襲った!」

「わたし? わたしは『剣』。ただの『剣』。あいつの…………アレンの『剣』。もしも、あいつがこのせかいにいなくなったら――……」


 虚空を見つめていた少女の瞳に、炎獄が宿った。

 壮絶な笑みと共に『火焔鳥』が解き放たれる。

 水面に飛び込みつつ、ミニエーは少女の呟きをはっきりと聞いた。

 心中で共和国上層部へ罵声を漏らす。

 馬鹿野郎。賭け事は程々にしとくべき、ってのを帝国からの独立戦争で嫌って言う程、学んだだろうが! 俺達の国にはもう……使んだぞっ!!!

 


「帝国も、侯国連合も、聖霊騎士団も、ララノア共和国も、みんなみんな、斬って、燃やして、斬る。あいつがいない世界で、『剣』だけがいても、意味はないんだから」

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