第3話 狂いし神

 僕は魔杖【銀華】を大きく振るい、『清浄雪光』を発動。

 眩い白蒼の光が舞い散り始めた。

 額を抑え、シェリルがこれ見よがしに零し、


「はぁ……ほんとっ! アレンって酷い人よね!」


 花竜の杖を掲げる。

 途端――光が力強さを増し、【扉】から漏れつつあり、今まで体験したことのない不気味な魔力を抑え込みにかかる。

 光華が楽し気に踊り、シェリルが片目を瞑った。


「でも――今回は逃さないから♪ 王都で、秘密の逢引とか、むぐっ」

「……いきなり裏切ってるんじゃないわよ。これだから、ウェインライトの王女殿下は! で?」


 左手で王女殿下の口元を押さえたリディヤが、自分の愛剣を鞘に納めながら、聞いてきた。

 頷き、答える。


「やることは変わらない。聖霊教や『賢者』の目的は――」


 左手に魔杖を構え、僕は【扉】を睨みつけた。

 リナリアの魔杖とシェリルの手を借りてもなお、白蒼の氷華が汚れ、消えていく。


「おそらく、あの中から出て来る存在だ。リディヤ、『賢者』は」

「転移魔法陣を使って、戦闘途中で退いたわ」

「ぷはっ。大聖堂内に、貴方と学生時代に改良した探知魔法を張り巡らせているから、不意打ちは絶対にさせない! 安心して♪」


 リディヤの拘束から抜け出した、シェリルが花竜の杖を抱きかかえ、胸を張る。

 対して、紅髪の公女殿下は「……ちっ」と舌打ちし――無造作に魔剣【篝狐】を氷華を駆逐し、血のように広がり始めた不気味な魔力へ斬撃を叩きこんだ。


「きゃっ」「おっと」


 炎が瓦礫を大燎原へ変える中、シェリルが体勢を崩して転びそうになったのを、咄嗟に受け止める。戦場でも輝きを喪わない金髪がくすぐったい。

 腕の中で、王女殿下は目を見開いてもじもじ。

 少しだけ恥ずかしそうに、御礼を言ってくる。


「あ、ありがとう、アレン……」

「どういたしまして。でも、油断」

 

 しないようにね、と告げる前に――炎羽が勢い増し、僕達を威圧した。

 リディヤが【篝狐】の柄が軋ませながら、美しく微笑む。


「……アレン? 南聖海よりも広く、北帝海よりも深い、私の心にも限度はあるのよ? 離れなさい。い・ま・す・ぐ・にっ! 貴方は御主人様は私でしょう? あと――……そこの、腹黒王女っ!! 何が『きゃっ』よっ!! あんたが、この程度の衝撃で転ぶ筈ないでしょう!? 私の前で、そんな下手糞な演技するなんて、覚悟は出来ているのよねぇ……?」

