第27話 朝食

 珍しく二度寝をした朝。

 何時もより遅くに起きた僕は、未だに隣で穏やかに寝ているリディヤ、そしてその背中に引っ付いているアトラとリアの頭を優しく撫で、ベッドから静かに出る。

 欠伸をしながら、洗面台へ。

 顔を洗い、歯を磨く。

 普段ならこの後、朝練を庭でするところなのだけれど……


「流石に起きるだろうしなぁ」


 独り言を呟きながら、着替える。服はシャツとズボンだけ。

 シェリルから無茶な役職――『王女付き全権調査官』なんて分不相応なものを押し付けられたとはいえ、あくまでもそれは口頭。

 正式な任官は陛下の王都帰還後らしいし、今日はゆっくりする予定だ。

 

 ……まだ、まだ逃げ切る可能性は僅かながら残されているっ!


 陛下ならば、理を持って説けば必ず納得してくださる筈。

 フェリシアを含め、『アレン商会』への褒賞を兼ねた権益と、ギルに対する処罰停止とオルグレンへの懲罰緩和と、僕への褒賞分を相殺すれば、必ず……鏡の前で拳を握りしめ、決意を固める。良し!

 廊下を歩きながら、試作中の魔法式を展開しては消し、展開しては消し、を繰り返しつつ、キッチンへ。

 椅子にかけてあるエプロンを身に着け、氷冷庫を開ける。

 ――困った。

 昨日、たくさん食べたせいで材料があまりないや。

 少しだけ考え、買いに出かけようとした、その時だった――玄関からほんの微かな気配。数は四人。


「……ふむ」


 小首を傾げ、キッチンの入口に魔法を設置。

 直後――三人の少女達が入って来た。額に水滴がかかる。


「きゃっ!」「ひゃうっ」「! あ、兄様!?」

「ティナ、エリー、リィネ。おはようございます」


 やって来たのは僕の可愛い教え子達だった。

 それぞれ、薄い蒼・翠・赤のお揃いワンピース。頭には布製の帽子を被り、小さな鞄を持っている。

 エリーまで私服姿なんて珍しい――……あれ? 

 一人、足りないよう――はっ!

