第28話 手紙

「――それで? どうして、ティナ達を連れてこっちまで来られたんですか? はい、次です」


 朝食を食べ終え、食器の片付けをしながら僕はリリーさんへ尋ねつつ、洗い終えた皿を手渡す。

 外からは、ティナ達の叫び声。「くっ! 相変わらず出鱈目過ぎませんかっ!? 『氷雪狼』をバターナイフで斬るとか、なしですっ!!」「あぅあぅ……風の上級魔法を手で引き千切るなんて……」「姉様。も、もしかして、ちょっとだけ怒っておられますか?」うん。みんな元気そうだ。

 リディヤもああ見えて年下には甘いから、朝食後の軽い運動には丁度良いだろう。

 紅髪のお姉さんはお皿を拭きつつ、悪戯っ子な笑み。


「ふふふ~♪ そ・れ・はぁ~アレン様にお会いしたかったからですぅ☆」

「はいはい。そういうのはいいですから。少なくとも頼んだことは確実にこなされるのが、僕の知っているリリーさんです。なのに、ティナ達の護衛を最優先せずにここへ来た。……何かありましたか?」


 ポットに水を入れ、火の魔石にかける。

 お茶は何にしようかな……。

 少し考え込んでいると、ソファーに座って外の様子を眺めていたアトラとリアが近づいてきて、僕を見上げ手を伸ばした。


「アレン、だっこ」「リアも、リアも!」

「ごめんよ。今、お茶を淹れているから、これで我慢しておくれ」

「♪」


 浮遊魔法を二人にかけ、僕の近くに浮かべる。

 リリーさんは戸棚から御茶菓子を物色し、手際よく籠へ。

 ……どうして、そこに置いてあると分かった。

 僕を見ずに珍しく真面目な表情をし、小さく呟く。


「お兄ち…………昨晩、兄から手紙が届きました」

「……別に、普段通りに呼んでもいいのでは?」

「は、恥ずかしいんですっ! 分かってるくせにっ! もうっ! もうっ!! アレン様の意地悪っ!!」


 年上のお姉さんは恥ずかしがりながら、僕の腕を叩いた。痛い。

 アトラとリアは周囲をぷかぷか浮かびながら、お菓子を見つめている。

 僕はリリーさんへ確認。


「リリーさんの兄上というと――……リドリー様からですか?」

「……はい」


 僕の腐れ縁兼相方である、リディヤ・リンスターは紛れもなく天才だ。

 そんなあいつと、純粋な剣技もしくは近接戦で渡り合える人物は、王国広し、と言えどそこまで多くはない。

 僕が知る限りでは――僅か五名。


 近衛騎士団団長、オーウェン・オルブライト。

 前『剣姫』にして、リディヤの母親であるリサ・リンスター様。

 先日、散々、その力を見せつけた『翠風』レティシア・ルブフェーラ様

 僕とリディヤの同期生。『光姫』シェリル・ウェインライト王女殿下。

 そして――『剣聖』リドリー・リンスター様。


 四年前、リディヤへ『剣を極めんが為』と決闘を挑み、激戦の末、敗北。近衛騎士団を退団。

 それ以降は各地を放浪されている、と聞いていたのだけれど……。

 外からは、リディヤの叱責と称賛。「小っちゃいのっ! あんたの実力はそんなもの?? リィネ! 貴女も『リンスター』ならば萎縮しないっ! エリーは……ふふ。あいつが気に入ってるのも分かるわ。見事な静謐性ね。褒めてあげる」。あれ、僕の真似である。言葉の幻惑だ。まぁ、エリーを褒めているのは半ば以上、本心だろうけど。

 リリーさんが傍に寄って来たアトラとリアの頭を撫でつつ、話を続ける。 


「兄は今、ララノア共和国にいるようです。そして」


 花の香り。

 年上のお姉さんが僕の耳元で囁いた。


「――古の英雄『』を名乗る者と剣を交えた、と」

「……それは、また剣呑な話ですね。この話、他の方には?」

「まだです。アレンさんにまずは、と思いました。……どう、されますか?」


 リリーさんが少し不安そうに聞いて来る。

 ――今から約五百年前の大陸戦乱時代。

 大魔法を操り、その戦乱を鎮めたとされる英雄達がいた。

 

『勇者』『賢者』『聖女』『騎士』


 彼等の名前は御伽噺となりながらも、この時代にまで伝わっている。

 内、『勇者』には出会った。

 あの誰よりも優しい少女を忘れることなぞ出来やしない。

 『騎士』にも――……少なくとも、その力の一端を使う者達とは戦った。

 

 そして、『聖女』。

 

 水都で、しばしばその名前を聞いた。

 おそらくは……盤面の向こう側に座っている人物なのだろう。ただし、本物かどうかは分からない。

 『賢者』がどのような人物なのかも分からないけれど……何となく嫌な予感はする。そして、僕のこういう時の予感は外れない。

 ……こうして改めて考えてみると不思議なのは、これらの英雄譚の中に『炎魔』リナリア・エーテルハートの話がないことだ。あれ程の天才魔法士なのに。

 おそらく、長い年月を経て忘却されていったか……もしくは、意図的に消されていったか。

 いやまぁ、あんな性格だし、遺された人達が身内の恥として消した可能性が大かな?


『あるわけないでしょぉぉぉ!!!! 私は千年――否っ! 人類史上最高にして、最も可憐で優雅な大魔法士だったんだからねっ!!!!!』


 …………幻聴が。当分はお休みしよう、うん。

 僕は火の魔石を止め、鍋掴みを着けてポットを手に持つ。

 リリーさんへ苦笑。

 

「どうもしませんよ。当面は様子見です。手紙を送って来られた、ということはリドリー様は無事なんですよね?」

「はい。短時間の戦闘だったようです」

「なら――」


 僕は紅茶の瓶を戸棚から取り出し、リリーさんに微笑む。


「アンナさんへ報告してください。――大丈夫です。無理無茶はしません。そんなことしたら、色々な子達から怒られそうですし。でも、報せてくれてありがとございました。この御礼は何れ必ず」

「――えへへ~♪ 良かったですぅ~☆」

「わっ! 危ないですよっ!」


 いきなり、リリーさんが抱き着いて来た。

 すると、傍で浮かんでいたアトラとリアも「♪」真似して、背中に抱き着く。

 僕はポットをテーブルへ置きながら、リディヤへ目配せ。『お茶だよー』。

 腐れ縁は僕をギロリ。『……浮気は大罪!』。そんなんじゃないのになぁ。

 紅茶の準備をしながら、アトラとリアにお願いをする。


「アトラ、リア。みんなを呼んで来てくれるかな?」

「ん♪」「リア、リア、できる!」


 ぴゅー、と二人の幼女は楽しそうに外へ飛翔。

 どうやら、浮遊魔法を自分達で弄って飛翔魔法に変えたみたいだ。

 僕は紅髪のメイドさんへ片目を瞑る。


「さ、紅茶を淹れましょう。僕の紅茶は母さんとアンナさん仕込み。リリーさんには負けません」

「! ふっふっふっ~……言いましたねぇぇ。私、リリーはリンスター公爵家メイド隊第三席! 幾ら、アレンさんだからってぇ~お紅茶では負ける筈がありませんっ! 負けたら、お願い、聞いてもらいますぅぅ」


 普段の調子を取り戻したリリーさんが嬉々とした様子で紅茶を淹れていく。

 僕は苦笑し、負けじと紅茶の準備をするのだった。

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