公女IFSS『アレン・ティヘリナは考える』中

「はぁはぁはぁ……くっ」


 目の前の騎士は荒く息を吐き、片膝をついた。

 周囲では、疲弊仕切った警備兵達も汗だくになり、地面にへたり込んでいる。

 一発の攻撃魔法も、直接攻撃もせず、全てを回避し続けていた僕は旅行鞄を持ち、小首を傾げた。


「えーっと……そろそろ行っても? きっと、妹が僕を探してくれていると思うので。あと、もう少し鍛錬を! そんなんじゃ、西方諸家の方が王都へ来た際、大変ですよ?」


 脳裏に嬉々として、僕に訓練をつけようとされるエルフの英雄様や、訪ねて来る度、わざわざ難解な古い魔法式を持ち込まれる半妖精族の大魔法士の姿浮かぶ。

 ……今回、王都へ来た理由もあの二人から持ち込まれた『難題』のせいだったりもする。胃が痛い。テトに任せられないかな?

 僕が優秀な妹を巻き込むことを思案していると、騎士がよろよろと立ち上がった。


「……貴殿、本当に何者なのだっ」

「さっき王都に着いた一介の旅人です。何も悪いことはしていません」

「信じられる、ものかっ。貴殿を行かせるわけには――」


 頬を炎が焦がした。

 咄嗟に、風壁を頭上に張り巡らし、全力で後方へ跳ぶ。

 手刀で全てを両断し、長い紅髪で、白のワンピース姿の少女が満足気な微笑。


「へぇ……少しはマシになったじゃない? 久しぶりね、アレン」

「……いきなり攻撃は止めて下さい。リディヤ・リンスター公女殿下。どうして、王都に?」


 少女――王国四大公爵家の一角にして、南方を統べるリンスター家長女リディヤが鼻先に指を突きつけてきた。


「公女殿下と敬語、禁止! 御母様と御父様の付き添いよ。たった今、着いたとこ。そっちは?」

「……ちょっと厄介事だよ」

「ああ、何時もの『お使い』ね? 今日は??」

「……妹を待ってたんだけどね、この人達とちょっとした運動をしていたところ」

「ふ~ん」


 そう言うと、リディヤは振り返り、状況についていけていない騎士や疲労困憊な様子の警備員達へ、軽く手を振った。


「あんた達、もういいわ。こいつの身分は私が保証するから」

「なっ! で、ですが……し、失礼ですが、貴女がリンスターの公女殿下である、という証拠は――」


 無数の炎羽が舞い、駅舎内に炎の凶鳥が顕現した。

 ――リンスターの誇る炎属性極致魔法『火焔鳥』。

 会うのは数ヶ月ぶりなのだけれど、随分と鍛錬を重ねたようだ。僕は、せっせと風属性の結界と認識阻害魔法を張り巡らせ、周囲の野次馬から隠す。その中に、手を振っているリンスター公爵家メイド長のアンナさんが見えた。

 硬直し、一歩たりとも動けない騎士と警備員達をリディヤが睥睨。


「……これでも信じられないと? ああ、言っておくけれど、こいつの名前はアレン・ティヘリナ。『翠風』レティシア・ルブフェーラ、『花賢』チセ・グレンビシーの愛弟子にして、西方諸家の『切り札』。今日、此処に来たのも御二人の遣いで、報告対象者は国王陛下。名前を聞いておこうかしら?」

「~~~っ。わ、私の名、名前は――……」

「アレン兄様っ!!!!!」


 結界が破られ、魔女帽子を被り、僕とお揃いの魔法衣を着ている小柄な少女が飛び込んで来た。

 僕は左手を振って、名前を呼ぶ。


「やぁ、テト。遅かったね」 


 息を切らし、僕の傍へと駆け寄って来た少女――妹のテト・ティヘリナは、まずリディヤと『火焔鳥』を見て顔を引き攣らせ、次いで顔面を蒼白にしている騎士に気付き、


「え? ど、どうして、な、何で……?」「……なっ!?」


 両者共、激しく動揺した。……ふむ。

 どうやら、両親から極秘任務――『テトのお相手を見つけ出せ!』は、早くも達成出来たようだ。

 僕は指を鳴らして、『火焔鳥』を消失させると、リディヤに目配せ。

 すると、紅髪の公女殿下はテトと騎士とを見やり『ああ、なるほどね……高いわよ?』と目で告げてきた。リンスターの麒麟児に借りを作るのは、気が進まないけれど、仕方ない。可愛い妹の為だ。

 魔女帽子の上から、テトの頭をぽん。


「大丈夫だよ。一切手は出してないだけだから。少し運動しただけで」

「……本当ですか? その割には『火焔鳥』が飛んでいましたけど」

「テト、もっとおおらかに生きよう。誤差だよ、誤差」

「極致魔法を誤差扱いしないでくださいっ! 普通の人間が喰らったら消し炭になっちゃうんですよっ!? 誰しもが、アレン兄様と同じだと思わないでって、何回言えば分かってくれるんですかっ! 少しは、妹の言葉を聞いて――」

「でも、彼氏さんはもう少し鍛錬が必要だと思うよ?」

「「!?!!!」」


 テトと騎士の顔が完全に固まり――赤く染まっていく。

 リディヤはそんな二人を物珍しそうに眺めた後、僕に囁いてきた。


「(『火焔鳥』どうだった?)」

「(……七十点)」

「(はぁ!? そこは『素晴らしいです、リディヤ様……。流石は私の、世界で唯一人の御主人様です』でしょう?)」

「(大勢の人がいる場所で、極致魔法を使うのはちょっと)」

「(ぶーぶー)」


 ……この子、王国でも屈指の御嬢様なんだけどなぁ。

 僕達が旧交を温めていると、意識を取り戻したテトが魔女帽子のつばを降ろし、もじもじしながら、口を開いた。


「え、えっと……あの…………イ、イェンとは、そ、そういう関係じゃなくて……も、もうっ! 妹を虐めないでくださいっ!!」

「可愛いテトは虐めないよ。イェン君は虐めてたかもしれないけど。『妹が欲しかったら、僕を倒してからだっ!』。ちょっとだけ言ってみたかったんだよね」

「!? だ、駄目ですっ! アレン兄様の意地悪っ!! イェンが再起不能になっちゃいますっ!!!」


 テトが血相を変えて、詰め寄ってきた。半歩下がったリディヤが「……うわぁ、酷い兄もいたものね」と呟く。酷い。

 小さな手をぶんぶん振り、むくれている妹の頭を再度ぽんぽん。


「大丈夫だよ。さ、王都を案内しておくれ。イェン君も一緒にどうかな? テトの話も聞かせてほしいからね」

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