「――……南聖海よりも広く」「――……北帝海よりも深い?」


 僕とシェリルは思わず、猛る公女殿下の言葉を繰り返した。

 二人して見つめていると、リディヤの頬がゆっくりと赤くなっていく。

 炎羽が渦を巻き、力を増す。


「そ、そうやって、二人がかりで、私を虐めて楽しいわけ!? シェリル、いい加減にしないと、本気で怒――っ!」

「シェリル!」「任せて、アレン!」


 炎を突き破り、黒い枝が襲い掛かって来た。

 シェリルが、光属性の結界で無理矢理防いでいる間に、僕は『天風飛跳』を発動。

 半瞬だけ反応の遅れたリディヤを抱きかかえ、瓦礫を蹴りながら、後退した。

 空中に氷塊を生み出し、浮遊魔法を発動。

 足場にして降り立ち、胸の中の公女殿下へ確認する。


「リディヤ、怪我は!」

「――……だ、大丈夫。あ、ありがと……」

「アレン~! 私も今のを希望するわっ! あと、来るみたい!!」


 地上のシェリルが片目を瞑って、花竜の杖をグルグル回し――止めた。

 結界によって防がれた黒い枝が後退し、今やほとんどの鎖から解放された短刀に吸い込まれていく。


『アレン、怖いのがくる……』『嫌なのっ!』


 心中のアトラとリアが嫌がり、肩から離れた氷鳥も強い警戒の鳴き声を発した。

 リディヤが自発的に僕の腕の中から離れ、魔剣の切っ先に『火焔鳥』を紡ぐ。

 僕自身も、氷属性極致魔法『氷雪狼』、雷属性極致魔法『雷王虎』、水属性極致魔法『水牙鯨』、そして――禁忌魔法『緑波棲幽』を密かに準備。

 地上のシェリルも、魔杖と左手、両足に桁違いの魔力を込め、同時に『アレン、細かい制御はよろしくね♪』と告げてきた。

 ……どうやら、出現しようとしている怪物に対して、接近戦を挑むつもりらしい。ウェインライトの王女殿下って。

 僕達が各々戦闘態勢を整える中、虚空に浮かぶ短刀がまるで意志を持っているかのように、クルクルと回転。

 そして――突然! 【扉】中央に突き刺さった。

 僕の本能が最大警告。まずいっ。

 

「リディヤ!」「ええっ!」


 僕達は紡いでいた『火焔鳥』『氷雪狼』『雷王虎』『水牙鯨』を全力解放。

 王国の四大極致魔法が赤、蒼、紫、青の魔力光を放ちながら、【扉】へ向かって突進し――


「っ! な、何、アレは!?」


 シェリルが珍しく狼狽する前で、黒く枝を模した氷刃が貫き、四発の極致魔法を一撃で消滅させた。

 当然だが、四発共、リナリアの簡易魔法式を用いていた。並の攻撃ならば、再生する筈だ。けれど、魔法式自体を完全に壊されれば、それもままならない。

 

 ――ギィ。


 【扉】が鈍い音を立てて、開く気配がした。

 凝視すると、縁に漆黒の指がかかっている。

 それだけのことで肌が粟立ち、不気味な魔力が濃くなり、息苦しさを覚える。

 ……氷の枝?


『ア、アレン』

『旧い旧い時代の【神】! 終わりを受け入れられず狂っているっ!!』


 アトラが怯え、リアが敵愾心を滲ませる。

 ……【神】だって?

 リディヤが魔剣にリンスターの秘伝『紅剣』を最大発動。

 背中の炎翼も大きく広げ、僕へ叫んだ。


「考えるのは後よっ!」

「……うん。有難う」


 何時何時だって、リディヤは僕の迷いを断ち切ってくれる。

 ふっ、と息を吐いていると、【扉】が、ギギギ、と音を立てて開いていき――黒い氷枝が這い出てきた。


 バタンっ!

  

 途中で【扉】が閉まり、枝が引き千切れる。

 それらは一つに蠢き――やがて、真っ黒な人型へと変化した。

 巨人族並の巨躯だが口も耳もなく、目も片目だけ。身体も半ば凍結している。

 僕達が警戒する中、狂神は両手に黒い氷枝を結集させ、巨大な棍棒を作り出す。

 ――片目が動き回り、僕を見つめた。


『!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』

「「「っ!?」」」


 信じ難い程の膨大な魔力の発露。

 咄嗟に風魔法で散らすも、耳が痺れる程だ。

 同時に理解する。

 今の怒号に込められていたのは、底知れない憤怒と憎悪。

 ――聖霊教と『賢者』の狙いは、こいつを僕にぶつけること!

 二人に心中で話しかける。


『リディヤ、シェリル』

『分かってるわ。私の魔力は全部あんたのものよ。昔からね』

『好きに使って♪ さっきも言った通り、制御も任せるわ!』


 ……頼もしい同期生達だ。

 僕は苦笑し、紡いでいた禁忌魔法『緑波棲幽』を全力で発動した!

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