公女IFSS『アレン・ティヘリナは考える』下

「アレン!」


 王宮の入り口で、僕を待っていたのは長い金髪の美少女――ウェインライト王国第一王女のシェリルだった。後方には直属護衛隊の方達に加え、何故かリンスター公爵家メイド隊の人達も整列している。

 ついて来たテトとイェン君が「「~~~っ!」」ガチガチに緊張しているのを感じつつ、僕は駆け寄って来たシェリルの使い魔に抱き着いた。


「やぁ、シフォン。元気だったかい? 相変わらず、もふもふだね。会えてうれしいよ!」

「わふっ♪」


 白狼は嬉しそうに、ブンブン、と音が鳴るくらい尻尾を振る。可愛い。

 ――炎羽と光華が舞う。


「……アレン」「……御主人様の前で何をしているのかしら?」


 腕組みをしたシェリルとリディヤが腕組みをして、僕へジト目。

 僕はシフォンの頭を撫で回しながら、恭しくお辞儀をした。


「――失礼致しました。シェリル・ウェインライト王女殿下におかれましては、御機嫌麗しく」

「機嫌は悪いわ。と~っても、悪いわ。私を上機嫌にしてくれなきゃ、王宮に入れてあげないっ!」

「それは困りましたね。僕は『お使い』を頼まれているので……」

「入れないのなら仕方ないわ。うちの屋敷へ行きましょう。部屋も空いているし、王都にいる間は泊まっていいわ」


 僕が困っていると、紅髪の公女殿下が淡々と会話に参加してきた。

 シェリルが、リディヤに微笑む。


「……リディヤ・リンスター公女。私は今、アレン・ティヘリナと話しているんです。少し、黙っていてくれませんか?」

「あら? 入れない、と仰ったのは貴女では? わざわざ今日に合わせて、全部の予定を調整した、シェリル・ウェインライト王女殿下?」

「「っ!!」」

「あわわ……ア、アレン兄様…………や、やっぱり、私達は、こんな所に来るべきじゃ……。兄様と違って、私は一般人ですし……」

「…………」


 リディヤとシェリルが睨み合い、大気と地面が揺れる程の魔力をぶつけ合う中、子犬のように震えていたテトは、僕の背中に隠れ、裾を引っ張っり訴えてきた。イェン君は顔面を蒼白にし、今にも気を喪いそうだ。

 僕は妹の魔女帽子に手を置き、


「リディヤ、シェリル、そこまでにしようよ。折角会えたんだしさ。喧嘩がしたいなら、今日は出直すけど?」

「……命拾いしたわね」「……私の台詞です」

「「……ふんっ!!」」


 腕組みをし、公女殿下と王女殿下はそっぽを向いた。

 この二人とは七歳の頃、王宮晩餐会で出会い、一晩中、王宮内で追いかけっこし以来の仲なのだけれど……仲が良いのか、悪いのか。

 僕は苦笑し、護衛隊とメイド隊の方々に手を振った。

 すぐさま、エルフ族のノアさんとエフィさん、リンスター公爵家メイド長のアンナさんが頷き、動き始めた。

 今日の会合には、西方諸家を除く王国の偉い人達が来ているので、警備体制には厳重を期したい。

 ……『お使い』の内容も、ちょっとだけ重たいし。


「ア、アレン兄様! そろそろ、手をどけてください。は、恥ずかしいです!!」

「――と、僕の妹が言うのだけれど、イェン君、どう思うかな?」

「え……あ、あの…………普段は、冷静な彼女が、恥ずかしがっているのは、可愛らしい、と……」

「イェン!?!!!!!!!」


 テトがその場で字義通り飛び上がり、顔を真っ赤にして、身体を震わせた。

 僕はイェン君に親指を立て、呆れているリディヤとシェリルに片目を瞑る。


「さ、行こう。陛下や公爵殿下を待たせるのはまずいしね。テト、イェン君もおいで。何事も経験だ」


※※※


 王宮最奥にある内庭では、既に国王陛下と、リンスター、ハワード、オルグレンの三公爵が僕達を待っていた。わざわざ天幕を張り、見るからに高級なテーブルと椅子まで持ち込まれたようだ。テトとイェン君について、何も言われないのは、事前に情報が届いているからだろう。

 ワルター・ハワード公爵殿下の隣に座っている、長い薄蒼の白金髪を蒼のリボンで結った少女――ステラ・ハワード公女殿下が僕に気付き、小さく手を振ってくれたので、会釈しておく。以前、妹さん達を連れて西都に来られた際、案内したことがあるのだ。


「……む」「……要調査、ね」


 リディヤとシェリルが剣呑な呟きを漏らす。挨拶しただけなんだけどな。

 陛下達を見て、固まっていたテトが僕の裾を握り締め「うぅ……ど、どうして、こんなことに……」と呟き、魔女帽子を手に取った。小さな角が現れる。イェン君は、顔を真っ白にし、ずっと無言だ。シフォンが不思議そうに見上げている。

 僕達に気付き、国王陛下が左手をあげられた。


「アレン、こっちだ!」


 目礼し、天幕内へと進む。

 旅行鞄を置き、頭を下げて、名乗る。


「――レティシア・ルブフェーラ様、チセ・グレンビシー様の命により、アレン・ティヘリナ、参りました」

「うむ。よくぞ来た。座ってくれ」

「話には聞いている」「西方情勢に動きがあったとか?」「……俄かには信じ難し」


 陛下は満足気に頷かれ、三公爵がそれぞれの感想を漏らされた。

 リディヤとシェリルに目配せすると、公女殿下と王女殿下がまず腰かけ、その間に座るようテーブルを指で叩かれた。 


「……あ」


 テトが不安そうに零す。ふむ。

 僕はイェン君と優しいシフォンへ片目を瞑り、妹を託すと椅子に腰かけた。

 陛下とリンスター公爵がなんとも言えない顔になり、ステラ公女殿下も顔をほんの少し曇らせる。


「では、報告をしてもらおう――アレン。魔王は何と?」

「「っ!?」」


 妹達が息を飲む。あ……『お使い』の内容を伝えてなかったや。

 僕は内心で苦笑しながら、陛下へ答える。


「残念ながら……魔王陛下本人には会えませんでした。ですが、その名代の一人であるダークエルフの長より、『現在の国境線で確定するならば、正式講和に異存は無い。ただし、調印までの間、魔都に相応の人物を留めてほしい』とのことです。レティ様、チセ様、ルブフェーラ公爵殿下、西方諸部族の長の方々は『妥結』で合意が為されています」

『!』


 百戦錬磨の国王陛下と三公爵殿下が、驚きの表情を見せ、リディヤとシェリル、テトは「ふ~ん」「まぁ……アレンだものね」「アレン兄様ですしね」と納得している。イェン君は反応がない。

 ……結構、危なかったんだけどなぁ。

 レティ様とチセ様が一緒だったとはいえ、魔王の『意志ある武具』には試されたわけだし。

 僕は一人だけ『……アレン様、めっ! です』と、叱責の視線を向けてきてくれたステラ公女殿下へ感謝しつつ、陛下達へ英雄様方の意見を伝える。


「講和成立まで魔都に留まる人選ですが……『翠風』様、『花賢』様からは『アレン・ティヘリナを以て当てるべし』との、推薦をいただいています。王国の、北、南、東で変事が起きている現状を鑑みれば、西方問題は早急に解決すべきだと考えます。如何でしょうか?」    

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