第14章
第1話 双天、再び
『まずは、小手調べね』
そう呟くと、リナリアは無造作に左手を振った。
――ゾワリ。
一気に肌が粟立ち、直感は全力で退避を訴えくる。
空中に浮かぶ黒髪の少女――カレン・エーテルフィールドもそうだったようで、蒼の楯を次々と結集させていく。
右手で小さな眼鏡を直し、リナリアがあっさりと魔法の名を告げた。
『【炎魔殲剣】』
次の瞬間、氷河を貫き、炎を纏った無数の黒剣が全方向から出現。容赦なく少女に襲い掛かった。禁忌魔法!?
蒼の楯と赤黒い呪いが炎剣に貫かれ、少女に迫る。
『……ちっ』
氷翼を羽ばたかせると蒼の楯の勢いが増した。
桁違いの魔力の激突! 出鱈目に過ぎる。
僕が右手で衝撃を防御していると――やがて、魔法の発動が止まった。
『ふ~ん――……亡霊の割にはやるじゃない』
紅髪を弄りながら、人族の到達点である【双天】様は嘯く。
荘厳な佇まいだった大聖堂は今や見る影もなく、無数の炎剣と氷楯が突き刺さり、燎原と氷河が広がっている。
僕は右手を戻し、敢えて指摘。
「……いえ、そういう意味では貴女も亡霊なのでは?」
『失礼な子ね。小さなことに拘っているとモテないわよ?』
「……日誌の公開」
直後、炎の短剣が通り抜け、後方の氷河に大穴を開けた。
リナリアが両手を合わせ、微笑む。
『……今、何か言ったかしらぁ? 劣化品の短剣に込められていた魔力を全部使って、貴方の女難を強めることも出来るのよ? わ・た・しは★』
「ひ、卑怯なっ。それが有史以来、たった一人しかいない、【天騎士】と【天魔士】を同時に戴いた英雄様の台詞ですか!?」
『当然よ。私の名前はリナリア・エーテルハート――」
燎原を突き破り、黒髪の少女がリナリアを強襲。
右手の剣を思いっきり振り下ろした。
そして、
『!?』
左手をかざし、指に挟んで止めた。
猛烈な魔力風と共に、炎と氷が巻き起こり、大聖堂と戦略結界にすら罅を走らせていく。
紅髪の魔女が傲岸不遜に言い放つ。
『世界に抗し得たたった一人の人間よ。生きているエーテルフィールドならいざ知らず――亡霊如きに後れは取らないわ』
『っ!?!!!』
炎が氷を押し返していき、一気に呑み込み、少女を上空へ吹き飛ばした。
氷の礫が降り注ぐが、一弾一弾、丁寧に炎の刃で刻まれる。
僕は顔を引き攣らせる。信じ難い、戦慄する程の魔法制御!
リナリアが、頭上で顔を微かに歪めている黒髪の少女が持つ、剣に目を細めた。
『……アルヴァーンの祖が携えていたという、光龍の剣、か。こんな所にあったなんて。亡霊には過ぎた得物ね。まるで、力を発揮出来ていないし、変な呪いもかかっている。まぁ、でも』
軽く手を払うと、氷の礫が切り裂かれ、凍結していた大柱が切断された。
――リナリアの手の空間が歪んでいく。
『だからといって、手抜きをする理由にはならないわ。貴女が本当に最後の『調律者』ならば猶更。私が調べた【エーテルフィールド】はこんなに弱くなかったし。 全力を尽くしなさい! それが、神亡き世界を託された一族の矜持でしょう? ――アルヴァーンは未だに世界を守っているみたいよ?』
『っ!』
黒髪の少女が発し続けていた、赤黒い呪いが退いてゆく。
――清冽な雪風が吹き荒れた。
背中の氷翼の表面が砕け、落下。
「こ、これは……」
白蒼の美しい、まるで伝承に残る天使の如き翼となって、リナリアの炎剣と燎原を悉く凍結させた。
僕の肩に停まっていた氷鳥が嬉しそうに羽ばたく。
黒髪の少女が微笑む。
『――……アルヴァーンが健在なら、私が――……二代『カレン』の名を継いだ、私が全力を出さないわけにはいかない。何より『アレン』の前なのだから。貴女は、リンスターの娘ね?』
! 自らの意識を取り戻したっ!?
僕が絶句する中、リナリアが首肯。
『そう聞いているわ。私自身は【エーテルハート】に引き取られたから詳細は知らないけれど――』
そして、一気に虚空から『何か』を引き抜いた。戦略結界の一部が砕け散る。
――紅髪の魔女の両手に握られていたのは魔剣と魔杖だった。
リンスターの炎剣である『真朱』……いや、内在している魔力は遥かに超えている!
カレンが目を細め『……【宝玉】【少女】【翠夢】の最高傑作、【篝狐】と【銀華】……』。
炎羽を撒き散らしながら、リナリアが不敵に笑う。
『あの時代に、私と戦って勝てる剣士も魔法士もいなかった。貴女はどうなのかしら? 失望はさせないでほしいわね』
『貴女は確かに強いのだろう。――……けど』
カレンの剣から、赤黒い呪いが霧散。
高く掲げると光り輝き始め、蒼く、蒼く染まっていく。
『世界は広く、深く、とても複雑。本物の【魔女】が創りし、祈りの秘呪を受けて――その台詞が吐ける? 若きエーテルハート!!!!!』
『御託は聞き飽きたわ。来なさいっ! カレン・エーテルフィールド!!』
蒼の氷風が渦を巻き、上空に集まって行く。
本来ならば手を出すべきなのだろう。
けど――出せない。出してはならない。
だって、この魔法は。
「――……綺麗だ」
上空を見上げ、僕は思わず零した。獣耳と尻尾が逆立っているのを感じる。
――今まで見てきたリナリアやアリス、『賢者』のそれとも大きく異なる、余りにも美しい魔法式。時折、涼し気で、同時に寂しげな音が奏でられる。
かつての世界にはこんな魔法を組んだ人がいたのか。
リナリアがジト目を向けてきた。
『……そこの狼君? 貴方は私の味方でしょう?』
「そうですけど、綺麗なものは綺麗なので。貴女の魔法式もとんでもなく精緻ですが、あんなの誰にも使えませんし」
『はぁぁぁぁ……これだから。女心が分かってないわね。今度、会う時までに勉強しておきなさいっ!』
炎羽が舞い上がり――巨大な【剣翼持つ蛇】を形作っていく。
黒髪の少女は嬉しそうに、表情を緩める。
『――……とても懐かしい、伝承されていたの?』
『多少は、ね。人の信念も、気持ちも、何もかもが時の流れには逆らえない。――……でも』
リナリアが魔剣と魔杖を交差させた。身体が薄くなっていく。
『それでも、遺るものは確かにあるのよ。いくわよっ、カレン・エーテルフィールド! 貴女の力を私に見せてみなさいっ!!!!!』
『同意する。リナリア・エーテルハート。私達の子であり到達点――『調律者』の力をその身を以て感じるがいい!』
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