第5話 叱責
左手を振り、炎花を生み出しながらリリーさんは悪戯っ子のように答えてくれた。
異形の首を切り落とした大剣には罅が走り、半ばから砕ける。
「勿論~♪ アレンさんを助ける為ですぅ~☆ ティナ御嬢様も一緒だったんですが、外で『勇者』様に捕まってしまいましたぁ。エリー御嬢様とフェリシア御嬢様は、王都から派遣されたシェリル王女殿下直轄の護衛隊と合流したので、ご心配なくぅ~」
「……アリスに?」
頭上を見上げると、戦略結界の所々が薄くなっている。確かに、リリーさんならば、突破は可能だろう。
……でも、どうしてティナを引き止めて?
疑問に思っていると、棍棒を地面に突き刺し、異形が空いた手で自らの頭部を掴んみ、胴体にくっつけた。
「……色々と聞きたいことだらけですが、後にしましょう。リリーさん、リンスター公爵家メイド隊第三席として、敵の戦力分析を簡潔にお願いします」
「ん~そうですねぇ」
砕けた大剣を虚空に仕舞い、代わりの大剣を引き抜いた年上メイドさんが目を細める。普段は見せない、怜悧な視線。
「リディヤ御嬢様とシェリル王女殿下、そして、私が各々の『とっておき』を持ち出しても……討伐は無理だと思います。斬りつけた際に一切の手応えがありませんでした。何より――」
違和感があるのか、自らの頭部を動かしていた異形が棍棒を手にした。
片眼が僕だけを睨み、放出される魔力は更に濃くなっていく。
空間全体に炎花を布陣させた、年上メイドさんが淡々と戦力想定。
「本気じゃありません。時間稼ぎを具申します」
「……全面的に同意します」
僕は頷き、リディヤとシェリルにも目配せした。二人も不承不承と言った様子で頷いてくれる。
この世界は広く、深い。
未熟な僕達だけじゃ、太刀打ち困難な相手だっているのだ。
そう考えると、リリーさんの来援は心強い――
「まぁ、それよりもなによりも~」
いきなり詰め寄られ、抱きしめられる。ふ、不覚にも反応出来なかった……。
二羽の『火焔鳥』が飛翔し、炎花の嵐と共に異形へと殺到。
業火が巻き起こる。
「っ!?」「「なっ!?」」
僕が動転し、リディヤとシェリルが口をパクパクする中、リリーさんは僕の獣耳を撫で回しながら、左手の人差し指を立てた。
「可愛らしいアレンさんを愛でないとですね~♪ 獣耳、もふもふですぅ~☆ ――……次、過度な自己犠牲をなさろうとしたら、私の全政治的権限を用いて、貴方をお婿さんに貰って、以後は副公爵家領から出しません。良いですね?」
「………………ハィ」
呆然自失としているリディヤ達には聞こえぬよう、極々小さな声での叱責。
僕は至近距離から注がれる真摯な瞳を逸らせず、力なく応じた。
その間、『火焔鳥』と炎花の全てが、黒から漆黒へと変貌した氷枝によって悉く凍結させられる。この威力……魔力を暴走させた際、ティナが発したそれと同格!
リリーさんが僕を解放し、大剣を構えた。
凛とした表情での要求。
「アレンさん! 私とも魔力を繋いでくださいっ!! そうじゃないと……死人が出ますっ!!!」
「……リディヤ、シェリルと既に繋いで、アトラ、リアの力も借りているんですけど……?」
「大丈夫です。貴方なら出来ます。あと――順番的には、リィネ御嬢様よりもやっぱり私の方が先だと思いますし~☆」
「リ、リリー! あ、あんたねぇ……」「リディヤ、詰問は後よっ!」
ようやく我に返ったリディヤが、わなわなと身体を震わせるも、シェリルが険しい表情でそれを制した。
異形が首を止め、僕達を見ている。
そして――片眼に愉悦を浮かべ、両手の棍棒を振り下ろした。
『っ!?!!!』
数えきれない漆黒の氷枝が発生し、僕達へと襲い掛かる。
『火焔鳥』と光槍がすぐさま迎撃し回避路を切り開くも……数が多過ぎるっ!
呑み込まれる前に、『雷神化』と三属性魔法『氷雷疾駆』を発動しながら全力で退避。加えて試作光属性魔法『光芒瞬閃』と氷属性初級魔法『氷神鏡』を多重発動。
少女達の死角から襲い掛かる氷枝を貫くと共に、光閃を氷鏡で乱反射させ、援護していく。
太い氷枝を、左拳で粉砕したシェリルが叫ぶ。
「アレン! 私達の魔法も全て貴方が制御してっ!! じゃないと――迎撃が間に合わないっ!!!」
「無茶を言う、王女殿下だねっ!?」
隣り合って、魔剣と大剣を振るうリディヤとリリーさんの直上から急降下してきた氷枝を、光閃でズタズタにし、僕は顔を引き攣らせた。
炎花が舞い、氷枝の目標を分散させる。
「アレンさん、お早くですぅ~♪」
短距離戦術転移魔法『黒猫遊歩』を用い、僕を後ろから貫こうとした氷枝を大剣で両断した、リリーさんが擦れ違い際に決断を促してくる。
四方八方から襲い掛かる氷枝を躱しながら、リディヤと背中を合わせ、
「緊急事態だからねっ?」「……理解はするわ。納得は絶っ対にしないけどっ!」
叫び合いながら同時に離れ、瓦礫を蹴って、空中へ。
光閃で氷枝をバラバラにし。
「リリーさん!」「――……はい♪」
氷鏡でほんの僅かな時間だけ、年上のメイドさんと手を合わせ――僕は魔力を極浅く繋いだ。
途端、炎花の勢いが増しに増す。
「ふっふっふっ~……我、勝てりですっ~!!!!!!!!!!」
リリーさんが勝鬨をあげながら、先程よりも遥かに切れ味の増した斬撃で、氷枝を叩き斬り、次いで炎花が纏わりつき、燃やし尽くす。とんでもない火力!
驚いたのか、異形の片眼も大きくなる。
「……今だけよ。今だけ」「……査問会が楽しみね」
心なしか、リディヤとシェリルの攻撃も鋭さと重さを増している。
……リナリアの件といい、さっき抱きしめられた件といい、戦後が怖いや。
僕は苦笑しながら全力で後退し、魔杖【銀華】を一回転。肩の氷鳥も羽を大きく広げた。
「リディヤ! シェリル! リリーさん!」
「「「了解っ!」」」
少女達は僕の射線上から退避。
――瓦礫の山と化した大聖堂内に雪風が吹き荒ぶ。
直後、大咆哮と共に氷属性極致魔法『氷雪狼』が顕現!
当然、『闇』を足し『銀氷』の魔法式を組み込んでいる。
しかも――普段と異なり、その背中に大きな氷翼までもが生まれていく。
こ、これは!?
心中のアトラとリアが教えてくれる。
『レナ!』『拗ねてた!』
氷鳥――大精霊の一柱『氷鶴』の化身が、否定するように鋭く鳴き、氷狼は異形目掛けて突進を開始した。
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