 慌てて後方を振り返ると、庭にひらり、と紅髪を靡かせた女性が降り立った。これまた珍しく、私服姿。手には大きな籐製の鞄を持っている。

 着地と同時に、室内へ侵入。

 僕の隣に到達すると、鞄から小鳥が描かれたエプロンを取り出し装着。胸を張る。


「ふっふっふ~♪ 私の勝ちですうぅ~☆ アレンさん、おっはようございま~す♪ 私服、可愛らしいですぅ~」

「……リリーさん、わざわざ全力で欺瞞魔法なんて使わないでください。あと、可愛らしいって、なんですか、可愛らしいって。エリーもですよ?」

「『勝負は勝ってこそ』リンスターの家訓なのでぇ★」

「あぅあぅ……その、あの……」


 楽しそうに笑うリリーさんをジト目で見やった後、ティナ達へ尋ねる。


「それで、どうしたんですか? こんな早朝に。幾ら、リリーさんがいるといっても、王都の下町は治安が決して良くないんです。こんな時間に来るのは」

「だって、リディヤさんが……」「リ、リディヤ先生がお泊りされたって、アンナさんに聞いて、あの……」「兄様。機会は均等であるべきだと思います!」

「…………なるほど。まぁ、分かりました。取り合えず、朝食にしましょう。まだですよね? 今から作り」

「ア・レ・ンさん♪ ここに、メイドさんが、しかも、エプロン装備メイドさんがいますよぉぉぉ! ティナ御嬢様、エリー御嬢様、リィネ御嬢様も構いませんねぇ?」

「「「ぐぅぅ~!」」」


 隣でリリーさんが挙手し、ティナ達へ片目を瞑る。

 ……どうやら、僕に気づかれなかった方が朝食を作る、と勝負をしていたようだ。

 僕は紅髪のお姉さんを無視。

 微笑みながら告げる。


「さ――それじゃ一緒に朝食を作りましょうか。エリー、リィネ」

「「!?」」「「! は~い♪」」


 ティナとリリーさんが硬直。

 対して、エリーとリィネは喜び、いそいそ、と鞄からエプロンを取り出し、身に着けた。

 僕は固まっている紅髪のお姉さんの鞄を奪う。ふむふむ。


「随分とたくさん材料を持ってきましたね。でも、これなら全員分、足りそうです。エリー、野菜を切ってください。リィネは果物を」

「はひっ!」「はいっ!」


 良い返事が飛んで来て、二人はすぐさま、調理に取り掛かる。

 さて、僕は――氷華と炎羽が舞ったので、指を曲げ消す。

 頬を大きく膨らましているティナが叫んだ。


「先生っ! どうして、エリーとリィネだけなんですかっ!? どう考えても、この場面は、リリーさんだけダメ! な場面ですっ!!」

「……ア~レ~ン~さ~ん……私は、メイドさんなんですよぉぉ? あと、ティナ御嬢様、後でお話があります」

「私はないですっ! 昨日の夜、散々、散々、惚気は聞きましたっ!! リリーさんの出番は今後大幅削減決定ですっ!!!」

「あ~……二人共、少し静かに。じゃないと」


「――……朝から、五月蠅いわね。小っちゃいの、少しは静かになさい」


 扉が開き、リディヤがキッチンへ入って来た。

 寝癖は直っているものの、着替えまではしておらず、僕のシャツに薄手の上着を羽織っているだけ。両足には寝ぼけているアトラとリアが抱き着いている。

 その姿を見た、ティナ、エリー、リィネは「「「!」」」驚き、僕へジト目。リリーさんは「ふむふむぅ。こういうのもお好きなんですねぇ~」……激しい誤解が生じたようだ。

 僕は軽く手を振る。


「おはよう、リディヤ」

「……おはよう。で?」

「見ての通りだよ。朝食はこれから。少し身体を動かして待ってなよ。――ティナとリリーさんが相手をしてくれるってさ」

「「!?」」「……へぇ」


 ティナとリリーさんが再び硬直。

 目で訴えてくる。『無・理ですっ!!』

 僕はまずリリーさんと視線を合わせる。


「あれ? おかしいですね? こういう時、アンナさんなら、すぐさま対処してくれるんですよ? 僕は、リリーさんをだと信じていたんですが……」

「!?!! ――ふふ。ふふふ。ふっふっふっ~! 私にお任せですぅ~♪ さ☆ ティナ御嬢様、行きましょうっ! いざ、メイドの戦場へっ!!」

「なっ!? 私はメイドじゃありませんっ。それに戦場って――せ、先生っ! 酷いですっ!! 説明をっ、説明を求めますっ!!!」


 満面の笑みを浮かべたリリーさんがティナの首根っこを掴んで庭へ出ていく。なお、エプロンを着けたままだ。

 ……ティナに料理を作らせるのは危険過ぎる。僕はまだ命が惜しい。

 リリーさんは張り切り過ぎて、朝からフルコースが出てきかねないし。

 腐れ縁は僕を見て、少しだけ唇を尖らせ目配せ。『……私が作りたかったのに』。

 僕は肩を竦め、浮遊魔法を発動。アトラとリアを浮かせ、ソファーへ。

 幼女達は、一瞬だけ目をぱちくり、とし僕を見て「「♪」」ふわぁ、と笑い、再び夢の中へ。

 腐れ縁へ手を軽く振り、目配せで促す。『また、今度』

 リディヤは微かに頷き、外へ。

 庭からはリリーさんが立てかけておいた箒を振り回しながら歌っている。

  

「ふっふっのふ~♪ わたしは~で・き・る~メイドさん~♪」

「……先生のバカ。いいですっ! 抜け駆けしたリディヤさんをまずは叩きますっ!! そして――今晩は私がお泊りして、夕食を作ってあげるんですっ!!!」


 紅髪のお姉さんの隣では、ティナが物騒なことを呟いている。……エリーとリィネも聞いているんだけどなぁ。

 僕は頭を掻き、この間も、せっせと野菜と果物を切ってくれていたエリーとリィネに向き直る。


「さ、手早く作ってしまいましょうか。じゃないと――『剣姫』な公女殿下が、次は僕を標的にしかねませんし」 

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