第2話 扉
二人の少女が叫びあい、魔法を一気に解き放った。
「っ!」
大聖堂を焼き尽くすんじゃないか? と思う程の業火と、無尽蔵に感じられる氷の枝とがぶつかり合い、その場に立っているのもやっとだ。
壁や大柱が砕け、穴の開いた天井から見える戦略結界も震え、少しずつ少しずつ解けていく。
リナリアが不敵に笑いながら、黒髪の少女を激賞する。
『やるわねっ! 流石は【始まりの魔法士】の姓を受け継いだだけのことはあるわっ!! これが、【始まりの魔法】ってやつなわけ?』
『戦闘中の戯言は死を招くと、エーテルハートでは教わらなかったの? 私が知る魔女様は、そんなことを言っていなかったっ!』
少女達の魔力がますます膨れ上がり、同時にお互いの身体も、さらさらと光になって消えていく。
リナリアが不満気に舌打ち
『……ちっ! 劣化品の短剣一本じゃ、こんなものかしらね。だからといって』
『!』
紅髪が浮かびあがらせ、【剣翼持つ蛇】に魔力を注ぎ込む。
魔剣と魔杖も光を放つと、【蛇】が巨大化し、翼の数も八翼に。
少しずつ、少しずつ――けれど、確実に氷の枝を押していく。
『私、負けるのって嫌いなのよ』
『くっ!』
カレンの剣が大きく弾かれた。光が舞い散る。
紅蓮を纏い、【剣翼持つ大炎蛇】が口を開け、少女を呑み込み――炸裂した。
「!?」
花竜の杖を地面に突き刺し、全力で魔法障壁を張り巡らせ、風魔法で桁外れの衝撃波を受け流す。
――やがて、魔法の発動が止まった。
『ふぅ……まぁまぁ楽しめたわ』
「…………ハハ」
魔剣と魔杖を降ろし、先程よりも明らかに薄くなっているリナリアはそう嘯き、僕は乾いた笑いを零す。
今や、大聖堂は廃墟と化していた。
柱という柱、壁という壁が粉砕。
業火に包まれる中、瓦礫に数えきれない炎剣が突き刺さり、あれ程強大だった戦略結界の一部も消失している。
入り口で交戦していたリディヤとシェリルが急速に近づいて来ているのが分かった。決着はつかず、『賢者』も退いたようだ。
どうやらこれで――リナリアが魔剣と魔杖を地面に突き刺し、前方を指差す。
『まだよ。これからが本番みたいね』
地面に伏したカレンと、突き刺さっている剣が漆黒の魔法陣の中に引きずり込まれていく。過去経験したことのない悪寒が走った。
――黒髪の少女と同じか、上回る邪悪な魔力が噴出し始める。
僕は身体に纏わせている雷を活性化させ、【双天】へ静かに問う。
「……アレは何なんです?」
『さぁ?』
「さぁって……そんな、無責任な」
リナリアは振り返ると不満そうに頬を少し膨らませ、僕へ詰め寄ってきた。
既に透けている細い指を突きつけ、唇を尖らす。
『幾ら私が人族最高の天才魔法士であっても、得手不得手はあるのっ! 『死んだ英雄の思念体に魔法式を仕込む』なんて、とんでも呪法は想定外だわ。ああいうのは妹の管轄よ! どっちみち時間切れみたいだし、後は何とかしなさい』
「な、何とかって……冗談でしょう?」
濃い血の臭い。
【薔薇】を模した魔法陣の中から、片刃の短剣がゆっくりと浮かび上がってきた。
絡まりついている光鎖が赤黒く染まり、凍りつき千切れていく。
――尋常ではない。
リナリアは目を細め、場にそぐわない感嘆を漏らす。
『へぇ……ウェインライトの祖は時に高潔な大英雄。時に大悪人――けれど、一度決めた事は絶対にやり通す女性、というのは本当だったみたいね。たかだが【亡霊】に負ける程度じゃ、自分の遺したモノに触れる資格すらもない、か。うん♪ 同じ時代に生きていたら友達になれたかもしれないわ☆』
「納得しないでくださいっ! 第一、これを仕込んだのがウェインライトの祖だったのなら、年代がまるで合いませんっ!!」
ウェインライト王家は人族。数百年の寿命はない
すると、リナリアが淡々と教えてくれる。
『――かつて、この世界に神がいた時代。力を持つ人族の寿命は遥かに長かった。まして、ウェインライトよ? 世界を征した旧帝国、その前の時代から続く家柄だもの。怪物の一人や二人、生まれてもおかしな話じゃないわ。流石に、貴方の時代までは生きていないだろうけど、長寿を保ち『何か』を延々と画策していたんじゃない?』
「…………」
話が壮大過ぎて、まるで理解が追いつかない。
大陸動乱、魔王戦争を経た結果、僕等の時代は多くの古書を喪っているのだ。
短剣に絡まっていた鎖が少なくなる中、僕は静かに考えを告げる。
「……つまり、『賢者』の目的は、カレン・エーテルフィールドの亡霊ではなく」
『そ、目の前の短刀を無理矢理にでも解放し』
光になって消えていくリナリアが頷いた。
手を伸ばし、教えてくれる。
『【アレ】をこの世界に解き放つこと。ウェインライトの祖が生涯に亘って研究していたのは、この魔法だったんじゃないかしら? でも、私の生きていた時代には伝わっていなかったし、最後には断念したんでしょう。カレンの亡霊は守護用。まぁ、半ば呪われていたけど』
「……敢えて、敢えて、お尋ねします。そこまで言い切れる理由は」
『そんな魔法や外法があったのなら、私の家が収集しているわよ』
「…………」
僕は何とも言えない気持ちになる。
リナリアが生きた時代、エーテルハートの血は濁り切り、同時に世界中から手あたり次第に魔法や外法、才有る子供を収集していたらしい。
――つまり。
「「アレン!!!!!」」
「! リディヤ! シェリル!」
残っていた氷河を無理矢理突破した、公女殿下と王女殿下が疾走して来る。
服装は汚れているが、怪我はしていないようだ。良かった。
僕が心底ほっとしていると――
「えっ?」
「「なっ!?!!!!」」
突然、消えかけているリナリアが僕に抱き着いてきた。
ニヤニヤしながら、これ見よがしに僕の獣耳と頭を撫で回し、耳元で囁く。
『女難の上書き★ 光栄に思いなさい? 【双天】に頭を撫でられたんだから♪ 私の魔剣と魔杖――【篝狐】と【銀華】は好きに使っていいわ。さ、私の時間はおしまい! アトラ達をよろしくね、狼族のアレン』
「――……はい」
抗議を言う間は最早なく【双天】の姿は光の中に消えた。
……お節介で厄介な【魔女】様だ。でも、感謝を。
地面に突き刺さっている魔剣と魔杖を抜き、
「リディヤ! シェリル! これを!!」
とんでもない速度で僕の傍までやって来た二人の少女へ【篝狐】と花竜の杖を投げ渡す。
空中でそれらを受け取り、すぐさま僕の両腕を拘束。
リディヤは拗ね、シェリルは怖い微笑を浮かべた。
「……ねぇ」「……アレン、大切なお話があるのだけど」
「うん。後でね。今は」
僕は少女達を目で宥め、魔杖【銀華】を手にした。
短刀の鎖が千切れる度に【扉】が姿を現しつつある。今からの封印はとてもじゃないが間に合いそうにない。
「聖霊教の――『賢者』の目論見を頓挫させよう。掌の上で転がされ続けるのは、面白くないしね」
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