第4話 来援

 大聖堂の地面が揺れ、植物の枝と根がまるで津波のように、漆黒の棍棒を両手に握り締めている、一見巨人の如き【神】に襲い掛かる。


『!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』


 異形は怒りの魔力を放ちながら、棍棒を振り回す。都度、数百の枝と根が吹き飛び、大聖堂全体が震える。

 反動で身体の黒い氷片が散り、不気味な魔力もまた広がっていく。


「シェリル!」「分かっているわ、リディヤ!」


 状況を見守っていた公女殿下と王女殿下が呼応。

 八翼の『火焔鳥』が飛翔し、


『!!!!!』


 左腕に直撃し、大炎上を引き起こす。

 僕は魔杖を振るい、植物の波を統制。左側に攻撃を集中し、全力で拘束する。

 瞬間――リディヤの放った『火焔鳥』が再生。今度は右腕を炎上させた。

 一気に魔力を注ぎ込んで植物達に雷を通し、拘束を更に強める。

 指示を出すまでもなく、眩い大光球が頭上に出現した。


「これでっ!!!!!」


 高く高く掲げた花竜の杖をシェリルが全力で振り下ろすと、両腕を喪った異形目掛け、大光球が勢いよく落下。リディヤの手を取り、後方へ退避する。 


 直後――大閃光が走った。


 植物の枝と根、炎と氷が空中に巻き上がり、視界を閉ざす。

 次の魔法を紡ぎながら、僕は威力を制御。リディヤを抱きしめたまま、シェリルの傍へと降り立った。

 ……間違いなく、直撃はした。けど。

 リディヤが険しい顔で魔剣を構える。


「……効いてないわ」

「……うん。浄化魔法も同時発動したんだけど、手応えがまるでない」

「アレン! リディヤ! 来るわよっ!!」


 土煙を突き破り、巨人を思わせる異形は凄まじい速度で突撃してきた。

 『火焔鳥』が奪った筈の両腕も、黒い氷枝が盛り上がり、瞬く間に再生していく。

 咄嗟に氷属性上級魔法『閃迅氷槍』を発動。

 足止めを図るものの、


「っ!」「ちっ!」「身体が!?」


 異形は身体から新しい複数の腕と脚を生み出し、直撃を受ける度にその部位を捨てて、突撃を継続してくる。

 大魔法『蘇生』? 

 いや……これは、むしろ。

 氷槍の弾幕では食い止められないことを即座に悟った、『剣姫』と『光姫』が魔剣と魔杖を構え、疾走する。


「シェリル! 後れを取るんじゃないわよっ!」

「リディヤ! 貴女だけが、アレンの隣にいる資格があると思わないでっ!」


 苛烈な戦場であるにも関わらず、軽口を叩きながら底の知れない異形へ立ち向かう二人の少女――こんな戦場なのに、苦笑してしまう。僕の同期生達は本当に、本当に凄いのだ。


『!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』


 異形の眼が激しい怒りを示し、地面を砕きながら立ち止まり、両手に棍棒を再顕現。小癪な少女達目掛けて、風きり音を立てながら振り下ろした。


「舐めるなっ!!!!!」


 リディヤが魔剣【篝狐】を横薙ぎ。

 ――紅光が棍棒、両腕、胴体を切り裂き、周囲を全てを炎上させた。

 少女の強い強い歓喜が伝わってくる。僕に制御を担当されたのが嬉しいらしい。

 再度両腕を喪い、上半身と下半身をも両断された異形の眼に微かな戸惑いが生じる。信じ難いことに……『剣姫』リディヤ・リンスター、渾身の一撃をまともに喰らって、然したる打撃を受けていない。

 早くも黒い氷枝を伸ばし再生すら始まっている。


「ならっ!!!!!」


 シェリルがリディヤの前へと躍り出た。

 そして――魔杖に光刃を発生させて、突く、突く、突く!

 光が舞い、異形の身体を穿ち、強制的に後退させる。


「まだまだぁぁぁぁっ!!!!!」


 光刃が瞬間的に大増幅。

 上から思いっきり振り下ろし――異形を容赦なく両断すると共に、光を纏わせ、全力蹴りを放った。


『!?!!!』


 巨人の如き異形は、外見だけなら誰よりも可憐な少女の攻撃をまともに喰らい、吹き飛ばされ、今や数少ない壁に激突。轟音を立てながら、瓦礫の中に埋まっていく。

 それを見届け、シェリルは花竜の杖をクルクル回しながら、肩越しに僕へ片目を瞑った。


「制御、ありがと☆」

「……殆ど何もしてないよ」


 苦笑しながら、僕は雷属性中級魔法『雷神探波』を広域発動。

 シェリルも、光魔法で感知してくれているけれど……念には念だ。肩の氷鳥も警戒を崩していない。

 紫電を駆け巡らせながら、僕は敵の戦力を少女達へ伝える。


「――倒すことは考えなくていい。幾ら聖霊教の使徒が三人がかりで『故骨亡夢』を発動させていたとしても、相手は『勇者』と『七天』。教授も来てくれたのなら、そろそろさせて、結界内に突入してきてくれる筈だ。時間稼ぎに専念を! 今の僕達じゃ、間違いなく倒せたとしても死人が出る。アトラ達が【狂った神】と形容するのも当然だ」

「……了解」「ええ!」


 リディヤが静かに同意し、シェリルは戦意を漲らせながら頷いた。

 ――雷が広い大聖堂内を探知し終わる。

 僕は獣耳と尻尾を動かし訝しんだ。


「――……何処にも、いない?」

「私の感知網にも引っかからないわ。……さっきの【扉】に退いたのかしら?」


 シェリルも険しい顔のまま、考え込む。

 ……巨人にも迫る程の存在を、僕達二人がかりで見失う?

 そんなことはあり得ない。

 僕と魔力を結んだ【光姫】シェリル・ウェインライトの感知魔法は、単独で都市全体をも把握し得るのだ。

 なら――


「リディヤっ!!!!! シェリルっ!!!!!」

「「っ!?」」


 僕は咄嗟に少女達へ向かって、風属性初級魔法『風神波』を発動。

 二人を吹き飛ばしながら、戦術短距離転移魔法『黒猫遊歩』で、二人の影から出現した異形の前に立ち塞がる。


 ――片眼に残酷な喜び。


 無数の鋭く尖った氷枝をつけた棍棒が、僕目掛け振り下ろされる。防御魔法は間に合わない。全力で『雷神化』しているので躱せなくはないものの――体勢を崩している少女達に当たる。


 受け止める他無し!


 瞬時にそこまで判断した僕は、魔杖【銀華】に雷刃を形成。

 視界に禍々しい棍棒が迫り――


「はい、大減点ですぅ~★」


 上空から、やや棘のある声と共に無数の炎花が降り注ぎ、異形の攻撃を鈍らせた。

 少女は長い紅髪を靡かせ、天井から急降下。


 紅閃が瞬き――大剣は異形の首を容赦なく斬り飛ばした!


 僕は半瞬だけ呆気に取られるも、地面へ降り立った長い紅髪の年上メイドさんの手を取り、リディヤ達の傍まで急速後退。体勢を立て直しながら、やけに嬉しそうな年上少女の名前を呼んだ。なお、リディヤとシェリルの顔は怖くて見られない。


「――……助かりました、リリーさん、でも、どうして此処に?」

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