公女、ステラSS『迷子の役得』

「えっと……此処は…………」


 王国王都のバザール。

 多くの人々が行き交うやや狭い通りで立ち止まり、私――ステラ・ハワードは周囲を見渡した。

 さっきまで一緒にいた、同級生兼親友のカレンとフェリシアの姿は何処にも見えない。学校の授業が終わってすぐやって来たので、二人共、王立学校の制服だし、制帽だって目立つ筈なのだけれど。

 通りに立ち並ぶ、珍しい品々を売っている店を眺めつつ、私は制帽の位置を直し、自分を落ち着かせようとする。

 ……まさか、そんなわけないわよね。

 幾ら私がこういう場所に慣れていなくて、並んでいた綺麗な布を見ていたら、何時の間にかカレン達がいなくなっていたからって――


「あれ? ステラ??」

「!」


 ビクリ、と身体を震わせ、両手の指を弄りながら私は振り返った。

 ――そこにいたのは、普段通り優しくて穏やかな笑みを浮かべている、魔法士の青年。右手には大きな紙袋を抱えられている。


「ア、アレン様? ど、どうして、此処に??」


 問いかけながら、胸の中に深い安堵が満ちていく。

 私の魔法使いさんがいてくれるなら、もう大丈夫!

 同時に――自分の格好が乱れていないかが気にかかり、それとなく、制帽の位置を再び直し、スカートを手で払う。

 アレン様が近づいて来た。

 たったそれだけで心臓が早鐘のように高鳴る。


「ちょっと買い物です。今晩はカレンが泊まりに来るみたいなので、美味しい夕食を作ってあげようと思いまして。ステラは一人ですか?」

「そ、そうなんですね! わ、私も買い物です」


 慌てて言葉を遮る。

 ……だって、アレン様に『迷子になっていたんです』なんて、言えない……。

 すると、私の魔法使いさんは目を瞬かせ、ちょっと意地悪な顔になった。


「ふむ? なるほど。僕はてっきり……」

「な、何ですか?」


 空いている右手を振られると、数羽の小鳥が生まれ、飛び立った。魔法生物だ。

 そして、紙袋の中から可愛らしい小袋を取り出される。


「珍しい物に目移りしていたら、カレン達と逸れてしまった――つまり、王立学校生徒会長ステラ・ハワード公女殿下は迷子! と、思っていたんですが」

「……う~。アレン様の意地悪……」


 私は唇を尖らせ、目の前の青年を小声で詰った。頬が火照っているのは勿論自覚している。

 その場から逃げ去りたい気持ちと『一緒にいたい』という気持ちが鬩ぎ合い――後者があっさりと完勝する。私は単純な女なのだ。

 くすくす笑いながら、アレン様が小袋を差し出してきた。

 私は目をパチクリさせながら、尋ねる。


「これは?」

「王都中の美味しい店を網羅している、教授が激賞した菓子店のクッキーです。明日の家庭教師の講義前に渡そうと思ってたんですが――拗ねている公女殿下には甘い物が必要かと」

「…………いじわる、です」


 おずおず、と小袋を受け取る。

 たったそれだけのことで多幸感が押し寄せてきた。

 勿論――この方は、私の妹であるティナや妹同然のエリー・ウォーカー、リィネ・リンスターさん、カレンやフェリシアの分も買っているだろう。


 ――でも、嬉しい。


 私のことを忘れず、私の為に手に入れたという事実だけで、顔が緩み、身体が勝手に揺れてしまう。


「……えへへ♪」


 小袋の中身が割れないように、両手で胸へ持って行き、アレン様へ微笑む。


「ありがとうございます。大事に食べます」

「感想を聞かせてください。そろそろ、今年度の順位候補を推薦する時期――」

「ステラ! 兄さん!」


 前方から少女の声がした。

 視線を向けると、少し離れた場所で、小鳥を右肩に乗せ、左脇にぐったりとした眼鏡少女を抱えている狼族の少女――私の親友であり、アレン様の妹でもあるカレンが大きく手を振っていた。身体の強くないフェリシアは途中でへばってしまったようで、目を回している。

 アレン様と私は目を合わせ、苦笑。


「カレン、今行くよ」


 そう言われると、私の魔法使いさんは通りを歩き始めた。

 私も後を追おうとし――魔法衣の裾が目を掠める。

 心の中で、天使と悪魔が同時に叫んだ。


『『掴んでっ!!』』


 左手を伸ばし、アレン様の裾を摘まむ。

 青年が肩越しに私の名前を呼んだ。


「ステラ?」「ま、迷子になりたくないので」


 咄嗟に言い訳が出た。

 嗚呼……ごめんなさい、御母様。ごめんなさい、御父様。ステラは悪い子になってしまいました。

 ――でも。

 私が返事を待っていると、アレン様は制帽をぽん。


「離さないでくださいね」

「! は、はいっ!! …………えへへ」


 私は頬を染め、人混みの中をアレン様の袖を摘まんでついていく。

 ――迷子にも役得があるみたいだ。  

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